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2011年5月

クリムトを追って 2  美術史美術館の壁画

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 19世紀末、ウイーンはまさに都市改造の真っ最中だった。1857年フランツ・ヨーゼフ1世がウイーン市街を取り囲んでいた軍事要塞の撤去を決断した。膨張する都市を機能させるためには広大な土地利用が欠かせない。ここでは要塞の撤去によって旧市街と新市街を有機的に結び付けようとする都市再開発だ。

 撤去された要塞跡には幅広い道路(リンク)が造られたが、道路沿いには雄大な建築群が新築されることになった。ゴシック、ルネサンス、新古典とさまざまな様式の建築物が次々と着工されるという、建築ラッシュが到来し、クリムトら若手の活躍の場が飛躍的に拡大する絶好の機会に遭遇することになった。

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 1890年の美術史美術館の建設は、帝国にとって重要な意味を持つものだ。ハプスブルク家が代々収集してきた皇帝直属の美術品を、そこにずらりと展示して、帝国の歴史の重み、文化水準の高さを誇る一大殿堂とする空間だ。こうした場所の、入館してすぐ目に入る階段に面した壁画を、クリムトたち芸術家カンパニーが、まかされたのだった。

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 美術館に入ると、正面に荘厳な階段が現れる。見上げると支柱と支柱との間に出来る小間に絵が描かれている。

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 これがクリムトの絵か?いや、どうも画集などで見ていた絵とは違うようだ。

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 中央階段を昇って折り返しの踊り場にあるカノーヴァ作テセウス像のところで振り返って上を見上げると、そう、この場所まで来て初めてクリムトの壁画と出会えるのだ。

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 クリムトらがまかされたのは全部で40箇所の小間。その中でクリムトは11箇所を描いたという。古代エジプトからギリシャ、ローマ、ルネサンスに至る美術の発展の歴史を、それぞれにふさわしい様式やコスチュームによって装飾画を描くことが、与えられた仕事だった。

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 向かって左からその作品を眺めて行こう。一番左が「聖女・ローマ」

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 「総督・ヴェネツィア」「タナグラの乙女・古代ギリシャ」「パラスアテネ・古代ギリシャ」

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 パラスアテネは、その後のクリムトの作品に何度か登場するモチーフだ。

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 「エジプトの裸像・エジプト」「ミイラ・エジプト」「青年・フィレンツェ」

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 「若い娘と幼児・ルネサンス」「ダンテと幼児・ルネサンス」

 この女性像は、リアルな表情の描写と、あいまいな体の輪郭、金をちりばめた服装など、後の代表作「接吻」にもつながる雰囲気を既に漂わせていると思う。暗いのでわかりにくいが、その横の少年像の上にダンテの顔があるのを、今回初めて知った。

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 角度的によく見えにくいが「ダヴィデ・フィレンツェ」「ヴィーナス・ルネサンス」の11小間となっている。

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 個人的に特に印象的だったのが、このエジプトの女性像。端正な顔立ちでしっかりと正面を見つめる姿だ。基本的には古典様式を踏まえて描かれているが、クリムト独自の個性の芽吹きを見つけることが出来る。女性像の背景にはコンドルの翼が描かれるが、しっかりと後の色彩的な特徴となる黄金を使っている。また、パターン化した装飾の描き方などは、きらびやかな装飾表現の萌芽とみてよさそうだ。

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 クリムトはこの後3回イタリアに旅しているが、特に1903年にはヴェネツィアに滞在しながら2度もラヴェンナに出かけている。ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂、そしてラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂は、いずれも金を多用したビザンチンモザイクの傑作がある場所。ここで大きな刺激を与えられたと本人も認めているように、金工だった父から譲り受けた金に対する素養と、傑作から与えられたインスピレーションが相まって、あの独自の装飾様式を確立することになって行ったのだろうことは、容易に想像できる。

 

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クリムトを追って 1  ブルク劇場の天井画

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 ウイーンに関心を持った最初のきっかけはクリムトだった。学生時代から魅かれ続け、途中で一度距離を置いたこともあったが、最近になってまたその魔力に引きずられている。そのクリムトの本格的な絵画人生の出発点となったブルク劇場の天井画を、まずは見たいと思った。

