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2012年5月

オルヴィエート散歩・大聖堂ライトアップ

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 陽光を浴びた大聖堂の美しさとはまた別に、ライトアップされた姿も一見の価値がある。そんな夜のドゥオモの変化を追ってみた。

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 ほぼ日が沈み、ようやく照明が当たり始めたころ。

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 宵闇の中で、背景の空が淡いブルーに変化して行く。

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 ファザード中央の聖母被昇天の絵が、ほんのりと赤みを帯びてきた。

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 空は青味を増して行き、ファザードが輝きを強めてきた。

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 はっきりと照明がファザードを照らし出している。ただ、残念なのは最上部に照明が届かないライティングになっていたこと。空との境目が鮮明になることで、照明効果が映えるんだけどねえ。

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 空の濃いブルーがマックス状態で、とても素晴らしい背景になっていた。

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 ファザード中央部のアップ。薔薇窓は14世紀後半、アンドレア・オルカーニャ作。

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 エミエイオ・グレコの扉彫刻。扉が閉まると2人の天使が向かい合う姿になることを、この時初めて気付いた。

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 中央入口を見上げてみた。レース模様のようなきめ細かい装飾の凄さがこうして見ると改めて実感する。

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 ドゥオモの大きさもまた、間近で思い知る瞬間だった。

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 夕食の帰り、ドゥオモ通りを歩いてきて、ふと前にある大聖堂に気付いた時。こんな光景を毎日見ることが出来る人たちは幸せだろうな、などと思った。

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 大聖堂の真横のホテルに泊まったことの特権。早朝、無人のドゥオモ広場を部屋から眺めて一人悦に入っていた。本当は広場に出たかったのだが、ホテル玄関のオープンが午前7時とのことで、ちょっぴり残念。

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 そして朝。今日は晴天だ。午前中はこのようにファザードは影になってしまうので、ドゥオモ見学は午後がお勧め。

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オルヴィエート散歩・夕方から夜へ

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 オルヴィエートの街歩き3回目。夕方晴れ間が見えたので夕焼けを期待して西端の城壁に向かった。

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 下を見下ろすと、結構な高さがあることが分かる。

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道なりにカーブを回り込んで坂を上ると、とんがり屋根を持つサン・ジョヴァンニ教会が見えてきた。

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 青空が目に沁みるほど。

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 坂を登り切り、西の方角を見やると、空が茜色に染まり出した。

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 遠くの山並みはイタリアを南北に貫くアペニン山脈。雄大な眺めに出会えた。

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 手前の木の枝がちょっとしたオブジェのような曲線を描いていた。夕陽とのコラボ写真を1枚。

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 城壁越しに沈んで行く夕陽。雲が多かったけど美しい日没だった。

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 教会の屋根にある天使像が祈りを捧げている姿が印象的だった。

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 街に戻る途中、事前にチェックしていたレストランに偶然行き着いた。「ラ・パロンバ」という店で、いろいろなサイトでは町一番との評判で、「予約なしでは無理」と書かれていた。でもたまたま着いた時間が開店時間ピッタリの午後7時30分で、聞いてみると1席だけ空いているという。ラッキー!

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 注文したプリモはウンブリッケといううどんのような太いパスタのトリュフかけ(umbrichelli al tartufo)。テーブルに飛び散るくらいたっぷりとトリュフをかけてくれた。もちろんブオーノ!

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  レストランを出ると、もうすっかり夜。でもこの町は治安もよく夜の街並みも美しい。

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 大聖堂の夜景もカメラに納めたのだが、それは次回にまとめることにして、今回は通りの夜の風景を。大聖堂から少し外れた小路。ブルーのネオンがちょっと刺激的。

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 ドゥオモ広場の時計塔が見えてきた。

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 オルヴィエートは白ワインが有名。ワイン、チーズなどの並ぶショウウインドウに、なぜかイノシシ君も。

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 街の中心地付近のカヴール通り。落ち着いた風情が心地よい。

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 しっかり満月が・・・。ではなくて、中央真上にある白い円はモーロの塔という建物の時計盤でした。

