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2009年7月

ドロミテの山々1

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 もうすぐ8月というのにすっきりしない天気が続いています。そこで、スカッとするような風景をご覧頂きましょう。夏のドロミテの山々です。2年前イタリアの友人の車に乗せてもらい、山岳周遊のドライブを満喫しました。ヴェネト州の町から出発して、1時間余り、ようやくドロミテの山が見えてきました。

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 石灰岩に覆われ、白い山肌をむき出しにする山の迫力は、素晴らしいものです。

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 コルティナ・ダンペッツオの町に着きました。中心地にある聖堂の鐘楼はすっきりと天に向かってそびえています。

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 町中の建物はチロル風のロッジが目立ちます。その間からクリスタッロ山が姿を覗かせます。

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 そのクリスタッロ山のアップ。ドロミテに来たという実感がこみ上げます。

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レデントーレの祭り4

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 ようやく花火全体が見通せる場所に移動できた。ほっとして上空を見上げた時、私は素晴らしい光景に出会うことになった。大輪の花火が上がる。全開となった炎の花びらに包まれるようにして、有翼の獅子像がくっきりとシルエットとなって浮かび上がっている。

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 聖(サン)マルコはヴェネツィアの守護聖人だ。その象徴が有翼の獅子。夏の真夜中の空中に、守護聖人が光と共に姿を現す。これこそ、花火を企画したヴェネツィア人の、したたかな狙いだったのではないか。

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 花火の種類はせいぜい5-6種類。日本の花火大会のように技巧を凝らした多彩なものではないが、とても優雅に夜空を彩っていく。時に大玉の花火が続くと観衆から歓声と共に大きな拍手が湧く。素朴に純粋に、花火と一体となって喜びがはじける。

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 午前0時、わずか30分で花火は終焉を迎えた。それでも、地元の人たち、観光客みんなが心を一つにして見上げ、喜び、祭りを祝い合ったこの時間は、とても濃厚なひとときだった。

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 ただでさえ狭いヴェネツィアの道路。「チャオ」「チヴェディアーモ」。別れの挨拶が交差する中、市民たちと肩をこすりあいながら帰路につく間、祭りに心地よく酔いしれる自分に気がついた夜だった。

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レデントーレの祭り3

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 教会のミサを済ませてから、私は花火をサンマルコ広場で見るために、道を引き返した。ヴェネツィアに住むラウラの話だと花火の開始は午後11時30分。1時間前に着いていれば十分場所は確保できるだろう、という気持ちだった。道すがら3月22日通りのグッチやフェラガモなどのウインドウをのぞいたりしながら、10時30分には広場に到着した。

 「ああ、広場の人たちはまだまだたいした数ではないようだ。これでじっくりと花火が見られるかな」

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ところが、大聖堂から海側に向いた小広場は既に押すな押すなの大群衆。運河に面した通りにはとても近づけない状態になっていた。仕方がない。小広場の中ほど「カフェ・キオッジャ」のテーブル席の後方で開始を待つことにした。

 山国で育った私にとって、花火の原点は幼い頃の夏祭りの線香花火だった。ぎこちなく着せられた浴衣姿で、神社に向かうあぜ道でホタルのゆらめきに歓声をあげた後、夜店で買った線香花火に母が火をつけてくれた。赤く丸い 火の玉がいくつもの炎のしぶきを発して光っていた。とても控えめで、でもとても心に沁みる輝きだった。

 この夏は例年よりずっと早く熱波が街を包んでいた。昼の間は焼けるような日差しが照りつけていたが、11時を過ぎて、人いきれの中にもふっと涼をもたらす風が通り抜ける。イタリアの夏も、この時間になると優しさを取り戻す。大人になって大規模な花火大会も数多く見てきたが、初めての異国での花火が、今始まろうとしていた。

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 11時30分、珍しく正確に花火が始まった。だが、花火の打ちあがる場所が、想定していたところよりずっと右側で、行政館の建物の影になってしまっている。

