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2010年9月

シエナ 6 未完のファザード

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 ドゥオモの正面から見て右側に、工事途中のままの壁のようなものがある。これは実は大変な歴史の遺物だ。1339年、現在のドゥオモの建設がほぼ終わろうとする時に、フィレンツェのドゥオモを凌駕する世界最大の規模の大聖堂に改築しようというプランが持ち上がった。長軸80m、短軸52mという当初計画の、長軸部分を短軸にして拡大しようというものだった。従って建物の正面を90度転回することになるわけで、当初計画から90度ずれた場所に新しいファザードの建設が始まった。しかし、ペストの流行、政権交代、財政難などの原因で計画は挫折、フィレンツェに勝つという夢も潰えて建設半ばの壁だけが残ったというわけだ。

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 しかし、この部分も現在立派に活用されている。ドゥオモ付属美術館の3階奥から、この未完のファザードに通じる階段が通じており、屋上から街の素晴らしいパノラマを見ることが出来るようになっている。美術館の入場料だけで、追加料金はいらない。ただ、屋上は狭いため、私が行った時は入場制限がかけられていて、30分ほど待たされた。でも、絶対昇ることをお勧めします。マンジャの塔とカンポ広場の全体をすっぽりと一枚の写真に収められるのはここだけ。360度のトスカーナの田園風景も堪能できます。

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 華麗なドゥオモの現ファザードも、こちらからは裏側が見える。

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 ドゥオモからの帰り、もう一度カンポ広場に立ち寄った。シエナ出身者たちはこのマンジャの塔を誇りに思っており、市民は自らのことを「マンジャの塔の下に生まれた」と表現するそうだ。

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 近くのリストランテで食事をして帰りには広場のライトアップが始まった。

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 空のアズーリが美しい。

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 この広場で行われるパリオはまだ見ていないが、いつかは見てみたいものだ。

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 ドゥオモの裏側に洗礼堂がある。見過ごしがちだがヴェッキエスタらのフレスコ画で天井画埋めつくされた空間だ。ピッコローミニ図書室に比べれば地味だが、趣がある場所だ。つい写真を撮り忘れてしまったが、中央にある洗礼盤(ヤコポ・デッラ・クエルチャ作)の周囲にはトスカーナ彫刻の傑作といわれる青銅製の浮き彫りパネル6枚がはめ込まれている。クエルチャの他ドナテッロやギベルティらが洗礼者ヨハネの生涯を描いている。

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 こんなきらびやかな障壁画も。

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上を向きっぱなしで首が痛くなってきた。

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 滞在最終日は雨。マンジャの塔も霞んでいた。

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 カンポ広場近くの通り。濡れた石畳に反射したライトの明かりが、古都の哀愁を蘇らせたように思えた。

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シエナ 5 オンリーワンの床面装飾

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 シエナのドゥオモで最も感激したのは、実はこの床面装飾だ。イタリア各地でかなりの数の教会に入ったが、これほどゴージャスな床面装飾にお目にかかったことはない。広い堂内だが、そのほぼ全面に52枚ものパネルがはめ込まれている。掻き絵と象嵌細工によって造られており、14世紀後半から16世紀にかけて約200年にわたって制作されたという。この絵は「ヘロデの追放」。

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 ヘロデはキリストの誕生時にユダヤ王だった人物。この絵の右端の女性像の伸びやかな姿はとても美しい。

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 そのヘロデ王が、やがて自分の王座をキリストに奪われることを恐れて、ベツレヘム周辺で生まれたての幼児の殺害を命じた。その悲惨な場面「幼児虐殺」。

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 ここには上のような聖書にまつわる場面の絵だけでなく、人物像も沢山描かれている。古代の異教の地にあってキリスト降誕、受難、復活などを予言したという巫女(シビュラ)たちだ。内陣に入ると、左右それぞれの側廊に5人ずつの巫女がいる。これは帽子をかぶった気品ある女性「エリュトライの巫女」。左手で支えている大きな本には「ヘブライ人の処女から、大地のゆりかごの中で(主が)生まれる」と、キリスト誕生を予言している。

