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2010年7月

モナコ上  グレースケリーの嫁いだ国

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 先日は世界でも5番目に小さい国、サンマリノを掲載したので、この機会にヨーロッパのさらに小さい国を紹介することにしよう。今回は世界で2番目に小さい国・モナコ編。

 モナコはフランスの南東部、ニースとマントンという町にはさまれた地中海に面する小国だ。面積はわずか1・95k㎡で、これは皇居の2倍程度の大きさ。人口も約3万2千人という規模だが、世界屈指の高級リゾート地で、カジノやF1レースなど観光面では有名な場所となっている。

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 2年前に訪問した時には、最初イタリアの国境の町ヴェンティミリアから電車でニースに入ったが、モナコの唯一の電車駅・モンテカルロは地下駅になっており、ほとんどモナコの風景を見ることなく通過してしまった。翌日はニースからバスでマントンに行き、帰りにモナコに途中下車する形で入国した。従って3回目の入国ということになるのだが、いずれの時も全くパスポートチェックはなし。別の国に入ったという実感は湧かなかった(サンマリノの時も同様にチェックはなかった)。

 モンテカルロ地区で下車し、眺めの良い場所を探して坂道を上った後で、やっと全景が見える場所に着いた。コンダミース地区の港にはヨットなど沢山の船が係留されており、海岸沿いのビル群とのコントラストがモナコらしい景観を形成している。

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 この国の最大の見どころは旧市街のあるモナコ・ヴィル地区。坂道を上がって同地区に入ると、最初に目に飛び込むのが大公宮殿だ。ただ、ここは冬場は公開されておらず、外観だけの見学。

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 石畳の狭い道が入り組んだ旧市街では、そのあちこちにレーニエ大公妃・グレースケリーの写真が掲示されていた。これは大公と一緒の若かりし頃のツーショット。

 彼女はハリウッドの一流女優だった1955年にカンヌ映画祭のためにフランスにきて、帰り道にモナコに寄り、運命的な出会いを果たした。そして翌年に世紀の結婚が実現し、華麗なる転身となった。

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 こちらは末娘のステファニー王女と街中を散歩している様子だ。こんな親しみ深い日常の積み重ねが、今でも国民に愛されている理由なのだろう。

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 西側に移動すると、モナコ大聖堂が現れる。地中海を見下ろす高台に位置し、優美な姿が遠くからでも望める。

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 中に入ると、高い天井のすがすがしい空気感に包まれる。

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 ここは祭壇部分。全体的にすっきりした感じだ。

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 この教会は歴代君主たちの墓所になっている。グレースケリーの墓を探したら、中央祭壇の裏側、レーニエ大公墓の左隣にユリの花と共に祀られていた。

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 墓には、結婚後の彼女の本名 GRATIA PATRICIA と記されている。ここだけはいつも花が絶えることがないという。

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 その同じ大聖堂で、二人の結婚式セレモニーも行われた。1956年4月19日のセレモニーを写した写真が、大聖堂前広場に掲示してあった。

 グレースケリーは1982年9月13日に自動車事故を起こし、脳内出血で翌日に53歳の若さでこの世を去った。

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サンマルコ広場のライオンを全部探そう 下

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 前回に引き続いてライオン探しを進めよう。鐘楼の前に来たら、エレベーター入口の門扉をチェックしよう。門扉の両側に聖書を開いた有翼のライオンがちょこんと座っている。これが左扉(12)。

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 そしてこちらが右扉(13)。なかなかに美しい。

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 鐘楼を過ぎて聖堂前に戻ると、旗を掲揚する柱がライオンの集団生息地帯であることに気付いた。柱は3本あるが(EU、イタリア国旗、昔のヴェネツィア共和国旗用)、その基底部分にそれぞれ3頭ずつのライオンがいる(14-22)。

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 さらにその掲揚柱の先端にも金色のライオンが(23-25)。最初の“捜索”では、これで全部だと思っていた。ところが意外なところにもライオンは潜んでいた。

