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2008年5月

ゴンドラ 1

ヴェネツィアの運河を華やかに彩るのは、ゴンドラの存在だ。トーマス・マンはその光景を「櫂の水音、硬く黒々とまるで槍のようにラグーナの上に切先を突き立てている軸先の飾りにたわむれる、かすかな波の音・・・」と描写し、ゲーテはその感想を「アドリア海の支配者の一人のように感じた」と記している。

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 初めてゴンドラに乗ったのは、もう10年ほど前のことだった。前日にエンジンで動くバポレット(乗合船)で運河を走っていたので、「まあ、話のたねに乗ってみようか」といった軽い気持ちだった。

 しかし、ゴンドラから見るヴェネツィアはバポレットとは全く別世界の光景だった。まず、視点が低い。ゆったりと背もたれに体を預けて座ると、水面が自分の目の高さとあまり変わらない。波頭をなめるような感触と言ったらよいだろうか。そして前方には、光を取り込み、またはじき返す止むことのない営みが、鮮やかに展開されるのだ。次第に自らがたった一人で運河に漂っている気分になっていく。

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 その気分は、ゴンドラの揺れによってさらに増幅される。カナルグランデでも大きな波はほとんどない。幅の狭いカナルに入ると、その揺れは音楽用語で言う“ラルゴ”のような、さらに微妙でゆったりとしたものになる。それは遠い昔の記憶、揺り籠の揺れを思い起こさせるものだった。

 記憶は次々と蘇る。少年の頃初めて聞いた潮騒の思い出、友と歌ったわらべ歌のリフレイン、反抗期に母にぶたれたほおの痛み・・・。カナルの只中に漂い、櫂と水音だけの静けさに包まれた時、人はいつしか時空を遡ってしまうのだろうか。

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 ふと思い当たることがあった。ゴンドラのスピードは、大人が歩く速さに限りなく近い。人が物事を考えるスピードは、歩く速さに似ているという。まさにゴンドラは、物思いにふけるために用意された至高の乗り物であるかのようだ。見上げれば、千年の歴史を物語るパラッツオの街並み。目くるめく空間と繊細な振動の共鳴によって、私は時の旅人になっていた。

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優しいマリア像

このブログはヴェネツィアを中心としたイタリアの風景が中心になりますが、時々はちょっとマニアックなものも紹介していきます。その第一弾として、ヴェネツィアの教会でよく見かける優しいマリア像のベスト3を、独断と偏見で選んでみました。

教会を回っていると、主祭壇などに重々しく掲げられた高名な画家の聖母像とは別に、小振りなマリア像が置かれていることが多い。カラフルな彩色がなされており、とても親しみやすいマリア様だ。その中でもとてもかわいらしく優しいマリア様をご覧あれ。

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①サン・カンチアーノ教会

まずはカンナレージョ地区、サンティ・アポストリ教会の近くにあるこの小規模な教会正面右側の入口付近で迎えてくれるのが、このマリア様だ。正面にある厳粛なキリスト磔刑像とは対照的。服の青は抜けるような鮮やかさで、ちょっと紅潮したお顔の色と良くマッチして安らぎを与えてくれる表情が印象的だ。足元のロウソク立てにはいつもロウソクが赤々と灯されている。周辺の教会の多くは昼から夕方まで一旦扉を閉めてしまうが、ここだけは日中も常に開かれており、夏場など暑さを避けて休息させてもらう場所として、よく利用させてもらった。もちろんそんなときは心遣いのお布施を捧げましたよ。

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②サン・ジュゼッペ・ディ・カステッロ教会

本島の東側、カステッロ地区。ヴェネツィアビエンナーレが開かれるジャルディーニの停留所でヴァポレットを降りて、すぐ右側の小路を進むとこの教会が見えてくる。この地区は庶民的な住宅の集まる場所で、晴天の日などは道路を横断して洗濯物がはためく光景によう出会う。その小運河沿いの教会に入ると、左奥に星のきらめく王冠をかぶり、イエスを抱いたこのマリア様がいらっしゃる。美しく可憐な表情だが、イエスを片手で軽々と抱く、結構力持ちのマリア様だ。

