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2010年6月

絶景の国サンマリノ1

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 サンマリノという国をご存知ですか。四方をイタリアに囲まれて、マルケ州の隣り、アドリア海にも近い位置にある世界で5番目に小さな国だ。(ちなみに世界最小の国はバチカン市国、続いてモナコ公国、ナウル共和国、ツバルという順序)61平方キロの土地に約2万7千人の国民が住んでいる。ただし共和国としては世界最古の歴史を持つ由緒ある国でもある。

 一般的なコースはリミニからバスで入国するのだが、私はウルビーノから連絡する1日1便のバスを見つけ、これに乗った。いくつもの丘や山をうねりながら北上していくと、前方に急に大地が盛り上がったような険しい三角形が飛び込んできた。あれがサンマリノ。

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 坂道を登り切ったところが終点。降りて目指すホテルの場所を聞くと、「そこだよ」って指さす。「え~、そんな近く?」と信じられなかったが、確かにホテルのJOLIの看板があった。リミニからのバスだとそのターミナルから相当遠い場所だったが、ウルビーノからのバスは街中の違う停留所まで連れて行ってくれたのだった。ラッキー。ホテルの部屋も周囲の風景を一望できるパノラマビュー。しばし、眼下の眺めを楽しんだ。

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 すこしうとうとして目覚めたら、もうちょっと夕方になりかかっていた。早めの夕食に出発だ。政庁のあるリベルタ広場から第一の塔・ロッカ・グアイタのあるところまで登って行った。途中、とても見晴らしの良いレストラン「ニド・デル・ファルコ」を見つけ、入店。

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 パスタを食べていると、急にふわ~っと霧が湧いてきた。丘陵が見る間にオレンジ色の霧に霞んでいく。あわててカメラを取り出す。ほんの数10秒後には、またその霧が消えて行った。

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 本当に幻想的な瞬間だった。店のカメリエーレに「こんな素晴らしい光景をいつでも見られるなんて、幸せですね」と話しかけると、彼は「そう。この国のパノラマは私たちの宝なんですよ」と、答えてくれた。自分の国に誇りを持つその言葉が、とても心に浸みた。

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 食事を終えて、政庁の塔を下に見ながらロッカ・グアイタを目指す。

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 もう第一の塔は門が閉まってしまった。そこから第二の塔、ロッカ・チェスタに向かう。途中で町を振り返ると、日没後のほんの少し赤みの残る夕空がある。

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 日の沈んだ西側と反対のリミニ方面はもうすっかり夜。丸くぽっかりと開いた岩石の穴から下界を眺める。ブルー・モメントの瞬間だ。

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 反対側はまだ夕焼けの名残が・・・

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 政庁まで戻ると、建物と広場に立つ勝利の像がライトアップされていた。写真右側の建物にあるレストラン「RIGHI」は、後でわかったのだがサンマリノで唯一ミシュラン1つ星を獲得している店。海の幸スパは絶品だった。

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 なお、勝利の像はこんな表情だ。

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 翌朝、目覚めたら外に朝日が見える。と、よく見たら月だった。ほぼ満月の月がほんのりと曙の赤みがさした空に沈んでいく。思えば、赤い空に沈む満月なんて、見るのは初めてかもしれない。

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 しばらく、寝ぼけ眼をこすりながらも、しっかりと曙の月を網膜に焼きつけていた。

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 それも10数分後には月が沈み、周囲の丘陵が朝日に照らされて輝き出した。また新しい1日が始まる。

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ペルージャ街歩き

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 アッシジ滞在中に半日だけ隣町のペルージャに出かけた。ウンブリア州の州都で、紀元前4世紀からの歴史を持つこの町はエルトリア時代からの遺品も出土する場所だが、今回はほんの一部だけをご紹介。町の中心地は11月4日広場。中央の円形の噴水が目印だ。奥の建物はゴシックのプリオーリ宮。国立のウンブリア美術館もここに入っている。

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 アッシジのウニタ・イタリア広場から出るバスに乗って約1時間。ペルージャの中心街下のパルティジャーニ広場に到着する。電車だと、駅は中心街から遠く離れているので、バスのほうが便利だ。ただし、バスターミナルから左側にあるエレベーターを上り、いくつもあるエスカレーターを乗り継いで、途中の城塞の洞窟のような場所にも臆せず進んでいくと丘の上の中心街に到達する。そこからは上の写真にあるヴァンヌッチ通りを正面奥に見える大聖堂に向かって歩いていけばOKだ。

