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2011年1月

トリノ  シンボルタワーは映画博物館

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 カステッロ広場からポー川に続くポー通りの途中から左に折れて、モンテベッロ通りを歩いて行くと、右手に大きな映画のスチールが何枚も飾ってある建物に出会った。これが映画博物館だ。

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 高さ167mのこの建物はモーレ・アントネッリアーナ。19世紀にユダヤ人協会がシナゴーグとして着工したが未完のまま中断、それをトリノ市が引き継いで完成させた石造の巨大な塔だ。2000年にここを活用して映画博物館が開館した。トリノはイタリアにおける無声映画発足の地だとのこと。

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 この塔を近くのカプチーニの丘から見ると、アルプスを背景に悠然と塔が浮かび上がる典型的なトリノ紹介の絵ハガキになる。

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 モンテベッロ通りは石畳の美しい通り。右手前の数字が書いてあるポスターの建物が、モーレ・アントネッリアーナ。

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 近くに大学があるらしく、この通りでは若者たちが談笑しながら行き交う姿がよく見かけられる。

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 博物館正面前に掲示されていたいくつもの映画のシーン。いずれもタイトルは不明ですが、とてもいい感じなので、ここに掲載しちゃいましょう。これはソフィア・ローレンの若いころの作品。強い女の表情がよく出ているなあ。

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 騒然とした混乱期の南イタリアかな?

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 こちらはミステリアスな映画のような・・・

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 これは撮影風景。ナポリ風な現場ですね。

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 館内にはスターたちのポートレートが。光っている写真はクラウディア・カルディナーレ?映画ファンにはたまらない展示が満載だけど、それはまた次回に。

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トリノ 老舗カフェと大聖堂の聖骸布

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 トリノは美しい街並みをそぞろ歩きするのも楽しいが、散歩に疲れたら伝統を誇るしゃれたカフェでゆったりとしたひと時を過ごす楽しみもある。前回紹介したサン・カルロ広場の一角にあるカフェ・トリノは、リソルジメント(イタリア統一運動)の活動家たちがここに集まったカフェだという。遅い午後にアペリチーボ体験のために入ってみた。カクテル1杯と2種類のチケッティ(つまみ)を注文してゆったり。螺旋階段のある豪華な店内ではちょっと気取った客たちがくつろいでいた。

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 その前日に入ったのが、1875年創業というカフェ、バラッティ・エ・ミラノ。三日月形をした王室御用達の高級チョコ「バラッティ」はこの店で初めて造られたのだそうだ。内装は重厚な中にも華やかさがあり、店内は人であふれていた。

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 どうにか席を見つけて座ったら、隣の家族連れの男の子が、私をじっと見つめている。やはり日本人は珍しいのだろう。「こんにちわ」って挨拶したら、はにかみながらニッコリ。とってもかわいかったので、写真を撮らせてもらった。かわいいでしょう!

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 ところで、この店はまたイタリアで初めてトラメッジーノ(サンドウィッチ)を発売した店ということで、腹は空いてなかったが小を頼んでみた。まあ、特別な感想はありません。

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 もう1軒入ったのが、1763年創業というトリノ最古のカフェ・ビチェリン。こちらはホットチョコレートにコーヒーを混ぜ、泡立てたミルクを注いだ「ビチェリン」というメニューが超有名。もちろんそのビチェリンを注文した。

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 これがそのビチェリン。甘くてほろ苦くてソフト。人気の訳がわかるような気がした。この大理石のテーブルはなかなかすごいと思ったのだが、後で調べてみたら、私が座った入り口入ってすぐ左の席は、統一イタリア初代首相カヴールがいつも座っていた由緒ある場所だったことがわかった。

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 王宮のあるカステッロ広場から西に600mほど行ったコンソラータ聖所記念堂のまん前にある。また、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」がトリノで初演された1896年、プッチーニはこの近くに住んでいてよくこの店を訪れたという。作品の設定はパリの下町だが、劇に登場するカフェ・モミュスはビチェリンがモデルになったということだ。

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 その、まん前のコンソラータ聖所記念堂は、外見では想像がつかない豪華な教会で、びっくりしてしまった。

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 グアリーノ・グアリーニによる楕円形の天井は17世紀の作品。

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 随所に豪華絢爛なバロック装飾が施されている。

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 そして、何といってもびっくりしたのがこの銀の聖母子像。私もかなり多くの聖母子像を見たけれども、こんなにギラギラ輝く像は初めて。