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 レオーニ小広場からサンマルコ聖堂の壁面を見ていたら、そこに描かれている絵に羽根の生えたライオンらしきものがいるではないか。聖マルコは有翼のライオンで表わされるわけだから、これもそうに違いない。というわけで、2頭追加(26,27)。

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 これならまだいるかも、と奥のほうを見渡すと、何と片隅に鉄柵で覆われた石棺のまわりと、その周囲にに棺を守るかのように寄り添う4頭の堂々としたライオンが・・・(28-31)。これは1848年に、オーストリアへの反乱を企てて敗北したダニエル・マニンの墓だ。

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 さらに、カフェ・クワドリのあるポルティコを進んで行くと、「TREVISAN」という店があるが、その店の角の奥に1頭見つけることが出来た(32)。この1頭だけは離れた上に奥まった場所なので、見落としてしまいがちだ。

 「どうだ、これで完璧だろう」。この日ホテルに戻って、宿の主人に自慢していい気持になっていた。そして翌日、風の強く吹く日曜日にサンマルコ広場に行って、思わず「あっ」と声をあげてしまった。

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 聖堂の前で翻る3本の旗のうちの一つに、金色のライオンがくっきりと描かれているではないか(33)!そう、日曜、祝日にはこのヴェネツィア共和国時代の国旗が掲揚されることを、ついうっかり忘れていた。つまり、サンマルコ広場のライオンは、通常は32頭、そして日祝日は33頭というのが正解ではないだろうか。

 ただ、まだどこかに隠れているのかもしれないし、絶対の自信はありません。もし34頭目をみつけたらお教え下さい。

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 ただし、各種式典の際に持ち込まれる旗などはカウントしません。(今年4月25日のイタリア解放記念日式典時に掲げられた旗にもライオンがいました)。

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サンマルコ広場のライオンを全部探そう 上

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 ヴェネツィアを歩いていると、至る所でライオンの像を見かける。それは、ライオンがヴェネツィアの守護聖人である聖マルコの象徴とされるためだ。中でもサンマルコ広場周辺は、聖堂があるうえに街の表玄関、政治の中心地だったということで、特に目につく気がする。そこで、この広場には一体何頭のライオンがいるのかをチェックしてみた。頭だけのライオンなら無数にいるので、カウントの基準は体全体が描かれていることとした。

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 まずは、メルチェリエ通りから広場に入るとすぐ左手に、2頭のライオン像が目に入る(1,2)。赤褐色の大理石で、いつも子供たちがまたがって記念写真を撮っているのですぐわかるライオンだ。ここはレオーニ小広場といってライオンの名称が広場の名前につけられている。せっかくだから子供たちのすきを見計らってこのライオンにまたがり、右上方を見上げてみよう。

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 時計塔が建っている。長い間修復中だったが3年前に終了し、美しい姿が見られるようになった。この最上部に、はす向かいの聖堂をにらむライオンが1頭(3)。

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 それだけではなく、時計そのものにもライオンがいる。ここにいるのはサンマルコのライオンではなく、ホロスコープの12の星座のうちの1つ、獅子座のライオン(4)。この写真では7時位の位置にさかさまになっている。ここの時計はちゃんと動いていることが、これでもよくわかる。

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 確認したら、今度はサンマルコ聖堂正面に行こう。上方、4頭の馬のその上に金色のライオンが本を広げて下を見下ろしている(5)。

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 さらに海側に歩いて行くと、華やかなドゥカーレ宮殿が目に入るが、その入り口・布告門に堂々とした1頭が聖堂正面とは逆を向いて見下ろしている(6)。

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 布告門の奥の階段を上った所、ネプチューン像の上にもう1頭だ(7)。

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 サンマルコ小広場に戻って、海側に50歩ほど歩き、左の宮殿を見上げれば、もうちょっと大きめのライオンがいる(8)。ここのライオンの翼は見事に流線形をしている。