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 大聖堂の内部は明るく透明感のある空間だった。3廊式で、高い天井にはモザイクとシャンデリア様のランプが下げられ、すっきりと美しい。

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 入口から3番目の柱に何やら信者の人たちが祈りを捧げていた。近づいてみると、ふくよかな聖母像がこちらに向かって語りかけてくるような姿で立っておられた。G・ディ・パオロ作「恩寵の聖母」と呼ばれる。

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 11月4日広場の北に延びるアッピア通りとアクアドット通りが重なり合う場所があり、その景観がとても面白い。アクアドット通りとは広場の噴水に水を引くために造られたものだそうで、今では普通の道になっている。近くのおじさんが掃除をしていたので、ボンジョルノと声をかけたら、倍もある大きな声であいさつを返してくれた。

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 この道の上に別の道のための橋がかかっており、変化に富んだ景色が楽しめる所でもある。

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 坂を登り切って下を見下ろすとこんな感じ。3本の道が交差しているような複雑な形をしている。

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 アッピア通りの北側には外国人大学があり、ここには日本人も相当数留学しているという。この大学のせいかペルージャでは若者の姿がかなり目立った。左側の建物が大学本部。

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 ラファエッロ通りという名前に魅かれて進んでいくと、サン・セヴェーロ教会にたどり着く。小さな教会だが、ここにはペルージャに残されたたった一つのラファエロ作品「三位一体」があった。教会そのものは閉まっていたが、作品がある礼拝堂だけは開いていた(有料、3ユーロ)。ここからの町の見晴らしも良い。

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 大聖堂の北側の通りは、本当に古いたたずまいのしっとりした雰囲気。建物と石畳のグレーのモノトーンが落ち着きを演出する。

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 大聖堂裏まで来ると、さっきはなかった陶器市が店開きしていた。

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 11月4日広場に戻ったら、大聖堂真向かいの15世紀の建築・ブリオーリ宮で挙式をしたカップルが祝福を受けながら、階段を下りてくるのに出会った。

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 挙式を終えたばかり、ほやほやの新婚カップルの熱いキス。いつまでもお幸せに!

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サン・ダミアーノ修道院など

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 朝、小鳥のさえずりと共に目覚める。こんな経験はいつ以来だろうか。サン・フランチェスコによって印象づけられた町。歴史のはざまに取り残された町。それが故にフランチェスコの魂と共に豊かな詩情を保ったまま、今にその息遣いを伝える町となった。

 まだ夜も明けきらぬ薄暗闇から、さえずりが聞こえてくる。優しい、柔らかな歌声だ。フランチェスコの説教をそのまま素直に受け入れて、純なままに命を伝えてきたからなのだろうか。決してまっとうに生きてこなかった人間にも分け隔てなくもたらしてくれた、さわやかな朝の知らせ。希望という名の光が差し込むのを感じる。今日一日を、確かに生きてみよう。そう思える瞬間を持てることの幸せを、かみしめる朝。

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 アッシジ滞在最終日、サン・ルフィーノ広場向かい右側の急階段を上る。この町はどこに行くのにも坂道だらけだ。

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 15分も歩けばロカ・マッジョーレの要塞にたどり着く。ローマ時代に造られ、町の監視所となっていた。旧市街の最高地点だ。

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 ここから見下ろすと東側にサン・フランチェスコ聖堂が見える。小さなおもちゃ箱みたいだ。背後のウンブリア平野の広がりがすがすがしい。

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 街に帰る途中、ジョットの「小鳥に説教するサン・フランチェスコ」の絵を模したものが民家の玄関に飾られていた。

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 街中には至る所にフランチェスコの像があふれている。旧市街の人口は数千人だが、確実にそれを上回る万単位のフランチェスコが存在するのは間違いない。

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 昼前、今度はサン・ダミアーノ修道院に向かう。フランチェスコが1205年神の声を聞いて修行に専念、石を積んで修復を行った場所だ。ひたすら石畳の道を下って行く。

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 春のそよ風がほほをなで、樹木が日差しを浴びてキラキラと輝く。

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 と、突然羊の群れが道に現れ、、、、

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 百頭もの羊が悠々と道を横切って行く。中にはこちらを観察する羊もいた。何とのどかな風景に出会ってしまった。

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 修道院は見るからに質素な建物だった。

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 「本当にそまつな・・・・・でも、若々しい歓喜にあふれた」と須賀敦子が描写した修道院の内部。

