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2010年8月

フィレンツェ夜歩き 3 ミケランジェロ広場から

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 フィレンツェ散歩の中でも、町全体を見下ろすのに一番有名なスポットが、このミケランジェロ広場です。ここからの眺めはこれまでにもいろいろなCMなどでも使われていますよね。行き方は簡単。サンタ・マリア・ノヴェッラ鉄道駅前のバス停から、12番のバスに乗って約15分。同広場のバス停に降りればOKです。片道1.2ユーロでした。駅構内のタバッキなどで切符が買えます。13番のバスでも行けますが、逆回りなので倍近く時間がかかってしまいます。従って駅からの往復なら行きは12番、帰りは13番バスを使うと便利ですよ。夜遅くまで運行してます。広場からのドゥオモの見晴らしはざっとこんな具合。

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 前回紹介したヴェッキオ宮の塔が見下ろせます。

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 アルノ川は金色に染まり、ヴェッキオ橋などの橋がシルエットになりました。

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 夕陽は街よりずっと西側に沈もうとしています。

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 町並みやアルノ川沿いの道路に照明が灯り、街全体が暖かい雰囲気になります。

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 夕陽はほぼ沈んで、夜の時間の始まりです。

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 これは別の年に撮った写真ですが、陽の加減で川に映える色が微妙に違いますね。

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 この広場にもダビデ像があります。これもコピーでちょっと情けない顔をしていますが、シルエットにしてしまえば優雅な形だけが残ります。下の像もメディチ家礼拝堂にあるミケランジェロの作品のコピーです。

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 かなり暗くなってきましたね。

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 ドゥオモとヴェッキオ宮が黄昏に浮かび上がります。柔らかい照明なのですうっと街に溶け込む感じに見えます。

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 もう完全に夜。広場にも観光客がいなくなり、ゆったりと夜景を鑑賞できました。

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フィレンツェ夜歩き2 シニョーリア広場周辺

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 ヴェッキオ橋からアルノ川沿いに東に歩くとすぐに、ウフィッツィ美術館の建物に到着します。16世紀、メディチ家のコジモ1世が役所(ufficio)用の建物として造らせたものですが、今ではルネサンス美術では世界最高の美術館として有名ですね。この右側の通路には入場を待つ長い列が出来ますが、夜は静か。間からヴェッキオ宮の塔(94m)が見えます。

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 ヴェッキオ宮は16世紀までフィレンツェ共和国の政庁だった所。今でも市役所がここに入っています。

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 夜空の濃い青と壁のレンガ色とがお互いの色を引き立てあっていますね。

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 広場は彫刻の野外美術館と形容されるほどいろいろな彫刻が並んでいます。中でも、ヴェッキオ宮正面のミケランジェロのダビデ像(現在はコピー、本物はアカデミア美術館に)とチェッリーニの「ペルセウス」(手前)が人気上位なのは間違いない。ペルセウス像のシルエットが庁舎の壁を背景に浮き上がる角度が好きで、夜にはいつもここにきてしまいます。

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 ロッジアにある彫刻でペルセウスの次に印象的なのが、このジャンボローニャ作「サビーニの女たちの略奪」。人間が幾重にも絡み合った姿は見事。

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 ダビデ像は、やはりコピーは表情が本物とは全く違いますね。後ろにはかすかにドゥオモの先端が浮き上がって見えます。

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 広場からドゥオモに向かって延びるカルツァイヴォーリ通り。昼はすごい人で埋まるこの通りも、夜遅くなるとさすがに閑散としてきます。

 サヴォナローラがここで処刑されたという標識が埋まっているこの広場。静かな中でそんなことを思うと、暗闇の中から過去の様々な事件が立ちあがってくるかのような幻想にとらわれそうになります。

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 そんな幻想の気持ちが捉えたのか、ルネサンスの絶世の美女シモネッタの顔が広場に浮かび上がりました!!