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 トリノの教会で最も有名なのが、大聖堂の聖骸布。キリストが磔になった時、その遺体を包んだ麻布(縦1・1m、横4・3m)のことで、この布にキリストの顔、釘で傷ついた手足、右わき腹の血の跡などがくっきりと映っているということでキリスト教では超一級品の聖遺物になっている。本物は厳重に保管されており、教会内にはその写真が展示されていた。

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 布には写真でいうネガの状態で跡が付いており、それをポジに直すと、このようにキリストの姿が浮かび上がるというわけだ。永年にわたって真贋論争が続いており、部外者にはよくわかりません。

 でも昨年5月から6月にかけて修復後の初公開があり、数百万人の人が世界中から集まったという話です。

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 本物はたしかこの奥に保管されていると聞いた記憶が・・・。

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トリノ サン・カルロ広場と「芸術の光」

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 カステッロ広場からポルティコ(柱廊)の続くローマ通りを南下して行くと、宮殿風の立派な建物に囲まれた広場に出る。ここがサン・カルロ広場だ。ちょうどポルティコの天井アーチ越しに広場奥の2つの教会が目に飛び込んでくる。向かって右側が高い鐘楼を持つサン・カルロ聖堂、左側がサンタ・クリスティーナ聖堂。

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 双子の聖堂が並んで印象的なローマのポポロ広場を連想させるような教会の位置関係だ。ここは「トリノの客間」と称される、祝祭の空間だ。朝方の青い空気感がすがすがしさを感じさせてくれる。

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 広場の中央にはエマヌエーレ・フィリベルトの騎馬像が置かれている。16世紀にこの街の発展を牽引した英雄だ。

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 広場手前にはこんな広いポルティコ兼ガレリアがある。北に位置するトリノは、特に冬場は雨や雪の日が多くなるが、全長20キロというポルティコのお陰で濡れずに街を歩くことが出来る。確か、イタリアではボローニャに次ぐくらいの長さだと記憶している。

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 こちらはッサン・カルロ広場の中間地点のポルティコ。MARTINというネオンのある場所が老舗のカフェ・トリノ。次回に豪華なこのカフェの内部を紹介しよう。

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 広場の各所にこんなカラフルな街灯が光っていた。これはいつもあるものではなく、ちょうど開催中だった「ルーチェ・ダルテ」(芸術の光)という催しものの一環だった。

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 2006年のトリノオリンピック開催年から毎年、12月には何人もの光のアーティストを招待して、街の各所にオリジナルなイルミネーションを製作展示している。最近の日本の年末のイルミネーションのような派手派手なものではなくて、手作りの優しさを感じられるものばかりだった。

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 街灯アートも、朝方と夜ではかなり印象が違ってくる。

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 カステッロ広場からポー川に続くポー通りではおもちゃ箱のようなイルミネーションが。

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 ポー通りの反対側のガリバルディ通りのイルミネーションは文字のネオン。手前は「いつもとても困難だった」次は「話すことと聞くこと」その奥は「そして静寂の森があった」など、なにやら哲学的な 雰囲気も。この日は金曜の夜で、文字の下はあふれるほどの雑踏だったけれど・・・。

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 右上方に青く輝くのは、アルプス山脈を俯瞰した高台のカプチーニ教会のイルミネーション。左手前はグラン・マードレ・ディ・ディオ教会。

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 こちらはローマ通りの西側にあった赤と青の光の組み合わせ。こうした展示を見られるのはトリノの冬ならでは。(なお、以前にも「ヨーロッパ・イルミネーション」の項目で紹介しいています)。

 

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トリノ カステッロ広場と王宮

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 トリノは京都のように街並みは碁盤の目のようになっている。その中心部を貫くローマ通りは、王宮のあるカステッロ広場から、サン・カルロ広場を通って駅前のカルロ・フェリーチェ広場へと続いている。スタート地点となるカステッロ広場を独り占めしたいと思い、早朝に出かけてみた。すると、ライトアップされた王宮が、手前にある2つの騎馬像をシルエットに青白く浮かび上がっていた。 ああ、早起きしてよかった!