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 演劇鑑賞以外にこの劇場に入るには、ガイドツアーという手段がある。毎日午後3時ころから実施されており、それに参加するため劇場に向かった。

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 予約をすると、係員が心配そうに英語で尋ねてきた。「このツアーはすべてドイツ語で行う。日本語はもちろん、英語の解説もないが、あなたはそれで大丈夫か?」。「大丈夫。ドイツ語はわからないが、私はクリムトの絵を見たいだけ。ご心配なく」。彼女はにっこりうなずいた。そんな人も時々いるのだろう。

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 果たして、天井画はエキサイティングだった。クリムト、弟のエルンスト、フランツ・マッチュで組織した「芸術家カンパニー」が行った仕事のテーマは「劇場の歴史」。右側階段の間に、クリムトは3点の天井画を描いた。これはその1つ「テスピスの凱旋車」

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 「シェークスピアの劇場」

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 「ディオニソスの祭壇」。いずれも天井の漆喰面に美を具現するアカデミックな歴史画を華麗に描いている。

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 この中で注目するのは「シェークスピアの劇場」の右側観客部分。ロミオとジュリエットの劇が演じられ、それを見つめる正装の観客たちが描かれているが、右側白い首飾りをつけた男女2人のうち、男性はクリムト自身といわれる。その手前の黒服はフランツ・マッチュ、クリムトの後ろの男が弟エルンスト。クリムトはほとんど自画像を描かない画家だった。後輩のエゴン・シーレが彼の自画像であふれているのとは対照的だ。それだけに貴重な絵だということが出来る。

 なお、弟のエルンストは20代の若さで死亡している。

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 反対の左側階段の間に移動する途中に、向かい側の市庁舎広場がよく見える場所を通った。ご覧の通り、広場は臨時のスケートリンクになっていた。

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 こちらの天井画はこの「タオルミーナの劇場」が最も印象的だ。まだシチリアへは行ったことがないが、タオルミーナの古代劇場を手前に、遠景にイオニア海が俯瞰できる写真は何度も目にしている。クリムトは、遠景はそのままに、手前を劇場内部で展開される想像の舞台に変えてしまった。

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 官能的なヌードの舞い、くつろぎながら見入る王侯らしき人物など、彼独特の華やかさは、ここにもしっかりと芽を出している。

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 画面上方のシルエットになった像は、月桂冠を手に持って立つ勝利の女神ニケ。この後で訪れたプラハのヴルタヴァ川岸でも同様の像を見かけた。雄大でありながら繊細さも併せ持つ、若き才能をほとばしらせたクリムト26歳の作品だ。

 余談だが、スポーツ用品の世界的メーカー「ナイキ」は、ニケ(NIKE)の名前から取った名称だという。トレードマークのあのイラストはニケの翼を模ったらしい。

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 各種文献には、クリムトが描いた天井画は5点で、もう1つのタイトルは「アポロンの祭壇」と書かれている。しかし、その絵がどんな絵か、私の周囲の資料には載っていなかった。多分この絵ではないか、と推定して載せてみました。

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 こちらはフランツ・マッチュの担当した絵。

 この仕事が認められ、芸術家カンパニーは国から黄金功労十字章を授与された。そして、次にはさらに重要な仕事が舞い込むことになる。

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ウイーン世紀末建築の精華 アム・シュタインホーフ教会・下

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 教会のステンドグラスを見てみよう。ワーグナーと同時代の作家コロマン(コーロ)・モーザーの傑作だ。祭壇に向かって左手(西側)が個人的には大のお気に入りになってしまった。

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 光線の加減で影になってしまった部分もあるが、全体的にコントラストの強いはっきりした線で描かれている。

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 上部の半円は聖ヴェロニカの聖骸布を2人の天使が向き合って広げている構図。天使の、クジャクの羽根のような色どり、デザインが素晴らしい。窓枠に沿って天使の羽根が描くアーチもまた優雅。P3054721_2

 下部に描かれる聖人たちもみな個性的だ。この辺は中世からバロックにかけて製作されたステンドグラスとは一味違っている。

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 一番右端の老聖人など、ちょっとユーモラスな表情で親しみやすい。

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 手前のシャンデリアとのコラボ。

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 傾きかけた西日が当たり始めて、ステンドグラス越しの日差しが壁に光の粒を写していた。