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フィレンツェ 夜歩き1

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 今回から少しフィレンツェの風景を掲載しようと思います。実はフィレンツェには何回も行っているんですが、あまりにも奥が深すぎてちょっと手をつけるのをためらっていました。でも、「イタリアの誘惑というタイトルなのにフィレンツェがどうして出てこないのか?」と、何度か尋ねられたこともありました。まずは深入りしない程度に始めましょう。

 そんなわけで、今シリーズはフィレンツェの街歩き。それも夕方から夜にかけての時間帯限定です。ドゥオモとジョットの鐘楼がコンパクトに一枚の写真に収まるのはこの角度。ペーコリ通りという道路から見ると道幅にぴったりはまって見えます。

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 ドゥオモは正式名称がサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。花の聖母大聖堂です。白、緑、ピンクの三色の大理石を使っていますが、夜にかけてはピンクが浮き出して強調される気がします。

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 正面横のクーポラに昇る階段の入り口がある方からドゥオモを見上げてみました。とにかくでかい!

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 ドゥオモからカルツァイウォーリ通りをまっすぐに南に歩くと、ポンテ・ヴェッキオに到着する。日本語に直すと「古い橋」。何のひねりもない単純な名前だけど、現在の橋は1345年完成という歴史を持っています。日本はそのころは鎌倉から南北朝時代にかかったころなので、確かに古い。

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 橋から少し戻った共和国広場。高いアーチのある門がこの広場の印象を強くしているようだ。夜でもここは結構賑やかでした。

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 これは翌日のアルノ川の夕景。地平線近くに雲がかかって、日没の様子までは見られませんでしたが、とても情感のある風景でした。

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 ヴェッキオ橋の一つ下流にあるサンタ・トリニータ橋のたもとには、2体の女性像が飾られています。夕陽の中にたたずむ様子がちょっと神秘的に見えました。この角にはフェラガモの本店があり、そこから続くトルナヴオーニ通りはプラダ・プッチ・アルマーニなどのブランド店が連なるショッピング街。私は一度もこの通りで買い物をしたことはありませんが・・・

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バチカン 5 博物館で変わった発見も

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 博物館の見学も終わりに近づいたころ、こんな作品に出会った。羊を引き連れて道を行く男性はキリストだろうか。ちょうど外の風景が借景となって、この人と羊たちが森を歩いているかのように見える。

 心和む安らかな風景に、しばし見とれた。

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 こちらも意外性たっぷりの現代作品。聖母子像なのだろうが、こんな今風の作品がバチカンに飾られているなんて、今回初めて気づいた。

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 一方で紀元前のものも沢山収蔵されている。こちらはヘレニズム時代の傑作「ラオコーン」。1506年、コロッセオ近くで発見された。古代ローマの学者が書き残した「博物記」の中に、ギリシャ・ロードス島の3人の彫刻家が制作したと記されている。トロイア戦争でトロイアに味方したアポロの神官ラオコーンが、戦いの女神ミネルヴァの不興を買い、2匹の蛇に絞殺される伝説を表わしているそうだ。この躍動する筋肉や表現が後世の作家たちに大きな影響を与えた作品だ。

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 そして、ベルヴェデーレのトルソ。顔も手足もない胴体だけの姿だが、圧倒的な存在感は、間近で見て改めて心底実感した。ギリシャ彫刻のコピーとのことだが、ミケランジェロに生涯にわたって大きな霊感を与え続けたといわれ、ゲーテも絶賛している。

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 地図のギャラリーの天井は、きらびやかな絵や装飾で埋め尽くされている。廊下の天井としては世界でも最も豪華なものの一つだろうと思う。

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 帰りに見上げた螺旋階段。こんなに高い。下から見ると、一瞬華やかなオペラ劇場の観客席のようにも見える。

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 夕方、沈みゆく夕陽の中で見たサン・ピエトロ大聖堂の屋根では、クーポラを挟んで聖人たちが何やら語り合っているように思えた。

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バチカン 4 バチカン博物館の名作

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 前回は博物館の中のラファエロを見たので、今回はそれ以外の名作を見てみよう。といっても当然全体を紹介する能力もスペースもないので、個人的好みで見て行くことにしよう。トップは螺旋階段。美術作品ではないけれども、なんか美しいんですよね。

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 絵画館に入って間もなくの所にある、メロッツォ・ダ・フォルリのフレスコ画「奏楽の天使」シリーズの一枚「リュートを奏でる天使」。

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 これもそのシリーズの一枚。どれも天使の表情がノーブルな感じで人気がある作品だ。