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 前日降った雪がまだ残っており、寒さはかなりのものだったが、こんな光景を独り占め出来たことで、全然OK。左手の美しいクーポラはサン・ロレンツォ教会だ。

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 また、右手にある建物はマダーマ宮殿。もともとは古代ローマ時代の大きな門があった場所だが、17世紀にヴィットリオ・アメーディオ1世の未亡人など2人の夫人が住んだことから、マダーマ(マダム)宮殿という名前が付いたという。バロック様式のファザードが華麗だ。今は美術館になっている。

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 リソルジメントと呼ばれるイタリア統一運動が盛んになった19世紀中ごろ、トリノはその中心地でもあった。その指導者カヴールはこの地・サルディーニヤ王国の宰相で、統一の立役者となった。その時の王、つまりイタリア王国初代王であるヴィットリア・エマヌエーレⅡ世が居住していたのが、この王宮。ただ、トリノが首都であったのはわずか3年だけ。その後フィレンツェ、さらにローマへと遷都されて、トリノが主役だったは歴史は はかなく消え去った。

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 カステッロ広場の横の通りには、こんなエジプトの像がぽつんと置いてあった。トリノには有名なエジプト博物館があるが、その関係のイベントだったかも。

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 王宮側からマダーマ宮殿を望む。整然と均衡のとれた広場は、どこから眺めても様になる。

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 こちらは広場を出て、サン・カルロ広場に向かうローマ通り。ポルティコが続き市電も走り、風情のある道だ。

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 翌日マダーマ宮殿で新婚カップルに出会った。美男美女の素敵な取り合わせで、こちらも幸せをおすそ分けしてもらおうと、写真を一枚。

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 外に出たら、別の新婚がいた。新婦がブーケを新郎に投げた。ブーケの扱い方は日本とイタリアでは違うのかなあ?

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 最後にもう一度、王宮の夜景を。こちらは雨のちらつく夜でした。

 

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トリノ 統一イタリア最初の首都 アルプスの風景

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 今日から数回に分けてトリノを紹介しよう。今年は、1861年にイタリアが統一されてからちょうど150年。3月からそれを記念した各種行事が展開される。その統一後のイタリアの首都となったのは、実はトリノだった。そんなわけで、冬のトリノの風景から行きましょう。こんなに見事にアルプス連峰が街から眺められる都市だ。

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 トリノはイタリア北西部、ピエモンテ州の中心都市で、人口130万人。というより、2006年の荒川静香さんが金メダルを獲得した冬季オリンピックが開催された街といったほうが、わかりやすいかも。

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 私が行ったのは2008年の12月。ジェノヴァから電車で到着した。滞在した4日間のうち、晴れたのは1日だけだった。朝目覚めて星が見えたので、夜明けの街を撮影しようと中心広場に出かけ、その後、街を一望できるポイント、カプチーニの丘を目指した。丘には小さな広場があり、そこからの眺めはまさに絶景!

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 手前に整然とした街並みが広がり、そのすぐ奥には新雪を頂いたアルプスの山並みが迫ってくる。

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 その街並みの中に飛びぬけて高くそびえる塔がある。モーレ・アントネッリアーナ。アレクサンドリア・アントネッリ設計で、167.5mとヨーロッパの石造建築としては最も高い塔の一つだ。

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 後日紹介する予定だが、この建物の内部は国立の映画博物館になっている。

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 山並みはほぼ横並びの高さだが、北西側に一つだけピラミッドのようにとんがった峰が見える。これがモンヴィーゾ(3841m)だ。

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 トリノの街を流れるポー川は、ここを源流として、ピアチェンツァ、フェッラーラを通ってイタリアを横断、アドリア海に注いで行く。おそらくイタリアの中でも最も長い川ではないだろうか。その昔ハンニバルが象軍団を率いてアルプス越えをしたというエピソードも、この山付近の峠を越えたということだ。

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 景色を見ていたら、近所のおじさんが犬を連れて散歩にやってきた。遠景が少しガスっているのを見て「早朝ならもっとくっきりとアルプスが見えるよ」と教えてくれた。そこで「じゃあ、明日は朝一で来てみようかな」と答えると「残念!明日は雪だよ」との答えが返ってきた。確かに、翌日は雪が降り、アルプスは全く見えなかった。

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 この丘にはサンタ・マリア・アルモンテ・デル・カプチーニ教会という長い名前の教会がある。小さな瀟洒な教会だ。

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 北東側の丘の上に見えるのがスペルガ聖堂。登山鉄道が通っており、これに乗れば10分ほどで山頂に行ける。翌日に行ってみたが、雪のうえに5m先も見えないという濃い霧に見舞われて、全くの無駄足になってしまった。