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 アップした表情もなかなか凛々しいでしょう。

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 こちらは「クマエの巫女」。こちらも上部にある2人の天使が持つ銘板に「今や新しき血筋が、高き天より遣わされる」と記されている。

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 クマエさんは老女。でも味わい深い表情。

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 紛らわしいが、こちらは「クマエアの巫女」。右手で持つ銘板にはキリストの復活を意味する言葉が書かれている。

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 ヘルスポントスの巫女。キリストの受難と死を表わす銘板がある。伏し目がちに本を読む姿勢、衣服の装飾などのバランスが一際美しい作品。

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 「わたし一人が神であり、他に神はいない」と記された本を掲げる「プリギュアの巫女」。(これを含め数枚は頭でっかちに写っていますが、顔がよく見えるように頭の側から撮影したためです)

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 アルプネアの巫女。左肩の銘板には「キリストはベツレヘムに生まれる」とそのままの内容。流れるような衣服の形がビューティフルだ。

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 調べきれずに、この巫女の名前は不明。でも日本の観音様のような憂いを帯びた表情が素晴らしくてボツには出来ませんでした。古代の巫女たちは言って見れば異教の徒。それをカトリックの聖堂に描くなんて不思議だと思ったら、「そうでもない。バチカン・サンピエトロ大聖堂のシスティーナ礼拝堂に、ミケランジェロは同じような巫女を描いているよ」と友人が教えてくれた。

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 「ヘルメス・トリメギストゥス」。ギリシャ神話の知恵の神。これらの作品はピントゥリッキ、ベッカフーミなど40人もの芸術家が長きにわたって制作にかかわった。まさにシエナの「テゾロ(宝)」だ。ただ、通常は一部の作品は保護のために覆いがかけられており、全面公開は8月の時期だけだとのこと。

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シエナ 4 ドゥオモ・華麗な図書館

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 シエナのドゥオモ内部には思いもかけない別世界がある。堂内に入り、左側廊にあるドアを開けた時、一瞬「あっ」と声をあげそうになった。なぜなら、少し暗めの大聖堂から、急に光り輝く空間に移動してしまうからだ。ここはピッコローミニ図書室。

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 ピッコローミニ枢機卿(後のピウス3世)が、叔父のピウス2世の蔵書保管のために建設を命じた。完成は1495年だが、1502年から3年をかけてピントゥリッキオが「ピウス2世の生涯」を壁面いっぱいに描いた。

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 その鮮やかさはとても500年前の作品とは思えない。フィレンツェのメディチ・リカルディ宮で見た「ベツレヘムに向かう東方の三賢王」にも匹敵する絢爛豪華な物語空間だ。

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 順序が逆になってしまったが、こちらがドゥオモ内部の全景。内部も外観と同様に横縞模様の大理石が多用されている。黒く見えるのは、実はプラート産の濃い緑色の大理石なのだそうだ。長軸80m、短軸52mの広々した内部だが、この日も人で埋まっていた。

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 右翼廊付近で、祭壇に向かって一心に祈りを捧げる少女の像があった。こんな、あどけない少女の像なんて、他ではなかなかお目にかかれない。

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 ドゥオモ正面ファザードにはもう一つの見ものがある。入口の青銅扉に刻まれた浮き彫りだ。ファザードの大装飾に気を取られて見落としてしまいがちだが、とてもチャーミングな浮き彫りを見つけることが出来るはずだ。多分聖書にまつわるエピソードなどを描いているのだろうけれど、ここに関する資料がみつかりませんでした。

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 この光景は、ひょっとして聖母被昇天かも。

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 こちらは最初の写真に写っていないさらに下の部分。微妙に違うそれぞれの表情が面白いし、妙に思索的な雰囲気が漂う。

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 こちらは扉外側に配置された像の一つだが、この女性の右胸だけがみんなに触られてピカピカに光っていた。ヴェローナのジュリエッタ像もたしか右胸が光っていたが、同様にこの女性の右胸に触れると幸せになるといった言い伝えがあるのかもね。