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 一番左側の縦長のステンドグラス。6人の若者の表情が微妙に違っている。

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 こちらは右側のステンドグラス。構図は似ているが、異なった人物像が並ぶ。上部の2人の天使は鳩を抱えている。光線の具合か、淡い色調に見えた。

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 天井には四方に細長い長方形の仕切りが入り、青と白ですっきりと仕上げている。

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 さらに、後方の窓にも横長のグラスがはめ込まれていた。元々は正面の祭壇画もモーザーが手掛けることになっていたのだが、ステンドグラス終了後に彼はプロテスタントの女性と結婚してしまったため、カトリックの教会にはふさわしくないとのことで外されたのだそうだ。

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 さきほどシルエットで紹介したシャンデリアはこんな風。ブドウの房のような面白い形をしていた。

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 教会のいわれなどについてのレクチャーが約1時間。ドイツ語の分からない者としては少々長い時間だったが、その途中で主祭壇の天蓋のライトが点灯された。

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 祭壇内部がくっきりと浮かび上がって・・・。

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 神秘的な空間が出来上がった。

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 この演出は、ちょっと感動的な瞬間を造り出してくれた。

 この日は暖かかったが、通常の冬は冷えるのだろう、ちゃんと毛布が用意されていた。ツアー料金は8ユーロに値上げされていたが、やはり一度は、ユーゲント・シュテールが生んだ可憐な花のようなこの空間を見る価値があると思う。

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ウイーン世紀末建築の精華 アム・シュタインホーフ教会・中 

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 アム・シュタインホーフ教会の中に入った。まずは白を基調とした内部空間の清々しさに、心が洗われるような気になった。バロックで彩られたシュテファン大聖堂とは対照的な教会だ。

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 中央祭壇の壁にはキリストと聖人たちの絵が描かれている。

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 中央で両手を広げて信者に祝福を与えるキリスト像は、威厳に満ちた表情。

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 向かって左の列に7人の聖人たち。

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 右側の列には8人。この数だと、12聖人を表現しているのではないらしい。

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 その手前には金の祭壇がある。通常ヨーロッパの教会は主祭壇が聖地エルサレムの方向になるように東に設置され、入口は西になるのだが、ここの場合は精神を病んだ患者がまともに光を浴びないようにと配慮して、祭壇を北にしたため、入口が南にあるという変則構造になっている。

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 天蓋は銅製に金メッキが施された。よく見ると全面に白い天使の顔が張り付けられている。

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 天蓋の下には祈りを捧げる少女は左右に2人。あどけなさを感じるような無垢な表情が美しい。

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 こちらは右側の少女。

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 3月初旬の午後3時過ぎ、太陽光線が斜めから差し込むため、少女たちの白い衣服が反射して銀色に輝いていた。

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 祭壇横の絵は、カギをもっているところから、聖ペトロらしい。

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主祭壇横の壁にも2つ絵が描かれている。向かって左側は「受胎告知」。

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 右側はタイトル不明。大きな翼は玄関上にある天使の翼にも共通しているようだ。

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 もう一度主祭壇周辺の全景を。これが、ライトアップされるとまた違った雰囲気に変化する。それは次回に。

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ウイーン世紀末建築の精華 アム・シュタインホーフ教会上

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 土曜の午後、ウイーン郊外にあるアム・シュタインホーフ教会に出かけた。この教会はウイーン世紀末建築の第一人者オットー・ワーグナーの代表作。今回の旅で絶対見たいと思っていた建築だ。土曜日午後のガイドツアーでしか一般公開はしていないので、前回の旅では日程が合わず入れなかった場所だった。地下鉄U2のフォルクステアター駅から48Aのバスで行くのだが、駅のすぐそばにある48A停留所は、教会と反対側の市中心部方向に行くための停留所だった。焼き栗を売っていたおじさんに聞くと、郊外方向に行くのはもう一つ西側の通りに設定されていることがわかった。バスで約30分、終点一つ手前のpsychiatrisches krankenhaus停留所で下車。この辺りまで来ると右前方に金色のドームが見えてくる。

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 停留所横の精神病院の正門から入って行く。この教会は精神病院の患者たちのために造られたものなので、病院敷地の中にある。上り坂を上って行くと、右前方にドーム屋根の全容が現れる。一気に教会前まで行ってしまうと近すぎて建物の屋根から上が見えなくなってしまうので、手前の十字路を右に入って、並木の切れ目で立ち止まると、全景がすっぽりと見えるスポットがある。そこで一息。