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 そして、広場の中でも最も有名なライオンが海に向かってそびえている。サンジョルジョ・マッジョーレ島方向にある2本の円柱のうちの1本がそれだ(9)。ちょうど7月17日が今年のレデントーレの祭りで花火が上がったはずなので、数年前のそんな写真を使ってみた。ちなみに右側円柱の人物は聖テオドーロ。聖マルコがアレクサンドリアから運ばれてくるまでは、こちらがヴェネツィアの守護聖人だった。テオドーロが広場側を向いているのに、サンマルコのライオンは横向きだ。これはアドリア海を正視する角度に向いているせいだ。ヴェネツィアがアドリア海の女王であるという象徴でもある。

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 今度は、海を背にして広場側を見てみよう。高さ98・5mの鐘楼がそびえている。塔の先端近くに横向きのライオン像がいる(10)。同じものが反対側にも(11)。これで11頭を見つけたが、果たして何頭のライオンが“生息”しているのか?まだまだ調査は続く。

 ふと気づいたら、日曜日にアクセスが4万回を突破していました。このところ順調にアクセス数が伸びています。皆様本当にありがとうございます。

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ウルビーノ街歩き2

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 ウルビーノの最終回。最も印象的だった旧市街地の夕焼けが、今でもはっきりと思い出せる。

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 中世のフレスコ画が残っているというサン・ジョヴァンニ祈祷堂に向かった。バスターミナルに降りてゆくマッツィーニ通りから右側の小路に入り、ちょっと歩くと突きあたりに祈祷堂がある。中学生の団体が入場するところだったので、少し入口で待機。そのすぐ横にあるマッツィーニ通りに降りる階段から、ドゥカーレ宮殿の塔が臨めた。

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 中に入ると、四方の壁全面がフレスコ画で埋めつくされていた。サンベリーニ兄弟が描いたという「聖ジョヴァンニの生涯」だ。

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 とにかく中学生たちがにぎやかに写真を撮りまくっていたので、なかなか落ち着いて見ることが出来なかったけど、色の鮮やかさにはびっくり。

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 この聖人たちの表情やピンクの色彩も興味深い。

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 聖人の団体行進なんて、ちょっとユーモラス。

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 祈祷堂から、一旦ホテルに戻って荷物を受け取り、バスターミナルに向かう。途中からでも、家並みの途切れた地点だとドゥカーレ宮殿の姿をあちこちで垣間見ることが出来る。

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 ターミナル近くの店に飾ってあったサングラスに、町並みが映っていた。

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 そしてここがバスターミナルのあるメルカターレ広場の入り口。この坂もかなりの急坂だった。

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 前回掲載し忘れた夕方から夜にかけての風景を少しだけ。午後8時ころのブルノ・ブオッジ通り付近からみた夕焼け。

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 ドゥカーレ宮殿の真下から見上げた夜景。手持ちだったのでブレてるのはご容赦を。

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 帰りがけ、レップブリカ広場ではバルセロナとインテルとのサッカー試合を街頭中継していた。ワールドカップ直前だったせいもあり、広場中が歓声に包まれていた。

 これでウルビーノともお別れ。小さい街だったが、歴史を背負ったゆったりした時間が流れているのを感じることが出来た。

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ウルビーノ 街歩き1

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 翌朝、この旅での恒例となった早朝散歩に出かけた。前日は賑わっていたラファエロ通りもさすがに早朝は無人状態。

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 アルボルノツ要塞先の小公園に着いたころ、朝日が昇り始めた。右にドゥオモのクーポラ、左端に見えるのがサンフランチェスコ教会の鐘楼だ。

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 今日もよい天気になりそうだ。

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 一旦ホテルに引き返して、改めてレップブリカ広場から左のヴェネト通りの坂を上ってドゥオモに到着。

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 ここは19世紀初めに建て替えられた新しい教会だ。清潔感のある白が印象的な空間だった。

ウルビーノのホテルは朝食が付いていなかったので、ラファエロの生家前にあったパン屋でブリオッシュと飲み物を買って、レップブリカ広場で朝食。ちょうど日本の友人からメールが届いたので、広場を通る市民たちの姿を眺めながら返事を書いた。そしてすぐ近くのドゥカーレ宮殿内にあるマルケ国立美術館へ。