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シエナ 3 さあドゥオモへ行こう

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 カンポ広場とともにシエナを代表する場所はドゥオモだろう。前回シエナに来たのは8年前だが、その時は時間がなくてドゥオモをちゃんと見ることが出来なかったので、今回はじっくりと時間を取った。

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 この日は変わりやすい天気だったが、遅めの午後には晴れ間が広がって絶好の観光日和。ファザードが太陽の光を反射して眩しいくらいだった。

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 ドゥオモの建つ場所は標高310m。3つの丘からなるシエナの街でも一番高い場所にある。街全体はレンガ色に覆われているが、この大聖堂だけは白く透明で、ある歴史学者は「巨大な白鳥」と形容した。

 右にある鐘楼の窓に注目を。階が上がるごとに窓の数が増えて行くという、実に不思議な造りになっている。

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 向かって左側のファザード。豪華絢爛の装飾が美を競う。

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 左側面。ライオンや馬のような動物が建物から飛び出して直線に変化をつけている。

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 こちらはファザード右側。ほぼ左右対称形になっているようだ。

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 右側面の像をアップしてみた。まるで観光に来た客たちを見渡しているかのような聖人たちの表情もなかなか面白い。

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 ほぼ真下からあおるように見るとこんな感じ。

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 遠くから見ただけでは分かりにくいが、こうして見るとこのファザードは何と立体的なのかと、感心してしまう。

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 この典型的なゴシック建築は12世紀半ばに工事が開始されたが、完成まで200年もかかっている。建築と装飾はニコラ・ピサーノを中心とした多くの芸術家がかかわっている。ファザード下部はニコラの息子ジョヴァンニ・ピサーノが設計した。

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シエナ2 教会巡り

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 シエナではミネルヴァというホテルに泊まった。朝、部屋の窓から外を見ると、整然と家並みが並ぶ街の風景が目に入った。その左手上方にあるのがサン・フランチェスコ教会。そう遠くないようだと、歩いて教会を目指した。ところが道は下り気味に続いているだけでなかなか教会のある高台に近づけない。そこで地元の人に聞いてみると「チェ スカラモビーレ」という答えが返ってきた。スカラモビーレってなんだったっけ?と考えたら、エスカレーターのことだった。確かに「スカラモビーレ」は「動く階段」。一気に数10m上昇して教会にたどり着くことが出来た。

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 内部は広い空間。入口付近で愛らしいマリア像が出迎えてくれた。

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 両側の壁面は沢山のステンドグラスで飾られていた。典型的なゴシック様式の建築だ。

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 次はサン・ドメニコ教会を目指そう。ドゥオモ付属美術館の屋上から見ると、北西の方向にはっきりと認めることが出来る。これもレンガ造りの壮大なゴシック教会。

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 内部には聖カテリーナの法悦などのフレスコ画があるが、単廊式でだだっ広い空間。個人的には一番びっくりしたのが、入口の門扉の浮き彫り。

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 特に説明がなかったので、誰の作品化は不明だが、とにかく圧倒的な迫力だ。

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 ドメニカ教会のすぐ手前には聖カテリーナの家があった。サンマルコがヴェネツィアの守護聖人であるように、イタリアの各都市には守護聖人がいるが、実はイタリア共和国全体の守護聖人は聖カテリーナなのだそうだ。14世紀、当時はアヴィニヨンに法王庁があったが、カテリーナはそこに出かけて行ってグレゴリウス11世を説得しローマに戻させたというエピソードを持つ聖人だ。その家はどちらかというと質素な雰囲気。

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 住んでいた部屋には、そこで聖痕を受けたといわれる十字架などがひっそりと置かれていた。これらの教会や旧跡は、カンポ広場のにぎわいがうそのような静かな場所だった。

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シエナ 1 カンポ広場へ

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 今日から数回にわたってシエナの街を歩こう。フィレンツェからバスで1時間ちょっと。中世からフィレンツェと対立を続けてきたシエナは、トスカーナ地方の中央にあるのに、鉄道建設の時期に幹線から外されて経済発展からも取り残されてきた。