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 1905-7年に建築されたが、100年の歳月でドームを覆っていた金メッキがはがれ、しばらくは緑の屋根になっていた。それを2006年に修復し、今では黄金の輝きが復活した。

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 ドームの向かって右側に居るのは聖レオポルド。左手にこの教会の模型を持っている。

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 左側が聖エヴェリン。いずれも守護聖人だ。こちらが持っているのは杖。

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 正面玄関前に到着した。少しベンチに座ったりしながらガイドツアーの開始を待った。玄関の上部分には4体の天使像がある。シムコヴィッツ作。

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 この天使たちは大きな羽根を持ち、凛々しい立ち姿だ。

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 横に回り込むと、そのシルエットが青空とシンクロして美しい。

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 壁に映った影は、ルーブル美術館にあるサモトラケのニケを連想させる。

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 ちょうど陽の光が金色の翼に反射して眩しいくらいだった。

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 壁に刻んだ十字架や円形の装飾も金色に輝く。

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 正面の窓ガラスに描かれた白髪の老人はやはり聖レオポルドだろうか?

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 脇で手を合わせて祈る女性もかなり個性的表情だ。ツアー開始5分前になり、ツアー参加者も続々集まってきて、教会係員が扉を開いた。いよいよ入場開始だ。

 

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ウイーン 音楽の都、中世の香り

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 朝、ホテルから市立公園に散歩に出かけた。公園近くの地下鉄シュトゥーベン駅で降りると、幅広いリンクの通りを観光馬車が走って行く。整然と建ち並ぶビルの谷間をさっそうと走る2頭立て馬車は、見事に風景にもなじんでいる。

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 公園に入るとすぐにシューベルト像とご対面だ。ウイーンは多数の著名な音楽家の活動の舞台となり、音楽の都という名称にぴったりの町だが、実は生粋のウイーン生まれはシューベルトだけしかいない。モーツアルトはザルツブルグ出身だし、ベートーベンはドイツ、マーラーはチェコの人だ。

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 公園の池には水鳥が乱舞していた。近くのベンチでは、新聞を読む老紳士、子供をあやす母親など、週末の朝らしい柔らかな空気が流れている。

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 さらに進むと、かの有名なヨハン・シュトラウスの金色の像が。日本出発前の情報では修復中で覆いがかけられているということだったが、幸運にもきれいに公開されていた。(一方で、フォルクス庭園のエリザベート像が修復中だった)。

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 ただ、午前中の9時過ぎの時間帯は正面から見ると完全な逆光。後ろの方から眺めて見ると、右端から顔を出している女性が妙に意味ありげ?

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 彼の名前を取ったヨハネス通りを過ぎると、今度はベートーベン広場に到着する。ベートーベンがドイツからウイーンに留学したのは21歳の時。彼は“引っ越し魔”で、それから生涯で80回以上も引っ越しをしたという。ただ、その大半はウイーン市内だった。

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 あのしかめっ面をしたベートーベンが、広場を見下ろしている。

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 またリンクに戻ったら、今度は白馬の馬車が通りかかった。とてもよい天気だったので、そのままシュテファン大聖堂付近まで散歩を続けよう。

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 道すがら、ヴァイオリンを模った看板が下がっていた。

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 さらに、楽譜が描かれた店の看板も。いかにも音楽の街らしい風景だ。

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 シュテファン大聖堂が見えてきた。こちらは裏側。

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 観光馬車の待機場所になっているようで、女性の御者さんも見かけられた。

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 せっかくなので、白馬のアップを一枚。中世の雰囲気が漂っているなあ。

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ウイーン 夜の中心街を歩く

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 リンク通りに出て少し歩くと、右前方にオペラ座が見えてきた。前日にオペラ座舞踏会が開かれたばかり。玄関前には後片付けのためかクレーンも置いてあった。

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 絶え間なく走る車の合間を縫ってトラム停留所付近でオペラ座の夜景を撮影した。さすがに華やかな雰囲気があふれている。写真の下側で流れている光の線は車のライトだ。

