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モーツアルト

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 PONTE DEI BARCAROLI(バルカローリ橋)たもとの家

ヴェネツィアのサンマルコ地区、フェニーチェ劇場のあるサン・ファンティン広場の少し手前に、バルカロ運河が流れている。ここに架かるバルカローリ橋に立って、前の建物の壁を眺めてみよう。そこに「ウオルフガング・アマデウス・モーツアルト」の文字が記された銘板が貼ってあるのに気づくだろう。その銘板には「1771年のカーニバルの間、ここに滞在した」と書かれている。

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 これが、その建物だ。当時のモーツアルトは15歳。1769年12月にオーストリアを出発し、ローマ、ナポリ、ボローニャなどイタリア各地を回った大旅行の終盤、2月11日にヴェネツィアに着いた。父レオポルドが妻にあてた2月13日の手紙では、「ひどい天候と驚異的な風のため、やっと謝肉祭の月曜日早朝にヴェネツィアに着いた」と報告している。ベルリンの国立図書館に覚書が残されているが、それによると「宿泊、バルカローリ橋そばのサン・ファンティーノ通り、カヴァレッティ家」と記載されているようだ。

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 この運河はゴンドラの一般的な周遊コースになっているようで、橋の上で銘板の文章をメモしている間も何隻ものゴンドラが通過して行った。中にはゴンドリエーレが「ここがモーツアルトが滞在した場所」と説明しているゴンドリエーレの姿もあった。

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 滞在中のモーツアルトは、まさにカーニバルの真っ最中だったこともあり、「ドイツ時間で夜の11時から12時にかけて私たちはサンマルコ広場の仮面舞踏会に出かけたのです」(レオポルドの手紙)など、大いにカーニバルを楽しんだようだ。当然この写真のような仮面を付けた人であふれる広場にモーツアルト父子の姿も見かけることが出来たのだろう。

 彼らは約1か月の滞在の後3月12日に、ブレンダ運河を船で渡ってパドヴァに出発している。ただ、モーツアルト自身が祭りで沸き返るヴェネツィアに、どのような印象を抱いたかは、記録には残されていない。

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