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 ここの博物館では唯一(多分)のレオナルド・ダ・ヴィンチ作品「聖ヒエロニムス」。この作品は一時所在が不明になり、半分は靴屋の椅子の敷物に、もう半分は骨董屋の箱の蓋にされていたのがみつかったという、奇跡的な経過をたどってに復元されたものだ。未完成だが(ダ・ヴィンチには未完の作品が多い)モナリザの背景にもにた背景画の雰囲気や、確かなデッサン力など、貴重なものだ。

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 ジョヴァンニ・ベリーニの「キリスト降架」。ヴェネツィアではサン・ザッカリア教会の壁画を始めとしてあちこちでお目にかかるなじみの画家だが、ローマではベルニーニばかりが目立って、ベリーニさんは少なめ。得意の聖母像と違って、こちらは劇的な表現が強く出ているようだ。

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 「劇的表現ならおまかせ」といった、カラバッチョの「キリスト降架」。彼こそローマを代表するといってもいいほど、作品も多く残され、ファンも多い。

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 予備知識なしで「すごい」と思ったのが、この絵。作者の名前はクリストファノ・マッローリとあり、絵の内容から、サロメかユディトかのどちらかだと見当をつけていたが、後で調べてみたらほぼ同様の絵「ユディト」がフィレンツェのピッティ美術館にあるようだ。従って手に提げている首は敵の大将ホロフェルネスということになる。こんな修羅場なのに冷徹な表情を崩さないユディトを見ると、女性ってやっぱり怖い、と思ってしまう。

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バチカン 3 バチカン博物館のラファエロ

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 バチカン博物館は絵画館、エジプト博物館、クレメンティーノ美術館など20もの分野に分かれている。とても紹介しきれないし、すべてに入ったわけでもないので、今回は絵画館とラファエロの間の一部を紹介しよう。

 まずは上の絵「アテナイの学堂」のある場所から。ここはラファエロの間と呼ばれ、4つの部屋から構成されている。もともとは法王の広大な宮殿だった博物館に、当時のユリウス2世がラファエロに命じて壁画を描かせた部屋。25歳でこの仕事を始めたが、完成する4年前に37歳で亡くなり、あとは彼の弟子たちによって補われた。ただ、最初に着手した署名の間は全面的にラファエロが描いたものとされ、その代表作が「アテナイの学堂」だ。

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 この絵には50人を超えるギリシャの賢人たちが描かれている。また、ラファエロの時代の人たちを想定して描いた人物もあり、とても興味深い内容になっている。この絵の中央左はプラトンで、天を指さし、知識の源・思想が天に由来すると示唆し、右の人物はアリストテレス。確実な実在の証として、手を大地に向けて広げている。そして、プラトンは当時の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの姿を使って描いている。

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 その二人の下方に座り込んでいるのは、ヘラクレイトス。これはミケランジェロの姿を模している。当時、ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂で旧約聖書の物語を天井に描いていた。ラファエロの部屋からわずか数十メートル。ミケランジェロは制作現場に部外者の立ち入りを禁止していたが、彼がフィレンツェに一時帰郷しているときにラファエロは礼拝堂を見て感動したといわれる。そして尊敬の証として、最初下絵には描かれていなかったヘラクレイトスをミケランジェロに模して書き加えたという。目と鼻の先に偉大な芸術家の制作現場があれば、誰だって見たくなりますよね。

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 右下方向でコンパスを持っているのは幾何学の創始者ユークリッド。

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 左下、本を開いているのが、定理で有名なピタゴラス。また右上の横向きはげ頭がソクラテスという。(中央の白い服の女性を覚えておいてください)

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 右端から2番目にこちらをじっと見つめる男性はラファエロ本人だ。

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 このようにギリシャの多彩な賢人を華やかに配して、一方でルネサンス期の3大巨匠を一堂に会した何とも欲の深い絵だ。

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 アテナイの学堂の向かい側にある絵画は「聖体の論議」。上方中央にキリスト、その左に聖母マリア、右に聖ヨハネが配された壮大な絵だ。

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 その絵の左下側に立つ青い衣をまとった女性は、どこかで見たことがある。よくよくアテナイの学堂を見返してみたら、あの白い服の女性と瓜二つではないか。