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 ここの目玉はラファエロの「貴婦人の肖像」だが、個人的には表情の変化に富んだこのルーカ・ロッビアのテラコッタ「聖母と聖人たち」のほうが気に入ってしまった。

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 また、ジョヴァンニ・サンティの「受胎告知」もクリアな絵で美しかった。午前中だったせいかほとんど客はおらず、貸し切り状態。館の職員のおしゃべりだけが高い天井に反響してうるさいくらいだった。

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 ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの笞刑」も目玉の一つ。写真は撮れなかったが、地下室に入ったら石の壁にその絵が映写されていた。

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 この絵もたしかフランチェスカだったはず。

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 さらに、前回紹介したウフツィ美術館所蔵のフランチェスカ作ウルビーノ公の肖像も。

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 ただ、ウルビーノといえば一番初めに思い出される「ウルビーノのヴィーナス」(ウフィツィ美術館)は残念ながらここでは見ることが出来ません。

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 宮殿地下室はいくつもあり、こんな感じでライトアップされていた。ちょっと良い感じの空間。

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ウルビーノ ラファエロが生まれた町

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 今回から3回はマルケ州の州都ウルビーノの紹介です。

アドリア海から約30キロの内陸部にある丘上都市。13世紀前半にモンテフェルトロ家の領地となり、1444年に当主となったフェデリーコによって華麗な文化都市に生まれ変わった。

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 フェデリーコはヴェネツィアやフェレンツェの傭兵隊長として武勇を発揮、蓄積した富で都市づくりを実践した。また、著名な文化人たちを招いて文化振興にも寄与した。その彼の肖像画は、ウフィッツィ美術館にある、あのカギ鼻の横顔で有名な男性だ。

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 町には、海沿いのペーザロからアドリアバスに乗り、約1時間の道のりで広々としたメルカターレ広場に到着する。バス代はたったの2・75ユーロ。本当にイタリアのバスは安い。この広場から旧市街地の中心レップブリカ広場へはガリバルディ通りを登ることになるが、かなりの急坂だ。広場奥にあるインフォメーション隣にエレベーターがあるので、これが便利。ちょうどドゥカーレ宮殿の裏側に一気に登れる。ここからアーケードの道を少し歩くとすぐにレップブリカ広場だ。

 立ち話中のおじさんにホテルの住所を尋ねると、バッティスト通りのすぐ先だという。ホッとして歩き始めたら、ここもすごい急坂。車輪付きのスーツケースがまるで転がり落ちるよう。必死で抑えながらやっとホテルに到着した。これがその通り。写真だとよくわからないかもしれないが、中央の車の傾き具合で推察できるかも。

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 荷物を置いたら早速市内散歩。この町出身の第一の有名人は何と言ってもラファエロ。その名を冠したラファエロ通りも急こう配だ。坂の中腹に旗が掲揚された家があり、それがラファエロの生家だった。

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 入口にはラファエロが若いころに描いた聖母子像のレプリカが飾ってあった。

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 坂を登り切ったところにあるローマ広場。ここにはラファエロの像が立っている。

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 旧市街を一望できる絶好のビューポイントは、ローマ広場から左に曲がった所にあるアルボルノツ要塞だ。小さな入口を入って階段を上ると、目の前にドゥカーレ宮殿やドゥオモなどの壮大なルネサンス建築群が立ち現れる。

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 少し高台にから俯瞰すると、背後の山々も視界に入り、雄大な景色が眺められる。

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 天気も上々。とってもスカッとした気分になれる。

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 要塞といってもかなり広いスペースがあり、後ろでは若者たちがバレーボールを楽しんでいた。

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 しばらくたたずんでいると、夕陽が傾いてきて建物がオレンジ色に染まってきた。

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 建物群と反対側には山並みが連なる。

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 要塞は午後7時で閉まってしまうので一旦町に戻った。レップブリカ広場はまるでお祭りのように人で埋まっていた。