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オルヴィエート散歩・絶壁からの風景

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 散歩を続けよう。共和国広場からさらに西に行くと、高台の端にさしかかる。

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 古い家並みが連なる歴史を感じさせる通りにさしかかる。

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 高台の西北端にはサン・ジョヴェナーレ教会が建っている。1004年建造というこの町最古の聖堂だ。正面に円形アーチの扉があり、薔薇窓、四角いしっかりした鐘楼など、いかにも時代を感じさせる造りだ。

 ちょうど修復工事中で閉まっていたが、工具の整理に来た職人さんにお願いして、少しだけ中に入れてもらった。

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 このように雑然とした内部だったが、奥の壁に描かれたキリスト磔刑図などフレスコ画が残っており、整備されれば素敵な空間になるだろうと思わせる場所だった。

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 ここから先は絶壁。教会前の小広場は、城壁の外の風景が一望できるスポットでもある。

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 崖の下に広がる家並み。正面の山の向こうは、先に紹介した「ボルセーナの奇蹟」の起きたボルセーナ湖の町がある。

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 日が差してきて、田園風景が明るく浮かび上がった。

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 清々しい風が吹きわたっている。

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 その広場に子供を連れた若い父親がやってきて、私が日本人とわかると東日本大震災と福島原発事故のお見舞いの言葉をかけてくれた。話を聞くと、彼は結婚して今はオルヴィエートに住んでいるが、出身はウクライナだとのこと。「私たちの国もチェルノブイリ事故で不幸な経験をしました。日本も負けずに頑張って」と励まされた。その彼の愛するお嬢ちゃんの写真を1枚撮らせてもらった。

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 南側に回ると、花の並ぶ階段を見つけた。

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 とっても良い天気になってきた。

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 高低差のある魅力的な景色が展開する。

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 この辺が最も絶壁具合が分かる場所になっていた。

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 街中に戻る途中、満開の桜に出会う。

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 ドゥオモに近づいた場所で、脇道に入ったらこんな壁面装飾が施された建物を見つけた。ルネサンス期に流行したスグラフィット装飾という工法で、地の色を塗り込めた後でひっかくようにして絵を描く手法。チェコ・プラハでもお目にかかった。

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 北側の小さな公園にはこんな現代的なオブジェが置いてある。

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 ようやくドゥオモに戻った。狭い日陰の道路から日の当たる大聖堂を正面から見ると、眩しいほどの神々しさを感じてしまう。視覚効果を十分に計算して造られたのだろう。

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オルヴィエート散歩・中心街を歩く

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 オルヴィエートの散歩に出かけてみた。

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 スタート地点は大聖堂から。ドゥオモ広場はいつも賑やかだ。

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 ドゥオモ通りを北に向かう。商店が並ぶこの通りにはベンチも置かれて、居心地の良い場所になっている。

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 あらら、こんなところにピノキオの像が。そういえばピノキオはイタリア生まれだったっけ。

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 こんな趣のある回廊も。

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 街を東西に貫くカヴール通りに入ったら、パパがお嬢ちゃんと路上で遊ぶ風景に遭遇した。

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 少し西に行くと、左にあるヴァルヴェリオ・ミケランジェリ小路という、いかにも芸術的な通りを発見した。

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 通りの両側に木彫りのいろいろな作品が並んでいる。

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 平べったい牛がいるかと思えば・・・

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 トロイの木馬風な馬もいた。

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 哲学者かと思われる髭の紳士の近くには・・・

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 何とも優しそうなおばあちゃんも。

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 カヴール通りに戻って、レプブリッカ広場まで行くと、12角形という珍しい鐘楼を持つ聖アンドレア教会が建っている。1400年代の柱廊を持つロマネスク・ゴシック様式の教会だ。

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 中に入ると、受胎告知の絵が目に入った。この大天使ガブリエルは、普通の若者みたい。