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 ミサが終わり、修道士が信者たちと語り合う。日差しが優しい。

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 アッシジの最後は、滞在したホテル近くの交差点の夜景をどうぞ。角に聖母像を飾るとても美しいビューポイントでした。

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サンタ・キアーラ教会など

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 淡いバラ色の縞模様で彩られているサンタ・キアーラ教会。その日の舞台から姿を消す前に、最後の光を振り絞って送ってくる夕日に照らされて、うっとりした表情を見せる。燃えるような陶酔感ではなく、ゆるやかで甘美な温もりで心が包まれるような、幸せな日没だ。

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 アッシジの貴族の娘だったキアーラはフランチェスコの教えに心酔して女子修道院を創設、布教に情熱を注いだ。そのキアーラを祀る教会はサン・フランチェスコ聖堂とちょうど反対の、町の東端に位置する。この地域特産の薄いピンク色の石灰石を使った教会や家々は、須賀敦子のエッセイにもある通り、夕陽の下で光が消える直前のかすかなきらめきを残して一日を締めくくる。

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 そして群青の夜の帳に包まれて行く。

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 翌朝、アッシジに来て初めて朝から晴れた日。キアーラ教会の塔を裏側から見上げた。

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 すっきりと青い空の中、後方にはロカ・マッジョーレの要塞がそびえる。

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 サン・ルフィーノ聖堂は、キアーラ教会から少し坂道を上るとたどり着く。ここがアッシジの守護聖人サン・ルフィーノに捧げられた教会だ。ここに来るまではサン・フランチェスコが守護聖人だとばかり思っていたので、ちょっとびっくり。フランチェスコもキアーラもいずれもこの教会で洗礼を受けた。

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 ルフィーノ聖堂の鐘楼は11世紀に建造された古い歴史を持つ。

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 サン・フランチェスコ聖堂近くにあるサン・ピエトロ教会。ここも簡素なファザードを持つすっきりした形の教会だ。

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 こちらは教会ではないが、町の中心広場・コムーネ広場にあるミネルバ神殿とポポロの塔。この場所で春の祭典カレンディマッジョが開催される。ローマ時代のもので、ここを訪れたゲーテが完全な形で残るこの建物を称賛したという。

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 サンタ・キアーラ広場から鉄道駅方面を見下ろすと、ひと際目立つ教会がある。サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会だ。

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 バスで駅まで行き、そこから5分も歩けばアンジェリ教会に到着する。

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 この教会の最大の特徴は、内部にもう一つの教会を持つこと。サン・フランチェスコの最初の布教の拠点となり、ここで生涯を終えた聖なる場所・ポルツィウンコラ礼拝堂が、すっぽりと中心に収められている。教会は礼拝堂を保存するために建てられたというわけだ。

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 礼拝堂内部はフレスコ画で埋めつくされている。中心にはシモーネ・マルティーニ風な受胎告知の絵があった。

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 中庭のバラ園に出る手前にあったフランチェスコ像。よく見ると彼の持つざるの中にいる白鳩は生きている本物だった。      

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サン・フランチェスコ聖堂2

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 サン・フランチェスコ聖堂は、フランチェスコの死の2年後(1228年)に建設が始まった。清貧を貫いたフランチェスコの思想とは矛盾するような巨大な教会となったが、もし、こうした建物が造られなければジョットの一連の絵画もなかったわけで、そうした点ではプラスだったということになるのかもしれない。夕暮れ時、ライトアップされた聖堂。

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 ジョットが上部聖堂に描いたフランチェスコの生涯の中でも、最も有名な「小鳥への説教」。その精神は現代にまで受け継がれているという。

 須賀敦子さんのアッシジでのエッセイにこんなシーンがあった。「しばらく止んでいた雨が、またぱらつき始めた。案内の修道士が、金魚の水たまりに浮かんでいた2,3枚の葉を取り上げてやりながらつぶやいた。雨だよ。たくさんあたってお楽しみ。彼(修道士)は彼の慕ってやまない師父が800年の昔にうたった歌を何気なく私の前で口ずさんでしまったのだ」

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 この建物も1997年に発生した大地震で壊滅的な被害を受けた。ジョットのフレスコ画も粉々に砕け、修復不可能とさえいわれた。しかし関係者の必死の努力によって見事に復興、復旧に成功し、2005年には世界遺産に登録されている。

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 サン・ピエトロ教会側にある門からアーチ越しに見上げる、聖堂の凛とした姿は、町の人たちの祈りの姿勢をほうふつとさせるものに見えた。