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 さらに西に向かって歩き、美術史美術館の前で右に曲がって王宮の敷地に入って見た。王宮広場からは、市庁舎が程良い遠さで闇に浮かび上がっていた。

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 カール大公騎馬像と市庁舎とのツーショット。

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 王宮の建物をくぐって正面に回った。さすがに威風堂々と言った感じ。

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 王宮を背にして正面を見ると、ロースハウスが建つ。アドルフ・ロースは「装飾は犯罪だ」と徹底して飾りを排した建築を追求した。当時は「あんな武骨なものを王宮のまん前に造るとはけしからん」と非難の声が巻き起こり、4階以上の窓の部分に花飾りを置くことでようやく決着がついたという、曰く付きの建築だ。夜でわかりにくいが確かに4階窓部分には花飾り用の出っ張りが付いている。今では違和感なく存在しているように見える。

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 ここからコールマルクト、グラーベン通りと繁華街に入って行く。

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 途中、シャネルの店のショーウインドウを見つけた。ライオンを背に2人の赤毛のマネキンというデザインは数日前にヴェネツィアでみかけたのと同じだ。

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 こちらがヴェネツィア・シャネルのショーウインドウ。基本は同じでも微妙に展示の仕方が違っていて、面白い。

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 グラーベン通り中央には、ペスト記念塔が建っている。17世紀ウイーンでも6万人もの死者を出したペストの終焉を記念して、建設された。この付近ではあちこちから音楽が聞こえてくることが多い。街頭演奏をする市民音楽家たちだ。この夜はバリトンサックスでクラシックを演奏する若者に出会った。

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 ケルントナー通りに出ると、シュテファン大聖堂がその偉容を現す。改めてその大きさに感動。

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 新装開店したスワロフスキーのショーウインドウでは、赤いドレスのマネキンがダンスをしていた。これも舞踏会に合わせたショウアップなのだろう。

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 レストランに向かおうとした時、金髪の女性が広場のベンチに座ってなにやら物思いにふけっているのが目に入った。

 ある著名な作家は「ウイーンは女の匂い」と書いた。街角に溶け込む女性の後ろ姿からほのかなウイーンの香りが匂い立つような、早春の夜のひとときだった。

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ウイーン散歩 カールスプラッツ、カールス教会、楽友協会

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 夕方、地下鉄に乗ってカールスプラッツに出かけた。

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 駅に降りると、まさにそのカールスプラッツ駅に、オットー・ワーグナーの傑作の一つであるカールスプラッツ駅舎があった。2つに分かれた駅舎のうち1つはカフェとして利用されていたが、博物館になっている方は冬季は閉鎖されており、内部は見ることが出来なかった。

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 それでも、金色の屋根のアーチやアールヌーボーの装飾などのしゃれた外観は楽しむことが出来た。

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 前面の窓ガラスには、これから行こうとしていたカールス教会の特徴的な姿が映っていた。

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 そのカールス教会は、広場の反対側にそびえていた。ハプスブルクの女帝マリア・テレジアの父カール6世が、ペストの鎮静を願って建設を命じたバロックの大教会だ。

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 正面に向かうと、入口両側にそそり立つ大円柱が際立って見える。

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 ローマのトラヤヌス帝記念柱を手本にしたのだという。大人が数人で手を広げなければ届かないほどの太さだ。

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 そこに細かい彫刻が施されている。

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 教会内部はもう閉まっていたので、外観のライトアップを撮ろうと待ったが、一向に明るくなる気配がない。今夜開かれるという教会コンサートの係員にライトアップはするのかと聞いてみたが、彼らはわからないという答え。仕方がない、帰ろうか。

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 公園を横切ってリンク通りに行く途中に楽友教会の建物を見つけた。ここはウイーンフィルの本拠地。毎年元旦に行われるニューイヤーコンサートは日本にも衛星中継されるのでおなじみの場所だ。赤を基調とした、どっしりと趣のある建築だ。

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 何気なく振り向いたら、あら、カールス教会がうっすらと明るくなっている。あわてて戻った。

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 雲一つない晴天の夜空が澄み切った濃いブルーになって行き、美しい風景に出会うことが出来た。

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 楽友協会もライトアップされた。周囲からワルツが流れだしてくるようなうきうきする夜景だった。ここから、さらにリンク周辺の夜景を見に足を伸ばそう。

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