 帰国後に調べてみたら、「学堂」のほうの女性はフランチェスコ・マリア1世という説と同時に、ラファエロの愛人だったマルガリータという説があることを知った。マルガリータはローマ・トラステヴェレのパン屋の娘で、ラファエロの作品「ラ・フォルナリーナ」や「ヴェールの女性の肖像」のモデルとしても知られている。確かに、どちらかというと「ヴェールの女性」にはかなり似ている。マルガリータ説が正しいなら、ラファエロは自らの愛人の姿を法王の宮殿の絵に、またキリストや偉大な哲学者たちの絵の中に忍び込ませたということになる。ラファエロさん、やってくれますねえ!

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 絵画館にもラファエロの作品は飾られている。これは「キリストの変容」代表作の一つだ。

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 この絵も、見ているうちにピンクの服の女性がマルガリータに見えてきた。

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 「フォリーニョの聖母」

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 「聖母の戴冠」。この3枚は絵画館の初めのほうにまとめて並べてあった。ただ、このスペースはかなり照明が落としてあり、ちゃんと見ることが難しい感じだった。

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バチカン 2 サンピエトロ大聖堂

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 サンピエトロの入り口を入ってすぐの右手、「ピエタ」は静寂に包まれてそこにあった。

 深い悲しみに沈むマリアの姿があまりにも神々しく、ただ、黙して見つめることしか出来なかった。

 その、哀しいまでの美しさは、マリアにとっての極限の絶望に加えて、幼くして母を亡くしたミケランジェロの、若いままで凍りついてしまった母への思慕の念とが入り混じって、孤高の情念を形造っているからなのだろうか。

 とても辛い。しかし、ここでピエタと対面することによってのみ、これほどの芸術の高みに触れることの出来るという幸せの感慨もまた、同時に心を満たしていた。

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 今回はサン・ピエトロ大聖堂の内部に入ってみよう。まずは、入口付近にいる衛兵さんのスナップから。彼らはスイス兵。服装はミケランジェロのデザインだということを聞いたことがある。

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 ミケランジェロの「ピエタ」は、彼が25歳のころの作品。ミケランジェロの作成したピエタは現在4作品が残されている。ここのほか、フィレンツェのドゥオモ付属美術館、アカデミア美術館、そしてミラノのスフォルツァ城内の市立博物館で見ることが出来る。ただ、彼のサインがあるのはサン・ピエトロのものだけだ。以前、その4つのピエタを見るための旅をしたことがあった。

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 聖堂中央にあるクーポラから光が差し込む光景は、クリスチャンでなくとも敬虔な気持ちにさせられる。

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 その真下にそびえるようにあるのが、ブロンズの天蓋。法王の祭壇を囲んでおり、ベルニーニの作だ。

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 見上げると、首が痛くなりそうなくらい。

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 クーポラはミケランジェロの設計になるもの。当時の天才は何でも出来てしまったようだ。この真下、地下にはサン・ピエトロの墓がある。

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 こちらはアレクサンドロ7世の墓。流麗な衣服の裾模様などは、まさにベルニーニの真骨頂。

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 これはイノセント12世の墓。聖堂中ほどの右手にある。フィリッポ・デッラ・ヴァッレ作。衣服の感じがベルニーニとは違うのがわかる。こうした彫像のモニュメントも内部にはあちこちに配置されている。

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 そしてこのお方が聖堂の名前にもなっているサン・ピエトロ(ペトロ)様。彼の足に手を触れて御祈りをする人が多く、足はピカピカの金色に輝いている。この写真ではおじさんが足に触っているので、ピカピカぶりは見えません。

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 内部にはミケランジェロのクーポラだけでなく、別のクーポラもある。こちらは天井画が描かれていた。

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 ちょっとアップしてみると、どうもこれは聖母被昇天を描いたもののようだ。写真撮影が禁止になっているのでここでは掲載しないが、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画など、いづれにしても、教会の中はちょっとした美術館ではとても太刀打ちできないほどの貴重なものがあふれている。

