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サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 ミケランジェロは言った「あれより美しいものは造れません」

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 フィレンツェといえば一番最初に思い浮かべるのはやはり花の聖母大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)だろう。高さ100mもの大クーポラを持ち、赤(ピンク)、白、緑の3色の大理石に覆われた、美しくも気高い教会は、常に世界の人々を魅了してきた。

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 現在の建物は1296年に着工されたが、設計者アルノルフォ・デイ・カンビオの死や、設計の手直しなどで何度か中断した。特に困難な問題として立ちふさがったのは、巨大な円蓋をどう造ればよいのか。建築開始から100年が経過しても、この技術的問題は解決しなかった。そこでフィレンツェはコンペで設計案を公募した。

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 このとき手を挙げたのが、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の扉コンペで最後まで争ったブルネルスキだ。彼はあのコンペ以後ローマで建築の修行に打ち込み、円蓋を二重構造にして重量を分散するという新しい工法のアイデアを打ち出し、1436年、見事に難問を解決して見せたのだった。

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 ただ、正面の装飾、外装、各種補修などの作業は営々と続けられ、正面装飾が現在のような美しい3色の大理石で装われたのは、1887年になってからだった。日本の時代でいえば、鎌倉時代に始まった工事がやっと明治時代になって終了したということになる。

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 大聖堂の隣りに建つ鐘楼は、1334年にジョットが構想し、1359年に完成している。すっきりしたスマートな姿が清々しい。ここの高さは85m。大聖堂のクーポラは100m。どちらに昇ろうかと迷ったが、鐘楼にした。大聖堂に昇れば、クーポラを見ることが出来ないから。それに、鐘楼の階段は412段。大聖堂の464段に比べて、少しは楽だろうと考えた。

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 こちらも結構きつかった。日ごろの運動不足がてきめんに表れる。

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 でも、こうして間近にクーポラを見ることが出来たことで疲れも吹っ飛んだ。

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 フィレンツェのレンガ色の街が一望。右の広場は、翌日にピッツァを食べた共和国広場。

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 真下を見ると、やはり結構な高さを感じる。やっと日が差してきた。

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 下に降りて、正面付近の外装を見た。絹の肌合いを思わせるような滑らかな模様が美しい。こうして見ると、ピンクの大理石がその美を一段とグレードアップさせているようだ。

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 正面扉のレリーフ。見事な立体感だ。

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 中に入ると、やたら広い。当時の全市民をも収容可能な空間を、というのがテーマだったこともあり、約3万人が一度に入れる広さだという。(ただし、その空間全体を撮るのを忘れていました)

 私が行ったのはクリスマスシーズンだったので、キリスト誕生のプレゼビオが作られていた。

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 内部の備品等はほとんど付属の美術館などに移されたため、中はがらんとした感じだが、唯一見ごたえのあるのは、天井画。芸術家列伝の著者として名高いヴァザーリらによる「最後の審判」がクーポラ内部の全面に描かれている。これも修復されてきれいになった。

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 身廊の長さは153m。巨大さが横から見ても実感できる。

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 天気の良い午後などは、このような人だかりでお祭りのよう。

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 こうして完成した大聖堂は、ミケランジェロをも感動させた。後にミケランジェロがローマに呼ばれ、サン・ピエトロ大聖堂の建設をまかされて、時の法王から「フィレンツェに負けない素晴らしいクーポラを」と命じられたものの、彼は「いくら法王様の御依頼でも、私の力をもってしても、あれより美しいものは造れません。フィレンツェの妹を造るベく最善は尽くしますが・・・」と語ったという。

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コメント

私は昨年3月に大聖堂のクーポラに上りましたけど、片道15分は掛かりました。時期柄、卒業旅行で来たと思われる学生さんの日本人客が多く、上る途中でクーポラから下りて来た日本人客に「後、どのくらい掛かりますか?」と聞いたりしながら上っていきました。当日はあいにくの曇り空でしたが、苦労が報われるだけの価値があった、と思う程に眺めは最高でした。3月初旬はまだまだ寒く、観光シーズンには若干早いとは言え、修学旅行で訪れたヨーロッパ各地からの学生さんや卒業旅行やツアー客の日本人が多く、賑やかでした。流石、「フィレンツェは色んな意味で凄い街なんだなぁ」、と思いました。

ところで、管理人さんは「トラム騒動」の事はご存知でしょうか?実は、大聖堂+鐘楼+洗礼堂の近くに建設予定のトラムのT2という路線が通るのですが、教会や美術関係者から「現代的なトラムが走ると、周りの景観を損ねる」とか「全長30Mを越すトラム車両の走行振動で建造物が劣化する」という事で反対運動が起きたそうです。で、一回住民投票が実施され、反対票が賛成票を上回ったものの、定足数の40%に僅かに足らずに、この住民投票は成立はしませんでした。で、この問題を受けて、会社側は大聖堂近辺のルートを地下に走らせる計画を考えているそうです。昨年、フィレンツェのトラムを乗った際に、終点のフィレンツェSMN駅前電停から伸びる駅前広場までの未使用の線路を見たのですが、一応は大聖堂方面のルートを見越していました。ただ、延伸工事は全くやっていなかったので、まだまだこの件については地上で走行するのか、地下で走行するのか、決定していない様です。まぁ、世界遺産があると、トラムを走らせるのも一苦労と言った所でしょうか・・・

最後になりますが、フィレンツェはいつ頃訪れたのでしょうか?

投稿: おざきとしふみ | 2012年1月29日 (日) 17時43分

おざき様

 へえ、そんなトラム騒動があったんですか。全く知りませんでした。フィレンツェには何度も行っていますが、一番最近では3年近く前、その時も1泊しただけでした。なので、最近の事情はよくわかりません。
確かに景観という観点からいえば、地下がいいのでしょうが、あれだけ古い町だと、ローマと同様に地下にもいろいろな遺跡があって、掘り返すことは難しそうですね。興味ある情報、有難うございます。

投稿: gloriosa | 2012年1月29日 (日) 22時17分

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 履歴書 | 2013年5月16日 (木) 15時55分

「履歴書」様

 コメント有難うございます。イタリアを中心にヨーロッパなどの旅行記、教会や美術の話を掲載しています。なるべく広範囲に話題を掲載しようと務めていますので、どうぞまたお立ち寄りください。

投稿: gloriosa | 2013年5月16日 (木) 20時37分

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