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2009年4月

天国の島 プロチダ島(procida)2

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 昼の輝く島の姿も素晴らしいが、夕闇が迫るころの港も情緒にあふれている。これは宿泊した「ラ・カーサ・スル・マーレ=海辺の家」という名前のホテルの部屋からの眺めだ。

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 時間は遡るが、ホテルから北東側にあるテッラ・ムラータ地区へ向かう途中の道。石畳が続く。

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 ムラータ地区の廃屋はアートといえるような自由な曲線を配した設計だった。

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 ホテルの朝食は開放的なベランダで。パンもとてもおいしく、幸せに浸れる空間だった。

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天国の島 プロチダ島(pricida)

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 いよいよゴールデンウイーク。3年前の連休に訪れた「天国の島」プロチダ島を紹介しよう。ここはイタリア・ナポリから船で約1時間、地中海に浮かぶ小さな島だ。ある雑誌で見たきらめくような光景が忘れられなくて、何の準備もなくイタリアに飛んだ。そして、まさにこの情景に接したとき、Paradiso(天国)という言葉が自然に口をついて出た。

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 この海岸はコリチェッラ港。郵便配達夫が詩人パブロ・ネルーダと出会って成長していく映画「イル・ポスティーノ」のロケが行われた場所で、ほぼ中央に見える白いテントのある建物がバルとして使われた。今ではリストランテになっている。

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 島の人口は約1万人。近くにあるカプリ島などと違って観光客はそれほど多くはないが、ドイツ人は結構リゾートで訪れるそうだ。ここの入江は漁港で、この日は沢山の船が浮かんでいた。奥に見えるのはイスキア島。

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 島の子供たち。「写真を撮ってもいいかい?」と聞いたら、瞬時にポーズを決めてにっこり。さすが陽気なイタリアンたちだと、こちらがびっくり。本当に人懐っこくフレンドリーな人たちばかりで、翌日などはおばあちゃんたちに「私たちの写真も撮ってよ」とリクエストされてしまった。

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ヨーロッパの風景 オランダ・キューケンホフ公園2

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 チューリップは16世紀にトルコからヨーロッパに渡ってきましたが、たちまち人気となり、全盛期には球根1個が1haもの土地と交換されるといった投機の対象になることもありました。

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 チューリップ畑が広がる公園周辺。少し肌寒いくらいの気候でしたが、心安らぐ風景が展開されていました。

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 オランダといえば風車。公園内にもちゃんと風車が設置され、その前で団体客が合唱をしていました。鎖国時代にはわずかに長崎の出島でオランダとの交易がなされていましたが、その影響か現在の日本語のなかにオランダ語由来のものがいくつもあります。ランドセル、スコップ、ブリキ、おてんばなどがそのようです。

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 うろ覚えなんですが、確かこの花の名前は「デルフト・ブルー」だったと思います。デルフトといえば、あのフェルメールの故郷。彼の代表作「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」のターバンの青からの連想でこの名前が付けられたのだと、容易に想像出来ますね。

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ヨーロッパの風景 オランダ・キューケンホフ公園1

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 間もなくブログ開始2年目に入るのを期して、ヨーロッパの風景の紹介コーナーを新設します。その第一弾として、春にふさわしいチューリップの光景からスタートです。

 オランダの首都アムステルダムから南西に下って、北海の近くにこのキューフケン公園があります。広さは32ヘクタール、約700万株のチューリップが、3月下旬から5月にかけて公園一杯に咲き乱れます。

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 園内にはいくつかの池もあり、一斉に咲き誇る花々が水面に色を映して、訪れる人たちを幸せな気分にさせてくれます。

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 これぞまさに典型的な赤いチューリップ。ちなみにオランダの国旗の色は赤、白、青の三色で構成されており、勇気(赤)・信仰(白)、忠誠(青)を象徴しているそうです。

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 公園内には民族衣装を着た少女が出迎えてくれました。こちらも美しい花たちでした。

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キオッジャ2

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 アクセス数1万回突破しました!

 このブログは昨年5月のゴールデンウイークからスタートしましたが、4月14日、1年足らずでアクセス数が1万回を超えることができました。未整理のまま溜まっていた写真や資料を整理することが第一の目的だったので、あまり皆様に見やすい形での提示ではなかったのですが、それにもかかわらず繰り返し訪問してくださった皆様に、心から感謝です。これからもヴェネツィアが中心になりますが、さらにイタリア各地やもっと広くヨーロッパの風景も徐々にアップしていくつもりです。今後ともよろしくお願いいたします。

 さて、キオッジャの2回目は港からリド島への帰り道に出会った海の風景をご覧頂こう。これは初めてキオッジャに行ったときの帰り道。夏の遅めの午後、逆光を受けて海がギラギラと輝いていた。

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 こちらは昨年1月の夕方。夕陽の赤とラグーナの水面の青とが滑らかに溶け合って、これまで出会ったことの無いような不思議なうねりをみせてくれた瞬間だ。

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 陽は沈み、赤色は一層濃くなり、キオッジャの街のシルエットがかすかに水平線のかなたに浮かぶ。

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 養殖棚のシルエットが、空と海の微妙な色彩を分けるように浮かび上がり、夜の訪れを告げる海鳥の鳴き声が海面に響いていた。

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 短い船の旅も終わりに近づき、間もなくペレストリーナに到着するころ。対岸の山々も宵闇に隠れようとしていた。