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③サンタ・マリア・デッラ・ヴィジタツィオーネ教会

サンマルコ広場の南側、ドルソドーロ地区。ジュデッカ運河に面したザッテレの海岸に、ジェズアーティ教会と並んでこの教会がある。ジェズアーティ教会が豪華なバロックの装飾にあふれているのに対して、ここはひっそりと質素なにたたずまい。祭壇左のマリア様はまるで夢見る少女のようにうっとりと空を見上げている。悩みを抱えているときでも、このマリア様と対面すると、すうっと心が軽くなり、慈悲をいただけるような気持ちになった。何回目かの訪問時には、地元の若者たちが祭壇を借りて合唱の練習をしていた。程よい反響もあり、結構レベルの高い歌声に包まれて、一層安らかな気分を味わったものだった。

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鐘楼からの眺め 南

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南側の眺めもまた格別だ。ドルソドーロ地区の岬の突端にあるのは、屋根に運命の女神像を戴く「海の税関」。その先の島・ジュデッカ島には、アンドレオ・パラーディオの傑作の一つレデントーレ教会が優雅な姿を見せている。

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女神像をアップすると、こんな風に後ろ向きに見える。16世紀に制作されたもので、栄華を誇ったヴェネツィア共和国時代、国の表玄関だったアドリア海の方向を向いている。

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少し東側に目を転ずれば、これもまたパラーディオの建物・マッジョーレ教会が、ラグーナに浮かぶように建っている。

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夜になると、教会の左側に光の輪を発見できる。海底が複雑な地形をなすラグーナでは、水深の深い場所を選ばないと船はすぐ座礁してしまう。その進行可能な航路を示す杭(ブリコラ)の先端部に取り付けられたライトが夜になると一斉に点灯し、その光の列が弧を描いて連なる。夜、高台からでなくては見られない光景だ。

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朝日の逆光での眺め。後方に一直線に横たわるのがリド島だ。トーマス・マン原作の映画「ベニスに死す」の舞台となった島で、毎年9月にはヴェネツィア映画祭がこの島で開かれる。

東西南北、どちらを見ても興味津々の風景が展開する。できれば望遠レンズの付いたカメラを持ってこの鐘楼に昇ることをお薦めしたい。ただ、突然に鳴り出す鐘楼の鐘の音は、予想以上に大きいので、心の準備をお忘れなく!

なお、イタリア在住の友人・shinkaiさんのブログで、毎月1回、私の写真を掲載してもらっています。今週は南イタリアの世界遺産・アルベロベッロを特集していますので、ご覧になってください。右側にある「お気に入りブログ」欄の「イタリア・絵に描ける珠玉の町・・・」をクリックすればOKです。

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鐘楼からの眺め 東

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東側には、政治の中心だったドゥカーレ宮殿を手前にして、スキアヴォーニ河岸が突端のセント・エレナ島まで流麗なアーチを描いて続いている。2年ごとのヴェネツィア・ヴィエンナーレの会場となるジャルディーニは右奥の緑のあたりだ。

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暗くなると海沿いの家々や街灯の明かりが連なって、心に沁みる光景を見せてくれる。もし、満月の日にここに滞在していたら、夕方から鐘楼に昇って見ることをお薦めする。東の空から大きな月がぽっかりと姿を現す貴重な瞬間を目撃できるかもしれない。ただし、冬場は鐘楼の閉鎖時間がとても早いので、確認を忘れずに。

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東北の方向には、サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ教会の高い鐘楼が見える。この教会の宝であるネグロポンテの「聖母子像」は必見。中央手前のサン・ザッカリア教会は近年修復を終えて美しいファザードが蘇った。右奥の四角い建物は国営造船所だ。

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鐘楼からの眺め 北

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鐘楼から北側を眺めると、まずはこの鐘楼の影が街並みの古い屋根にくっきりと映し出される。塔の大きさが実感できる光景だ。

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右横にはサンマルコ大聖堂のビザンチン様式の丸屋根がすぐ間近かに迫る。9世紀に建築され、火災などで2度の再建がなされて、現在の建物は1094年のもの。チャールズ・ディケンズは「非現実的で、幻想的で荘厳で、どんな想像も及ばない」建築と、感嘆している。