 次回はそんなバチカンの、さらに貴重な美術品が目白押しのバチカン博物館に行ってみよう。

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バチカン 1 世界で一番小さな国

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 バチカンは世界で一番小さな国だ。面積0.44k㎡。ディズニーランドが0.52k㎡なので、それよりさらに小さなスペースしかない国ということになる。人口は約800人、そのほとんどがサン・ピエトロ大聖堂に務める聖職者であることは、この国の性格をよく表わしている。つまり、10億6千万人といわれるカトリック信者の総本山、サン・ピエトロ大聖堂の国といってもよいのだろう。領土内は同大聖堂のほか、バチカン宮殿、バチカン博物館、サン・ピエトロ広場などで構成されている。ただし、飛び地として、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂などのローマ市内の教会も含まれている。

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 大聖堂の建つ場所は、西暦64年ごろ聖ペテロが異教の罪で処刑された所で、315年には大聖堂の前身、コンスタンチヌス帝の聖堂建設が始まっている。ただし、国として現在の状態になったのは意外に最近のこと。1929年2月に、当時のイタリアを支配していたムッソリーニと教皇との間で結ばれたラテラーノ条約によって独立国家になったものだ。

 ベルニーニによってデザインされたサン・ピエトロ広場(1667年完成)を半円形の回廊が取り囲む。中心を通ってサンタンジェロ方面につながる道路はムッソリーニ政府と法王庁との和解を意味する「conciliazione通り」と名付けられている。

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 4列、284本の円柱で構成される回廊の上部には、140人もの聖人像が飾られている。

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 正面左側の入り口からエレベーターを使ってクーポラに昇ることが出来る。ただし、エレベーターは途中まで。その後、300段以上もの階段を昇る必要がある。しかし、上から眺める風景は、前の写真のようになかなかの絶景だ。また、このように、聖人たちの後ろ姿が見られる面白さもあり、お勧め。

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 その聖人たちを下から見ると、こんなに小さくしか見えない。

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 広場中央に立つオベリスクはエジプトから運ばれた高さ25.5mの巨大な塔。

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 昇って行くと、クーポラ頂上の十字架がこんなに近くに見ることが出来る。

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 そのクーポラをサンタンジェロ橋の先から眺めた。夕焼けの時間帯で、ベルニーニの天使像とのコラボのシルエットがこの付近からは捉えられる。

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 日が沈んで、ライトアップが始まるころ。

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 サンタンジェロ橋のもう一つ先、ウンベルト1世橋の橋げたの下から大聖堂を眺めてみた。

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 すっかり夜になり、このときは5月の連休時期だったが、とても寒かった記憶がある。まずはバチカンの外側を見てみたが、次回は大聖堂の中に入ってみよう。

 

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モナコ 下  カジノ広場の夕景

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 モナコには数時間しかいなかったので、あまり多くの写真がありませんが、モンテカルロ地区の夕景を少しだけ。訪れたのが12月だったので、カジノ広場の中央には恒例のクリスマスイルミネーションが出来ていた。

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 その広場近くにあるツーリスト用のインフォメーションだが、こんな施設でもキラキラの装飾がしてあった。

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 インフォメーション前の街路樹もクリスマス仕様の化粧が。

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 少し歩いてゆくと小さめの教会があり、ライトアップが始まろうとしていた。

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その手前の空間にはキンキラのトナカイが列をなしている。

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 さて、カジノ広場にやってきた。正面の建物はここの象徴、グラン・カジノ。パリのオペラ・ガルニエを建築したシャルル・ガルニエの設計だ。

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 広場近くにあるオテル・エルミタージュ前庭にはハート型のイルミネーションが輝いていた。

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 グラン・カジノ横の建物はオテル・ド・パリ。ベルサイユ宮殿を模した豪華な内装がしてあり、1泊400ユーロを出せば泊まれるそうだが、金も時間もない当方は外から眺めるだけ。

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 広場を俯瞰すると、こんな風。左がカジノ、右がオテル・ド・パリ。

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 カジノの正面に近づいて行く。

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 正面玄関のエントランスの装飾はちょっと幻想的。雨も降っており相当に暗くなってきたが、まだ午後6時前で、リッチな客が入場するには早い時間だった。

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 カジノからオテル・ド・パリを望む。汚い格好で気おくれしたこともあり、結局カジノの中には入らずバスに乗ってニースに戻った。ほんの短いモナコ滞在だった。

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