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 そうこうしているうちに、お似合いのカップルがやってきた。犬のおじさんによると、ここは格好のデートコースなのだという。邪魔しちゃいけないということで、街に戻った。

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ミラノ大聖堂が光で変化する

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ミラノの大聖堂は光による色彩の変化を楽しめる建築でもある。太陽が傾いてくると白かった壁面が徐々にオレンジに変わって行く。

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 ドゥオモ広場の後方から見ると、広場にあるヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世の騎馬像がシルエットになって浮かび上がる。

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 脇に回って近寄ると大聖堂の大きさが実感できる。

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 もうかなりオレンジに変わってきた。青空との対比がとても美しい。

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 間もなく日が沈もうとする時間には、オレンジというより赤くなった壁面が圧倒的な存在感だ。

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 日が暮れて、大聖堂のライトアップが始まった。夕陽と違って白っぽい姿に変身だ。

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 人工のライトが光を増していく。

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 空のブルーがどんどん濃くなっていくにつれて、大聖堂の壁面は金色に輝きだした。この間約1時間。旅先でのこんな贅沢な時間の過ごし方も、たまにはいいかな、と思う。

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ミラノ大聖堂とガッレリア

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 大聖堂の屋上から降りたときはミサの最中だったので、隣にあるヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアにあるカフェで時間をつぶした。以前紹介したパリやブリュッセルのパサージュと同様に、ガッレリアは道路の上を鉄骨とガラスで覆い、天候に関係なくゆったりと通行できるショッピング通りといった形。ただ、こちらはスケールが一段と大きい。

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 入口はこんな風。イタリアではナポリにもガッレリアがあるが、それと比べてもこちらの方が雄大だ。

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 1877年の完成。エッフェル塔が鉄の工作物としての新しい時代を切り裂いたように、鉄とガラスの組み合わせが光を十分に取り入れた開放的な半室内空間を演出している。プラダ、ヴィトンなどのブランド通りでもある。右手前はイヴ・サンローランですね。

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 スカラ座に通じるドゥオモと逆方向の出口にはボテロの豊満な彫刻が立っていた。多分期間限定の展示だったと思う。

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 ミサが終わったようなので、大聖堂に入ろう。と、その前に正面扉の浮き彫り彫刻に注目。中央の大扉には聖母マリアの生涯が記されている。これは受胎告知の場面。

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 こちらはキリストの磔刑場面かも。

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 内部は、奥行き157mととてつもなく大きな空間。その大きさのためか、がらんとした印象だ。

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 柱とアーチが果てしなく続いて行くイメージだ。

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 絵画もあちこちにぶら下げてあるといった形。万単位の人が入れるくらいの巨大な空間だが、あまり美術的な面白みはないようだ。

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 ただ、ステンドグラスは大きな分だけ迫力十分だった。

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 夕暮れになり、大聖堂とガッレリアのライトアップが始まった。空の青さが浸みるようだ。

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ミラノの大聖堂に昇る

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 既に掲載していたと思っていたミラノの大聖堂がまだ未掲載だったのに気付きました。それで、この大聖堂を数回にわたって紹介しましょう。

 ミラノ中央駅から地下鉄3号線で4つ目・ドゥオモ駅で降りると、この大聖堂が目に入る。その大きさ、ゴシックの極みのような尖塔群など、まさにミラノのランドマークだ。

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 高さ108・5mのこの教会は、エレベーターで屋上に昇ることが出来る。早速昇ってみよう。途中に見える柱とアーチの組み合わせはまるでシルクのように繊細で、思わず触ってみたくなるほどだ。

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 また垣間見える尖塔の群れにも目を奪われる。尖塔の数は135本だという。

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 装飾アーチを間近に見ると、恐ろしくなるほどきめ細かに並べられている。ミラノっ子の間では仕事などがいつまでも終わらないことを「大聖堂の現場のようだ」というのだそうだ。1386年に着工されながら、完成したのが1887年と約500年もかかったことから、こんな表現になったのだろうが、それだけの細工もまた入念に行われたということだろう。

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 柱の隙間から眺めると、無数の彫像が中空に並んでいる。その向こうははるかアルプスだ。

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 やっと屋上にたどり着いた。正面にそびえるのがマドンニーナと呼ばれる黄金の聖母像。屋上からでも、こんなに遠く感じる。