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少し遠方に目を転じると、市内でも有数の規模を誇るサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会が 壮麗な姿を見せる。横幅85m、奥行32mの大きさで、歴代総督の墓碑などが祭られている。その背後の緑の部分はサン・ミケーレ島で、今はお墓の島だ。さらに後に見える島はムラーノ島。ヴェネツィアが世界に誇るヴェネツィアングラスはここで創られている。1291年、本島での火災による損害を防ぐために工場と技術者をこの島に移転させたもの。技術者(と技術)を他国に流出させないための政策でもあったという。

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おはら祭

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今日は、イタリアとは全く無関係ですが、渋谷の道玄坂と文化村通りで「渋谷・鹿児島おはら祭」というイベントに出会ったので、ちょっとだけ写真を掲載します。

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実は今年で11回目だそうで、53組の「連」が参加して休日の繁華街を「おはら」のメロディと踊りで埋め尽くしました。

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踊った人数は3000人以上でしょう。とてもさわやかなイベントでした。

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鐘楼からの眺め 西2

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西側に拓けるのは、メストレ、マルゲーラの工業地帯だ。この方向に夕陽が沈んでいく。鐘楼に昇るとラグーナを隔てて大陸に沈む夕陽を十分に堪能できる。

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海側の教会の鐘楼をシルエットにして、大きな夕陽が海を赤く染める。

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この写真の奥に細長く続くのは大陸とヴェネツィア本島をつなぐリベルタ橋。この橋が建設されたのは1846年。実はこの時代はヴェネツィア1000年の歴史の中で初めて他国(オーストリア)の支配下に置かれたころだった。つまり、ヴェネツィアが本土と結ばれ新たな歴史の1ページを歩みだしたのは、皮肉にもハプスブルグ家の治世下だったわけだ。

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鐘楼からの眺め 西1

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ヴェネツィア本島の中で最も高い場所は、この鐘楼だ。従って地上からでは眺められない景色をここからなら堪能することが出来る。ただ、1回6ユーロと、決して安くはない料金を払って昇るのだから、是非じっくりと周囲の景観を見たいものだ。方面別に主な見所を紹介しよう。

 個人的に最も印象的だったのは、冬の眺めだった。何日も曇りや霧の日が続いた後でやっと日が差したある晴れた朝鐘楼に昇ったところ、北西の方向に白い山並みがくっきりと姿を現していた。アルプスに連なる山々だ。対岸には飛行場が見えます。街中ではこの山並みは見えないし、冬場は天候の悪い日が多いため、こんな光景はなかなかお目にかかれない。すっきりと晴れた冬の日にヴェネツィアにいたら、是非鐘楼に昇ってみてください。

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これも同じ日の光景。中央奥のゴシック様式の教会は、ルネッサンス期の画家ティントレットの墓があるマドンナ・デッロルト教会。ここにあるティントレットの作品「聖母マリアの奉献」は必見です。また、その右手前に塔の見えるジェズイーティ教会の内部はバロックだらけで、強烈なインパクトを与えてくれます。

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サンマルコ広場5 円柱

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 広場から海の方角を眺めると、2本の円柱が目に入る。こちらはサンマルコ小広場と呼ばれる場所で、海に向かって左側は、ヴェネツィアの守護神である聖マルコのシンボルである有翼の獅子像、右側には聖テオドーロ像が載っている。2本の円柱はコンスタンティノープルからの戦利品。ここは昔公開処刑場だったそうで、縁起をかつぐ地元の人はこの円柱の間は通らないという話を聞いた。

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 828年、ヴェネツィアの商人がアレッサンドリアに行き、その土地にあった聖マルコの遺体を豚肉を積んだ荷車に隠して密かに持ち出してヴェネツィアに運び込み、サンマルコ大聖堂を建立し、そこに祭ったという。聖マルコは4人の福音伝道者のうちの1人。ヴェネツィアが発展し出した時代、キリスト教の中でも重要な位置を占める聖人を守護聖人にしたいという願いが、これで叶ったというわけだ。

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 これでとばっちりを食ったのが、それまでの守護聖人だった聖テオドーロだ。かわいそうに守護聖人の地位を奪われたが、像だけは今もこの小広場に飾られている。ところで、テオドーロ像は正面を向いているのに、獅子像は横の方を向いている。実はこの獅子の見ている方向がアドリア海を正面に見る角度だ。海の都の表玄関でにらみを効かしているというわけだ。