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絶景の国サンマリノ3

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 サンマリノ最終回は、街でみつけたアラカルト。まずはロッカ・グアイタ(第一の塔)の上からの眺め。360度の展望が楽しめる。

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 その展望台の内部。確かに上に登れば見晴らしはいいが、要塞だけに4つもの木の階段を登らなければ最上階にはたどり着けない。特に2番目の階段は先の数段が鉄の棒になっていてかなり危険。最上階でもそれほど展望に差はないので、あまり無理はしなくともよいかも。

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 グアイタから第2の塔チェスタに行く途中の石畳は魔女の小径と呼ばれる。断崖に沿って続く狭い道だ。塔の入場料は第1第2の共通券で4・5ユーロ。単独だと3ユーロだった。午後5時には閉まってしまうので早めに入場しないといけない。本当は塔の上から夕陽を見たかったのだが、この時期の日没が8時過ぎなので、全く不可能だった。

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 魔女の小径の途中でルートを外れたら、小径を小学生の遠足の集団が通り過ぎた。

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 道端にタンポポ?が咲き乱れていた。

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 駐車場を通ったら日本ではもうほとんど見ることのない三輪車が。しかも「スバル」と、日本のメーカー名が大書してあった。

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 その向かい側には何と「BMW」の三輪車まであった。BMWが三輪車を造っていたなんてねえ。ここは道が狭いうえ坂道が多いので、こうした小型車が便利なのだろうけど。

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この国は変わった郵便切手を発行することで有名だが、ポストは真っ白。そこに描かれているのが国の紋章だ。ハートの中にある3つの塔がまさに国の象徴。

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その象徴は国立美術館のポスターにも使われていた。

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こちらは大聖堂。白い円柱が美しい。

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 あちこちの土産物店で、なぜかおもちゃの日本刀が売られていた。チェスタの塔内部には武器博物館があり、その関係で武器類が売られているのかもしれないが、それにしてもねえ。

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 政庁近くの広場にあった英雄の像。どういう曰くがあるのかは不明です。

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 サンマリノに入るのにはバス以外ではロープウエイで登るルートがある。その発着所付近から見た景色。遠くにはアドリア海が見渡せる。手前のラインがロープウエイのロープ。

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 政庁広場でポーズをとってくれたお嬢さん。イタリアから観光に来たそうだ。

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絶景の国サンマリノ2

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 すっきりと晴れた日、この国の絶景ポイント、ロッカ・グアイタ、ロッカ・チェスタを見に行った。グアイタの塔をチェスタの塔の方角から俯瞰すると、絶壁の感じがよくわかる。

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 そのグアイタの塔のかなたに沈んで行く夕陽の情景を見ようと、チェスタの塔のすぐ下でスタンバイ。ほんのりと空が色づいてきた。

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 午後7時を過ぎてもまだ結構明るい。ダイナミックな断崖だ。

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 すぐ後ろのチェスタの塔はまだしっかり夕陽を浴びていた。この場所がサンマリノの最高地点で、海抜750m。

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 塔の背後に、空を赤く染めて夕陽が沈んで行く。

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 グアイタの塔のライトアップが始まった。

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 下界の町はすっかりもう夜。

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 ライトアップされたグアイタの塔が輝きを増してきた。

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 下の町の灯も美しい。まさにパノラマ夜景。世界三大夜景といわれるナポリや香港の夜景も見たことがあるが、それに勝るとも劣らぬくらいの素晴らしい光景を見ることが出来た。

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 一方、グアイタの塔側からチェスタの塔を眺めると、これもなかなかの絶景だ。

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 夜になってチェスタの城壁もライトアップされる。

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 こちらの方角はあまり人家が多くないため、塔のライティングがとても目立つ。

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 青い夜空に溶け込むかのように浮かぶチェスタの塔が、孤高の輝きを増してくる。

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 なお、第二の塔チェスタの先に、もうひとつ第三の塔モンターレがある。ここは封鎖されているため、現場までは行かなかった。

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