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 聖テオドーロの像の背後に半分だけ花火が見えるといった状況で、キオッジャ周辺にいた人たちが一斉に左へ左へと移動を始めた。もちろんその場所にも人はあふれているので、かなり厳しい移動だったが、皆とてもフレンドリーにスペースを譲り合ってくれ、どうにか花火全体が見える所まで移動することが出来そうだった。

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レデントーレの祭り2

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 ザッテレ海岸の仮橋のたもとに着いたのは午後8時を少し過ぎたころだった。夕陽が対岸のジュデッカ島に最近出来たホテルの彼方に沈もうとしていた。

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 手前に先端だけを見せるサン・セバスティアーノ教会の鐘楼がのぞく。

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 そして優雅な姿を見せるレデントーレ教会が、茜色に染まっていた。

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 行列は橋の上だけではなかった。海上にも祭りを祝う人たちの船が続々と集まり始めている。

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 教会とヴェネツィアの玄関・サンマルコ広場との間の水面は、瞬く間に大小の船で埋め尽くされようとしていた。

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 潮風が人々のほほを優しくなでて通り過ぎる中で、いわしのマリネ、パスタ、スイカ、そして必需品のワイン。海上の祝宴はもう既に開始のゴングが鳴り渡っている。

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 仮橋を渡りきってたどり着いた教会正面の階段は、まるでローマのスペイン階段を思わせるかのようなラッシュ状態だった。まだ、お目当ての花火大会までは3時間以上もあるというのに・・・

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レデントーレの祭り1

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 ヴェネツィアで冬のカーニバルと並ぶ夏の祭り「レデントーレの祭り」は毎年7月の第三日曜日に行われます。今年は19日。この特集をご覧下さい。

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 祝宴は、すでに教会とは遠く離れたリアルト橋の近くでも始まっていた。船を貸し切り、ジュデッカの運河に乗り出していくらしいグループの挙げる歓声が、こだまのように響き渡った。その表情は、浮き立つ心を抑えきれないかのように口許がほころんでいる。ラ・フェスタ・ディ・レデントーレ。レデントーレの祭り。

16世紀、1575年から77年にかけてヴェネツィアを襲ったペストの猛威は、数万人もの死者を出す壊滅的な打撃をこの国にもたらした。ようやくその蔓延が収まったとき、レデントーレ教会は祈願成就の祈りを込めて建立された。その起源は決して明るいものではないが、今では市民こぞっての祝祭の日として定着しているのだ。

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 市民の参拝はその前日から始まる。何千何万という人たちが教会に詣でるのだが、そのためにだけ、その二日間だけのためにザッテレの海岸からレデンントーレ教会正面までジュデッカ運河を横断して浮橋が作られるのだ。

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 橋の長さは333.7m、幅3.6m、34隻の船を連結することで繋ぎ止めるもの。11月にサルーテの祭りに作られる仮橋よりずっと長い。

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 しかも、ただ単に水面と平行に作るのではなく、運河の中央部分はなだらかに盛り上がる勾配を付けた構造だ。もちろんこのカーブはバポレットなど各種船舶の航行を可能にするためなのだが、ヴェネツィア人ならでは、と思わせるような優雅な勾配なのだ。

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 そして、その先には建築家アントニオ・パラーディオ設計によるレデントーレ教会が、優雅な姿を浮かび上がらせている。

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サン・バルナバ広場周辺4

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 この広場のちょっと奥にあるプーニ橋のたもとには、いつも野菜を満載した舟が係留されており、市民が新鮮な野菜を買いに集まる。

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 この写真でいうと、一番手前がサン・バルナバ橋、そして二番目がプーニ橋になる。

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 キャベツ、たまねぎ、ニンジンなど種類も豊富で、リアルト橋近くの市場にも負けないほどバラエティ豊かな内容だ。

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 主婦だけでなく、紳士たちが買い物する姿も、普通に見かけられる。

