目隠しをされた女性像はだれ? トー宮殿
ランス大聖堂の隣りにあるトー宮殿で、不思議な像に出会った。
初めは、手前のエヴァの手にある小動物に目を奪われていた。が、少し奥に視線を移した時、異様な姿をした像に釘付けになった。
わずかに下を向き、内に秘めた激情を押し殺すかのようにキッと唇を閉じた一人の女性。何よりも、目を覆う布は自らが施したとは思えない。何者かに、理不尽にも視界を遮られた無念さが、滲み出ているように見えてしまう。
あなたは何ゆえにそのような不自由な姿でたちつくしているのですか。
何ゆえに目隠しをされているのですか。
なのに、何ゆえにこれほど圧倒的な存在感を発しているのですか。
果たして何の像なのか、全く分からないままに帰国した。調べて初めて、この像がユダヤ教会の擬人像「シナゴーグ」であることがわかった。
この女性像は、12世紀中ごろに現れた。ユダヤ教会(旧約聖書)は、キリスト教会(新訳聖書)によって凌駕されるべきものだ、との考えに基づいている。シナゴーグ像は右手に、キリスト教会への敗北を意味する折れた槍を、左手に、まだ捨てきれずに執着する古来の律法板を持つ姿で現わされる。そして目に巻かれた布は、キリストが流した血によって失明した状態なのだという。ランスの像は、戦災などで両手が失われてしまったが、目の布だけはしっかりと残っていた。
ストラスブール大聖堂の壁面には、勝利したキリスト教の象徴として、十字架と聖杯を持ったエクレシア(キリスト教会の擬人像)が、シナゴーグの横に対照的に置かれているそうだ。
言って見れば、この女性像は、キリストを死に追いやった罪を着せられて、キリスト教をあがめる場所にさらされた見せしめの像ということになる。何という悲劇的な宿命を負わされた像なのだろうか。
キリスト教徒ではない私にとって、この擬人像の深い情念を感じさせる表情は、忘れられないものとなった。
トー宮殿の他の展示物を見て行こう。この宮殿は大聖堂関係の博物館となっている。建物がT字型をしているため、ギリシャ文字Tの発音「トー」を取ってこう呼ばれている。歴代国王の戴冠式の後、ここが祝賀会場となってきた。大聖堂のオリジナル像などの保存のためにここに陳列されているものも多く、西正面の「聖母戴冠」のオリジナルが、これだ。
大聖堂は何度も災害にあってきたが、最もひどい災害は第一次世界大戦中の1914年9月19日のドイツ軍による空襲から発生した火災だった。外形だけを残して、聖堂内部は焼き尽くされ、貴重な品々ががれきと化した。当時の写真が展示してあった。
口元から何やら黒いものを吐き出しているガーゴイル。これは空襲によって加熱した屋根の鉛が溶けて、ガーゴイルの口から流れ出し、そのまま固まったものだという。
この時、微笑みの天使も頭部がもぎ取られるという惨事に遭った。しかし、若き司祭が必死に砕け散った頭部の破片を拾い集めたことで、散逸が防がれ、復旧が可能になった。
大聖堂の再建は、建築家アンリ・ドゥスの手によって行われた。
第二次世界大戦の時は、あらかじめ主要な像たちは地下室に移動・保管したため、空襲に遭わずに無事だった。その大戦の終戦は1945年5月8日、ドイツが降伏文書に調印して連合国勝利となったが、その調印式はここランスで行われた。
見学中、保管庫も覗くことが出来た。まだまだ、修復を待つ像たちが沢山保管されていた。
展示されていた写真の中にはこんな空のスナップもあった。
そのスナップは、ホテルの部屋から撮った朝の風景にちょっと似ていた。
そして、出口付近で、シナゴーグの物と思われる被災時の写真を見つけた。何とも痛々しく、さらに深い印象を刻むことになった。
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