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 朝、聖堂広場越しにアッシジの新市街方面を眺める。正面の山の中腹にはペルージャの街があるが、この朝は雲に覆われていた。

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 広場から見た朝の聖堂は、このようにさわやかだ。

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 階段を上ると、出勤(?)してきた修道士の人を発見。

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 広場のポルティコの端に、こんなモニュメントが取り付けられてあった。

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 中庭はこのような回廊になっており、上部と下部を結ぶ連絡通路として使われていた。

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 順序が逆になってしまったが、ここが下部聖堂への入り口。重厚な造り。

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サン・フランチェスコ聖堂1

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 山肌に、横に細長く暗灰色の石を積み重ねた塊が見えた。アッシジ駅のひとつ前、パスティアの駅に近づいた時突然、その塊が左前方に現れた。そう、あれがアッシジ。何度も写真などで見ていた町だが、こうして唐突に飛び込んだ現実に、しばし理解が追いつかなかった。10キロもの先から、はっきりとその姿を認めることができるとは。

 私の人生の中で初めて親しくなったイタリア人・デルピエロ神父に、かつて聴いたことがあった。「あなたの国で一番好きな場所はどこ?」彼はこう答えた。「アッシジ。その小ささ、その静けさ。そしてかくも清らかなたたずまい。とても好ましくいとおしい町です」。

 ずいぶんと久しく忘れていた神父の言葉が、その地の少し湿った土を踏みしめた時、蘇ってきた。 近づくと野に花。やっと訪れることの出来たフランチェスコのふるさと。

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 緑の庭を隔てて見るサン・フランチェスコ聖堂正面は、意外にも小さくまとまった姿に見える。

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 聖堂は上部と下部に分かれている。下部聖堂から入場しようと坂道を降りると、何やら話しこむ修道士たちの姿が、あちこちにあった。サン・フランチェスコを慕う全世界の修道士がここを訪れるせいだ。

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 車いすで聖堂に到着した老修道士の祈りの光景が、胸を打つ。

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 ほの暗い聖堂内を進むと、地下に通じる階段がある。フランチェスコの遺体が安置されている地下礼拝堂への道だ。

 一人の若い修道士が、フランチェスコの墓の前にひざまずき、一心に祈りを捧げている。時に目をつむり、時に墓を見上げ、そして静かに頭を下げる。その横には老婦人。またその横にはうら若き少女さえも手を合わせる。ひたすら清貧を貫いたフランチェスコの、ゆるぎない信念の足跡が、これほどまでに信者を引き付けるのだろうか。

 下部聖堂空間に戻って、さらに奥に進むと、チマブーエの「聖母と天使と聖フランチェスコ」のフレスコ画が飾られている。右端に慎み深く手を交差させているのが、フランチェスコだ。

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 中庭に出ようとして2階への階段を昇り始めて、ふと左を見ると、きらりと光る反射光に気づいた。よく見ると、聖母がイエスを抱いて見つめる壁画がそこにあった。ちょうど中庭への出口の空間から、夕日がその絵に向かって差しこんでいたのだ。現地時間午後6時30分。ようやく傾いたその太陽の角度が絶妙に、聖堂奥にあるその絵まで届く傾きになったのだ。鮮やかな黄金の背景色に浮かび上がる聖母子。このロレンツェッティの聖母子像が「夕映えの聖母」と呼ばれることが、実感を伴って心に刻みつけられた。

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 そろそろ夕食へ行こうとチェントロへの道に出て後ろを振り返ると、薄雲に隠れながらも夕陽がちょうど聖堂鐘楼の真後ろに降りてきていた。

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 そして正面屋根の真上に。

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 その翌未明、目が覚めてしまい、下部聖堂前の広場に出かけてみた。昼は人で埋まるほどのにぎわいが、さすがにこんな時間では無人の空間に変化する。

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 ポルティコのアーチがリズミカルに連続し、安らかな音楽が聞こえてくるかのように思えた瞬間だった。

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アッシジの祭り カレンディマッジョ6

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 カレンディマッジョの最終回は、祭りで見かけた素敵な女性たちに登場願いましょう。最初はチャーミングな笑顔の少女。

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 花束が似合う女性でした。

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 この娘さんは妹と姉妹で出演していました。

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 自分の地区を応援するのも真剣そのもの。

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 こちらは観客席の知人となにやらディベート中?

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 この赤い衣装の襞の具合が、まるでギリシャ彫刻のように深く刻まれて素晴らしい!