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 プーニ橋には、両端に二人分の足型が埋められている。この足型には中世に遡る伝説が伝えられている。当時は地区ごとにいくつかのクラブが組織されており、市民はそれぞれのクラブに属していた。この付近にはカステッラーニ党とニコロッティ党という反目しあうクラブがあり、お互いの勢力を誇示するため、橋の上で鉄拳をふるって闘ったという。その際、両者の向き合う位置を示すために付けられた目印が、この足型だという。

 でも、この足型の幅はすごく広い。身長1m75の私が測ってみたところ、両足の間隔は大股で4歩もの距離があった。はたしてどんな形で足を置いたのだろうか?このような足型は、ストラーダ・ヌオーヴォ(サンタ・ルチア駅とリアルト橋をつなぐ広い通り)途中のサンタ・フォスカ教会広場裏に架かるサンタ・フォスカ橋にも同様に付けられている。

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サン・バルナバ広場周辺3

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 この広場で、個人的にとても気に入っていることがある。それは運河に映る建物の面白さだ。午後になると運河の周囲にあるカラフルな建物に太陽の光が当たり、その姿が運河の水に反映する。運河は小さいため波があまり立たないが、時折通過するゴンドラなどでかすかに揺れると、その後建物の姿が微妙に変化する。まさに変幻自在のアートを演出してくれるのだ。

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 バロックという言葉は、「ゆがんだ真珠」という意味があるそうだが、この水に映った風景は「ゆがんだ街並み」とでも表現したらいいのだろうか。

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 これなどは、本当にかすかな揺れで演出された絵画のような風景だ。

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 こちらはゴンドラが通った直後で、かなり形が崩れた状態の風景。でも色彩の強烈さが返って前面に押し出された感じ。もしピカソがヴェネツィアに来ていたら、また新しい造形を描き出していたのではないだろうか。

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サン・バルナバ広場周辺2

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 ゴブレットの店横の橋から見た運河。ヘップバーン扮するジェーンが8ミリフィルムで撮影に夢中になっていて、落ちてしまったのがこの運河だ。水深は浅いのでおぼれる心配はないが、水は決してきれいとはいえないので、ご注意のほどを!

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 その運河を一望できる絶好の場所がある。それは手前の停留所名にもなっている「カ・レッツオーニコ」というパラッツオだ。18世紀博物館になっているが、この建物の3階奥の窓からはちょうどこの運河が正面に見え、なかなかの眺めが楽しめる。

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 なぜか、広場そのものを写した写真がありません。こんなところでご勘弁を!

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サン・バルナバ広場周辺1

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 ヴェネツィアには沢山の特徴的な広場がある。最も有名なのはサンマルコ広場だが、ここではそれほど有名でなくとも個性を持った広場を紹介していく。

 最初はサン・バルナバ広場。ここを有名にしたのは何といってもデビット・リーン監督の映画「旅情」だろう。キャサリン・ヘップバーン扮する独身女性ジェーンがヴェネツィアに旅行に来て、赤いゴブレットを買うシーンがあるが、その店となったのが、この写真中央奥の橋右側にある小さな建物だ。なお、「インディ・ジョーンズ・最後の聖戦」の撮影で使われたのが、その右側半分だけ見えているサン・バルナバ教会でもある。

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 2年前の夏に行った時には、この建物は土産物屋になっており、入口の柱に旅情のシーンのスナップ写真が何枚も貼られていた。残念ながら?店の主人は映画のロッサノ・ブラッツィとは似ていませんでした!

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 実は、この店のガラス窓(ジェーンがこのガラス窓越しにゴブレットをみつけるのだが)がとても面白い。というのは、晴れた日には前に広がる景色をきれいに反映して一幅の絵画のように映し出してくれるからだ。この日は、ヴェロネーゼの作品の宝庫であるサン・セヴァスティアーノ教会の鐘楼をくっきりと浮かび上がらせていた。

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 こちらは3年前の冬。クリスマスシーズンだっただけに、ラッパを吹くエンジェルの飾り付けと風景が絶妙にマッチして、とても楽しい気分にさせてくれた。

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