 しかし、そのことで伝統文化の継承、自然景観維持などが図られ、今ではそれが独自文化の存在感を強く印象づける街になっていると思われる。

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 シエナに着いたのはちょうど休日の昼。ホテルにチェックインしてすぐカンポ広場に向かった。道すがら、小さな広場ではこんな路上絵を描く人に出会った。

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 そして、こんなパントマイムにも。写真には写っていないが、途中の道はまるでこの日がパリオの本番の日かと思わせるほどの混雑ぶり。ここは地方都市としては相当に観光客密度の高い街だと実感。

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 15分ほど歩いてようやくカンポ広場の入り口に到着した。いくつかある入口のうち一番北寄りのポルティコから広場に入った。

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 この高い塔はマンジャの塔。高さ102mとヴェネツィアのサンマルコ広場の鐘楼よりちょっぴり高い。1348年の完成だ。

 初代の鐘突き男が怠け者だったためにつけられたあだ名が、そのまま塔の名前になったというエピソードがある。調べてみたら、「怠け者」というイタリア語は「マンジャパーネ」「マンジャポレンタ」などいくつかの言い方があり、いずれも「マンジャ(食べる)」という単語が最初についていた。ちゃんと働かないのにパンや料理は一人前に食べる、という皮肉な表現が言葉になったのだろう。

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 カンポ広場は(カンポというイタリア語自体が広場という意味なので、この言い方は少しおかしいが・・・)開いた扇のような形をしており、一番下側にあるブッブリコ宮に向かってかなりきつい傾斜になっている。広場に立って見て初めてこのきつい傾斜を実感した。よくこんな場所でパリオなんかできるものだ。

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 入り口側にあるのが「ガイアの泉」。ヤコボ・デッラ・クエルチャの作。クエルチャの彫刻はシエナではかなり沢山あり、素晴らしい作品に出会える。

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 それにしても結構な人でしょう!

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遷都1300年の奈良3 阿修羅像、興福寺、せんと君

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 奈良の街全体を見渡すのに良いポイントは、東大寺の二月堂や若草山などが思い浮かぶけど、なにしろこの酷暑の中ではそこまで行く気にはならない。そこで手軽な場所として県庁の屋上に行ってみました。ここはエレベーターでスイスイだし、もう一段階段を上がると、さらに展望がきくスペースがあります。南側には興福寺の五重塔がこんな風にそびえています。

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 また、北側には大仏殿の屋根が見えるし、若草山も見ることが出来ます。県庁の開庁時間は自由に出入りできるので、少しだけ時間が余ったらここで街を眺めるのもいいかも。

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 県庁のすぐ向かい側が興福寺。ここの国宝館には阿修羅像があります。昨年東京国立博物館で開催された「阿修羅展」では、同館としては1974年の「モナリザ展」以来の入場者95万人という記録的な数字を出した、あの阿修羅像です。その“出張中”に建物が改築されて展示方法もだいぶ変わりました。以前は平面的にただ並べてあったのが、今回は館内が薄暗くされた中で、像のそれぞれにスポットライトが当たり、劇的な効果が出ています。 ガラスなどの遮蔽物もないため、じっくりと対話できる雰囲気です。

 よく見るといろいろ新発見もありました。①足の指が相当長い②細いけど結構胴長③向かって中央と右側のお顔はハンサムだが、左側はちょっと情けない顔にみえる・・・。これまではあの険のあるまゆから来る憂い、思慮深そうな表情、あやうさ、などばかり気になっていましたが、再発見でそれだけ親近感が増しました。(撮影禁止なので、写真はポスターのものです)

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 奈良といえばシカ。街のあちこちで鹿君たちが散歩してました。

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 夜の奈良公園でも眠ってる?シカをみつけました。

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 今年の奈良のマスコットは遷都1300年祭キャラクターのせんとくん。県庁の玄関入口に立っていました。

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 そして夜。あるホテルの正面にせんとくんのイルミネーションが輝いていて、びっくり。

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 帰りがけ、興福寺の五重塔を見上げてみました。この塔は730年に建立されましたが、5回も焼失し、現在の塔は1426年のもの。