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キオッジャ1 サン・ドメニコ教会

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 本島以外の教会巡りの最後はキオッジャにあるサン・ドメニコ教会を訪れよう。キオッジャへ行くには2通りのルートがある。1つはローマ広場からバスで本土側を走るコースで、1時間以上もバスに揺られて到着する。途中海水浴場のあるソットマリーナを経由するが、夏に行ったときはここで大半の人が降りる。居眠りをしていた私もあわてて降りてしまい、残りの道を30分も汗だくで歩いた経験がある。もう一つのルートはリド島からバスと船を乗り継いで行くコースで、景色という点ではこちらがお薦めだ。

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 海辺にはこんな船の係留所もあった。格好のかもめの休息所になっていた。

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 好天の休日だったせいか、街中には洗濯物が運動会の万国旗のようにひるがえっていた。左端の青い飾りは、この家で子供が生まれたことを記念するお祝いのぼんぼりだ。

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 ドメニコ教会の祭壇にあったキリスト磔刑像。神父さんの説明によると、このキリスト像は右端に立って見上げると目をつぶっているように見えるが、左端に立つと目が開いたように見えるという。これは左側から撮影したのだが、目が開いているように見えるだろうか?

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 神父さんが自慢していたのはこの絵。カルパッチョの晩年の作品「聖パウロ」。わざわざライトを付けてみせてくれた。この町はかつては独立都市として栄えた土地だが、今はのどかな漁業の基地という印象だった。

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サンタ・マリア・エ・アッスンタ教会

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 今回はヴェネツィアで最初に人が住み着いたという原点の島・トルチェッロ島の教会を訪ねよう。ここには5世紀に本土から移住が開始され、司教座もここに移されて7世紀頃には人口2万人という繁栄を誇った。しかし、マラリアの多発などから14世紀には島ごと放棄されてしまい、現在は住人数十人というさびしい島になってしまった。しかし、7世紀に建設されたこの教会は健在で、ビザンチン様式の優美な姿をここにとどめている。

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 本島のフォンダメンタ・ノーヴェ停留所からブラーノ島乗換えでトルチェッロ島に着くと、こんな可憐な像が出迎えてくれる。ここからちいさな小川のような運河沿いに歩いてゆく。

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 ほどなく、この手すりのない橋が見えてくる。昔は手すりのない橋が一般的だったそうだが、今はこことカ・ドーロの裏手、キオード橋の二か所だけになってしまった。こちらの名前は「ポンテ・デル・ディアヴォロ」 悪魔の橋という何とも恐ろしい名前が付けられている。通行禁止の標識が立っていた。

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 10分ほど歩いて教会の前に到着した。その前の広場にはこんな椅子が屋外に置かれている。「アッティラ大王の玉座」と呼ばれているが、トウチェッロ島初期の裁判官の椅子だったとされる。ここに二人で座ると1年以内に結婚できるという伝説もあるそうだ。

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 何といってもこの教会後陣に描かれたモザイクの聖母像が、圧倒的な存在感で迫ってくる。作家須賀敦子がこう描写している。

「しばらくじっとしていると、目が暗闇に慣れて、ほの暗い祭壇の後の丸天井のモザイクがうっすらと金色に輝き始めた。天使も聖人像もない背景は、ただくすんだ金色が夕焼けの海のようにひろがっているだけだった。それが私には天上の色にみえた。(中略)渋い青の衣をまとった長身の聖母が、イコンの表情の我が子を抱いて立っている。その瞬間、それまで自分が美しいとした多くの聖母像が、静かな行列をつくってすっと消えて行った」 

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サン・ミケーレ島

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 教会巡りの途中、ブラーノ島からの帰り道にお墓の島・サン・ミケーレ島に立ち寄った。ここは島全体がヴェネツィアのお墓になっている。中でも最も印象的だったのがこのお墓だ。ヴァレンティナ・ディアナさんというバレリーナの女性で、若くして亡くなったことから、遺族がこの墓を建立した。金色のバレーシューズが供えられ、華やかな舞台の写真も添えられている。涙を誘う光景だ。

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 墓地に入った瞬間、全体が花で埋め尽くされた全景に圧倒される。よく見るとそれらの花はほぼすべてが造花。だから、一年中季節を問わず花で覆われている。このような風景はあまり見ることが出来ないもので、ある意味必見の場所ともいえるだろう。

もともとは本島の各教会の墓地に埋葬されていたのだが、18世紀に衛生上の理由などから政府が一斉にこの島に“移住”させたのだという。

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 壁に花束が並ぶのは合同の納骨堂。こちらの埋葬は火葬ではなく土葬のため、一旦墓石の下に埋葬された後2年後に掘り出される。というのはこの島ももう定員オーバーの状態で、敷地がなくなっているからだ。その後、再埋葬の費用を支払って永代供養が可能になるのだという。

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 有名人の墓もある。こちらは作曲家ストラビンスキーの墓。左が本人で右は奥さん。石でト音記号が描かれているのでわかりやすい。

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桜 六義園2

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 六義園では3月末までライトアップを実施していました。夜桜もまたしみじみとした風情を感じます。

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 「世の中は 三日見ぬ間の 桜かな」という歌があります。三日もたつと満開だった桜もあっという間に散り始めてしまいます。それはめまぐるしい世の中の動きのようだという例えですが、ここでも散り始めた花びらが、地面に広がっていました。

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 一方で、桜の花は百年前も今も、この季節になると変わらずに美しい花を我々に見せてくれます。ある意味で不変性をも感じさせてくれるのが、自然の尊さでもあるような気がします。将来、百年後も我々の子孫たちにその可憐な美しさを見せてくれることを願うばかりです。

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 帰り際に振り返ると、このような妖艶な姿で見送ってくれました。春という季節に感謝です!

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