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 屋上はこんな風に中央が通路のようになっており、最盛期にはまるで路上のように沢山の人たちで混雑する。

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 天上から見下ろす聖人たちの像はすべて合わせると2245体。それでは時間もかかりますよね。日本と違ってヨーロッパでは一つの建物が完成まで何世紀もかかるということがよくある。スペイン・マドリードの王宮も500年かかったという話を聞いたことがあるし、ガウディの聖家族教会も100年以上かかってまだ未完成だ。

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 ずいぶんと長い間、ミラノではこの大聖堂より高い建物は禁止されていたという。神に対する畏敬の念だろう。しかし、1960年、中央駅前のピレッリ・ビルがここを抜いて127mのビルとして建設された。2002年4月、あのニューヨークの9・11事件の半年後に小型機が衝突してあわやアルカイダのテロかと一時騒がれたあのビルだ。

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 イタリアの多くの他の都市と違って、ミラノは旧市街と新市街の区別がつきにくくなっている。屋上から見るとすぐ近くに現代的なビルが林立しているのがわかる。

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 すぐ下を見下ろせば、名物のガレリアの入り口が見える。その右側にはデパート・リナシェンテが続いている。

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 こんな風に外壁のあちこちに子供や動物の像も見かけられる。そんな像を見つけて歩くのも面白い。

 

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サンマルコ広場 ヴェネツィアでたった一つの「広場(Piazza)」

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 新年明けましておめでとうございます。今年も「イタリアの誘惑」をよろしくお願い致します。

 イタリア、特にヴェネツィアを中心に紹介しようと始めたブログですので、新年一回目はやはり、ヴェネツィアでスタートしましょう。サンマルコ広場です。

 イタリアの各都市は広場と教会を中心にして構成されているが、ヴェネツィアもまた沢山の広場と教会が存在する。しかし、正式の「広場」を意味する「PIAZZA」の名称がついた広場は、ヴェネツィアではサンマルコ広場しかない。他は、たとえばローマ広場はPIAZZALEだし、サンタ・マルゲリータ広場やサンタ・マリア・フォルモーザ広場はCAMPOと呼ばれる。地元の人たちが「PIAZZA」というときはサンマルコ広場を意味している。それだけこの広場は特別の意味を持っているということなのだろう。

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 ヴェネツィアに魅せられた多くの人たちがこの街を訪れ、言葉を残している。そんないくつかを紹介しよう。

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 最もよく知られているのはナポレオンの言葉「サンマルコ広場はヨーロッパで最も美しい大広間」。ただ、イタリア人は、自らの国を占領した異邦人のナポレオンが今でも好きではない。

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 「夕刻の魅力は、満天の星が輝いているときのサンマルコ広場をあちこち歩き、ぼんやりと見える壮大な建物やハトの群れが建物の周囲を飛び回っているのを眺めることだった」(ジョージ・エリオット)

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 「夕暮れになると、円柱は一層丸みを帯び、柱頭はもっと身をくねらせ、蛇腹はさらにくっきりと屋根を支え、尖塔はますます決然とそびえ立ち、天使たちはさらに軽やかに宙に浮かぶのだ」(ヨシフ・ブロツキー)

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 「ヴェネツィアは美しい。しかし美しいだけならばこれほど僕を引き付けなかったであろう。その優雅な美しさは、いつかは終わりのあることを知っている人生の喜びの切なさに似ている」(奈良原一高)

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 「200年前に書かれた紀行文が、そのまま実感として受け止められるヨーロッパ唯一の土地。それがヴェネツィア」(細川周平)

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 「他の都市国家が、国の周囲に巡らせた城壁は、ここヴェネツィアでは水であった」(塩野七生)

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 「冬の光、それは親密な光。ジョルジョーネやベッリーニの光だ。街は無限の彼方からやってきた光の愛撫をゆっくりと味わいながら暮れなずんで行く」(ヨシフ・ブロツキー)

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 「ヴェネツィアの魅力、神話、誘惑を生み出すのは、幻想や夢に近い非現実感なのである」(フェルナルド・ブローデル)

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 「この魅惑の都市に初めて旅する人よ。あなたがどれほど幸せかを教えてあげたい。あなたの前に広がるのは、いかなる本も伝えることのかなわぬ無類の美だ」(ウイリアム・ディーン・ハウエルズ)。

 そんな幻想の美しさの虜になってしまった人間の一人が、私でした。

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