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 高さ50.8mと京都の東寺にある五重塔に次いでわが国で2番目に高い五重塔です。すっと、しばし暑さを忘れさせてくれるすがすがしい姿でした。

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遷都1300年の奈良2 平城宮跡、東大寺

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 遷都1300年祭が行われている平城宮跡に行きました。近鉄西大寺駅から徒歩で約10分、平城宮跡は東西1.3キロ、南北1キロの広さで甲子園球場30個分とか。710年に藤原京からここに遷都されて今年で1300年ということで、第一次大極殿が復元されていました。夕暮れ時、周囲の風景が闇に包まれた状態だと、1300年前のイメージが浮かびます。

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 都の北側に復元された大極殿は、正面44m、側面20m、高さ27mで、当時都でも最も大きな建造物だったそうです。すっかり日が落ちてライトアップが始まりました。

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 光と灯りのフェア期間中で、市民たちが数千個のろうそくを前庭に並べて灯りをともすと、こんな感じに明るくなりました。この建物は天皇の即位式などの国家的行事が行われる場所でした。

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 夜になって周囲が完全に闇になり、ろうそくの明かりも一層輝きを増します。

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 協賛行事としてアーチストの光のインスタレーションも開かれており、こんな青い光の束がぶら下がっていたので、これと大極殿とを合体させてみました。

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 この後奈良公園の東大寺に向かいました。ちょうど南大門の上に満月が・・・。

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 南大門の目玉は寺を守る2体の像。向かって左側は口を開いた阿形像。

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 そして右側には口を閉じた吽形像。いずれも国宝。奈良はどこに行っても国宝だらけです。

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 夜で大仏殿はとっくに閉まっていたので、外側から夜景を一枚。

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 帰りがけ、南大門を振り返ったら、吽形像が見送っていてくれたような気がしました。

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遷都1300年の奈良1 薬師寺

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 先日奈良に行く機会があり、いくつかの旧跡を巡ってきました。今年は平城京遷都1300年ということで通年のイベントも催されていますが、まずは個人的に大好きな薬師寺から。

 寺の西側にある大池からの眺めは非常に有名ですが、私もここは奈良に行けばほぼ必ず立ち寄る場所です。ちょうど寺をライトアップしている時期だったため、背景の春日山方面が暗くなったころ照明が始まり、青い黄昏の中に東塔、西塔と金堂の姿が浮かび上がりました。

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 寺の反対側からは、夕陽が二つの塔の間に沈む瞬間が見ることが出来ました。本当は二つの塔の上に月が昇る風景が見られるかと期待していたのですが、月は全く違う方角から昇ってきて、同じ写真には収まりませんでした。

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 薬師寺にある2つの塔のうち東塔は白鳳時代の創建時のものが唯一残っているという貴重な建造物、もちろん国宝です。三重塔なのですが各階に「裳階」という庇がついているため、六重の塔のように見えます。その美しい姿は、アメリカ人美術史家フェノロサが「凍れる音楽」と評したことでも有名ですね。

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 その屋根の上に取り付けられた相輪だけで10mもあります。ちなみに塔全体の高さは33.6m。

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 相輪の頂上にある「水煙」は4枚あり、音楽を奏でながら舞う飛天たちが透かし彫りで表現されています。全部で24人いるということです。この写真でも少なくとも6人は確認できます。

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 西塔は焼失してしまいましたが、453年ぶりに1981年に再建されました。鮮やかな朱色に包まれた華麗な姿は、東塔の重厚さとは対照的ですね。

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 1976年に再建された金堂は豪華な竜宮造り。三点セットの姿は大講堂からまとめて見ることが出来ます。迫力十分です。

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 寺の東側からみた2つの塔の相輪部分と夕焼け。こちらは畑になっていてちょうど畑仕事をしていたおばさんと世間話をしながらの撮影でした。

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 もう少し離れて撮りたかったのですが、そうすると電線が空に入ってしまうため断念しました。

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 上の写真から約1時間後、逆側から見た塔の夕暮れです。

 東塔はこの秋から大修理に入るため、覆いがかけられてしまうそうです。修理の完成は平成30年。このような光景は当分の間見納めになってしまいます。

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