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 こうしたパステルカラーの色合いが、何とも言えず美しかった。

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 行列の参加者だけでなく、裏方さんにもかわいい少女が参加していました。

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 女性ばかりではなく、男性も1枚。いかにもイタリア人らしい陽気な若者も沢山見かけました。

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アッシジの祭り カレンディマッジョ5

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 祭りもいよいよ最終日、この日はソプラ、ソットの両地区が交代で出し物を競演します。最初はソプラ地区。収穫の喜びを演じます。

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 出てきたのは大きなワイン樽。中に酒の神・バッカスが入っていました。

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 次に透き通るような白いヴェールの女性たちが・・・

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 同じく白い衣装の男たちが白い牛を曳いて登場。

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 生きる糧、パンで飾られた車が女性たちを載せて通過します。

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 一方、ソット地区の演技はもっと活発です。大きな赤い布で地面を覆ってしまいます。

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 壇上にもソットの赤い旗を下げ、街の繁栄をうたい上げる踊りが始まりました。

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 赤で埋め尽くされる広場。

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 演技を終えて、みんなで「やったぞー」と歓声を上げています。

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 最終日は夜の部もありました。暗闇の中に太陽と月を表わす火の模様を浮かび上がらせ、その間に水の柱がほとばしります。

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 静寂の中を中世の行列が進みます。

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 火柱が何本も上がり、この辺からフォークロア的な音楽とともに激しい踊りが始まります。

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 広場はもちろん、観客席からもソットの赤いハンカチが振られ、大興奮の渦が広がりました。夜の部は開始時間が午後10時、終了したのは午前1時過ぎでした。この夜は明け方まで祭りの余韻が街を包みこんでいました。

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アッシジの祭り カレンディマッジョ4

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 祭り2日目も後半に入り、いよいよソプラ地区とソット地区の対抗戦が始まります。競技の内容もさることながら、応援の熱さに思わず引きずり込まれました。この熱烈な応援ぶりをご覧ください。

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 対抗戦第一弾はそり引き競走。赤いソット地区が優勢!

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 女性たちは拍手で声援を送る。

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 見事ソット地区がわずかの差でゴールイン。選手たちを地区の住民が駆け寄って取り囲みました。

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 会場左手に陣取ったソット地区の女性たちが喜びを爆発させます。

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 選手の一人に恋人が駆け寄って熱い抱擁!

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 次の競技は綱引き。左端にある柱に綱を引っ掛け、同じ方向から引き合うという変わった方法の競技です。

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 目の前の競技者に必死の声援。

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 今度はソプラ地区が勝利しました。そり引きの雪辱を果たして大喜びのソプラの住民たち。

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 「どうだ!見たか!」と腕を突き出してソット側にアピールするソプラ。

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 最後は弓の競技。これは会場左側の場所で私たちの席からはよく見えませんでしたが、ソット地区が勝利しました。

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 壇上ではソット地区5人(真ん中の長老を挟んで左側)と、ソプラ地区5人(同右側)の計10人の、春の女王候補が競技を真剣に見守ります。というのは、春の女王は弓の競技優勝者が指名することになっているのだそうです。

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 弓で勝利したソットの選手は、当然のごとくソット地区の女性・ヴァレンティナ嬢を女王として指名しました。

 個人的にはソプラ地区のほうに素敵なお嬢さんがいたんだけどねえ。これで、2日目の祭りは終了です。

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アッシジの祭り カレンディマッジョ3

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 祭りは3日間行われます。その2日目。この日はソプラ地区とソット地区の対抗競技も行われ、熱気もどんどんヒートアップしていきます。それに、女性たちの衣装のカラフルなこと・・・・・

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 オープニングの行進では、担架に載せられた眠れる美女が入ってきました。どうしたんだろうか?

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 その疑問は残したまま、次々と中世の衣装の行進が続きます。

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 この女性の衣装の長さをご覧ください!

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 こんな清楚な女性も。

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 と、何やら赤い服の男たちを乗せた車がやってきた。

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 よく見ると、書物を見ながら薬の調合をしているような。そして男たちが先ほどの眠れる美女に薬を飲ませたら・・・

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 美女はやっと眠りから覚め、観衆に喜びのエールを送ります。

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 住民たちが一斉に踊り出しました。喜びの歓喜のダンスです。

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 太鼓のリズムが高らかに会場に響き渡りました。

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 会場上手からは、娘たちの入場です。

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 踊りの輪が会場中心に広がって行きます。

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