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サンマルコ広場4 鐘楼

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 広場に高くそびえ立つ鐘楼は、高さ98.5m、幅11m。9世紀から原型はあったが、現在のような形は15世紀に造られ、頂上に金色の大天使ガブリエルの像が取り付けられたのは1513年だ。ただ、1902年7月14日の朝に突然崩壊してしまった。あれだけの建物が倒れたのに、付近に被害がほとんどなかったのは奇跡的だろう。街中で偶然その崩壊の瞬間を捕らえた写真を見つけたので、ご覧下さい。

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 105年後の2007年7月14日の朝、鐘楼の前に行ってみたが、真下から眺める鐘楼はあまりにも大きすぎて、倒れるという状態をとても連想できなかった。1912年の再建の際にエレベーターが設置されたおかげで今はあっという間に本島最高地点に達することができるようになった。エレベーターのないフィレンツェのドゥオーモなどに比べて、実にらくちん。エレベーターの係員に聞いてみた。「一日何回くらい往復するんだい?」。係員君、しばし首をひねった後「さあねえ、一回2分で昇ってしまうからねえ。何回になるかなんて、考えたこともないよ」。確かに!

 この鐘楼と広場の全景を俯瞰するには向かいの島・サンジョルジョ・マッジョーレの教会の鐘楼が最高だ。昼間だとこんな風に見えますよ。

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サンマルコ広場3 高潮

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 海の上に人工的に作られた街だけに、地面は決して平行ではない。最も低いところは大聖堂付近。続いて大聖堂に向かって左の旧行政館側が低く、反対の新行政館側は高くなっている。これは建物が建てられた時代の古さと比例している。

 この違いは高潮に襲われた時にはっきりわかる。大聖堂のあたりから左のカフェ・クワドリの付近が次第に水浸しになり、右側のカフェ・フローリアン付近は最後に水かさが増してくる。従って、高潮のときはまずは右側に避難すれば、被害は少なくて済むというわけだ。ちなみに、ヴェネツィア全体でもサンマルコ広場周辺が一番土地が低く、逆に一番高いのはリアルト橋付近になっている。

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サンマルコ広場2 形

 実は広場の形はちゃんとした長方形にはなっていない。コッレール側の幅が52mなのに対して、大聖堂側の幅は80mと、かなりいびつな台形のような形になっている。そのために、コッレール側から見た場合、正面奥のサンマルコ大聖堂は175mも離れているにもかかわらずワイドスクリーンに映し出されたような迫力を持って見るものに迫ってくるというわけだ。

 夕方から夜にかけてこの光景を堪能した後、翌日は日の出の時間にここに行ってみた。すると、太陽が大聖堂の方角から昇ってきて、空のほのかな赤みに包まれた大聖堂の屋根の聖人たちがシルエットで浮かび上がった。この感激的な場面もヴェネツィア滞在中の印象的な出来事だった。

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サンマルコ広場1

 サンマルコ広場への入り方は、大きく分けて4通りある。歴史的に最も正当なのは、海からサンマルコ小広場に上陸する方法だ。鉄道や、大陸を結ぶ橋(リベルタ橋)が出来るまではずっと海が表玄関だったし、共和国の歴史も海と共に築かれてきたからだ。

 陸地側では、メルチェリエ通りを通って時計塔のアーチをくぐって入るのが一般的だろう。あとはダニエリなどのホテル客やサン・ザッカリア停留所に降りた人たちが溜息橋の方向から回りこんで広場にくる形だ。

 でも、そうした体験を既にしてしまった人は、サンモイゼ教会側から広場に入ってみたい。というのは、こちらから入るときは広場の見え方がとても特徴的になる。こちらの入口はコッレール美術館の建物の下をくぐるようにして広場に出るわけだが、建物を支える柱とその間に下がる球形の電灯が目の前に並ぶ。もし夕方なら、その電灯が暖かい光を灯し、柱はシルエットになっており、前方にサンマルコ大聖堂の全景がすっぽりと姿を現すというシチュエーションになるわけだ。

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