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 堂内はかなり暗かったが、ただ一点だけ光の灯った場所があった。それが、この聖母像。上半身部分だけの照明のため顔にスポットライトが当たったようになり、暗闇から聖母が浮かび上がって、一層神々しく見えた。思わず手を合わせてしまった。

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 帰りがけ、入口上部にも聖母子像が。とにかくイタリアの教会はマリア様だらけです。

 次回はさらに西に進み、絶壁を眺めてみよう。

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大聖堂に偽キリストがいた!  オルヴィエート

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 さあ、オルヴィエート大聖堂の中に入ってみよう。両脇に並ぶ太い柱群によって堂内は3つの身廊に分かれている。白黒の横縞が特徴的だ。

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 左奥に、イッポリート・スカルツァ作のピエタ像がある。ピエタは彫刻の場合哀しみの聖母マリアと死せるキリストの2人で形成されるのが一般的だが、これは4人の群像形式をとっている。後方に立つのがニコデモ(又はアリマタヤのヨセフ=2人ともキリストの遺体を引き取って埋葬した人)、マリアの横に寄り添うマグダラのマリア。立体表現だけに4人の造形が複雑に絡み合うことになるが、イッポリートは破たんを見せることなく、悲しみの場面を劇的に完成させている。

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 4人の群像によるピエタといえば、フィレンツェ・ドゥオモ付属美術館にあるミケランジェロのピエタが思い起こされる。人の配置こそ違え、雰囲気はかなり似ていると思う。そんなことを考えていたら、聖母マリアとキリストの構図は見覚えのあるものに見えてきた。

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 そう、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロの最初のピエタ像とそっくり。特にキリストのやせ細った体、腰布、足の垂れ具合など、実に良く似ている。

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 角度を変えた像。作者は偉大な先輩ミケランジェロをリスペクトし、また大きな影響を受けていたことが十分連想される。

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 中央祭壇には十字架が置かれ、壁面全体にマリアの生涯を描いたフレスコ画が展開されている。

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 大聖堂には2つの重要な礼拝堂がある。左奥はコルポラーレ礼拝堂。コルポラーレとは聖体布のこと。「ボルセーナの奇蹟」というエピソードに由来する礼拝堂だ。1263年、ここから南西10キロほど離れたボルセーナという町の教会で、ある司教がミサの最中、聖体の神秘についてふとい互いを抱いたところ、聖体から血が流れ出して包んでいた布を赤く染めたという。

 聖体とはパンのことで、ミサの時このパンがキリストの体、ワインがキリストの血に変わるというもの。こうした出来事を知った法王がその布を祀るための教会建設を命じ、この大聖堂が造られたというエピソードだ。

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 まさにこの大聖堂建設の基となる話で、聖体布は中央の聖遺箱に厳重に保管されている。

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 また、壁面には聖体の奇蹟の物語が天井に至るまでびっしりと描かれている。右端に少しだけ見えるのは、シエナ派の画家リッポ・メンミ作の「慈悲の聖母」。この礼拝堂の空間も独特の雰囲気に満ちていた。

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 そして、最も注目されるのが、右にあるサン・ブリツィオ礼拝堂だ。

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 この絵の中央、台座の上に立って説教しているのは、実は偽のキリスト。本当のキリストによく似ているが、後ろで耳打ちする悪魔に操られているのが見える。つまり、キリストの教えを引き継ぎ広めるための本拠地である大聖堂に堂々と偽のキリストがいるという、実に珍しいことが、この教会では起こっているわけだ。

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 悪魔の教えなので、人々の心はすさみ、左前では殺人を行う人がいたり、その右横では老人から金を受け取る娼婦がいたりと、荒廃した世界が描かれている。

 この時代、フィレンツェではサヴォナローラが神権政治を行ってメディチ家から実権を奪い、その後には法王から破門されて処刑されるという事件が起きていた。礼拝堂の絵を描いたルカ・シニョレッリは、メディチ家のロレンツォ豪華王の保護を受けており、制作直前に起きたサヴォナローラの事件を念頭に置き、偽キリストにその姿を投影して描いたといわれている。

 この礼拝堂の壁画は最初フラ・アンジェリコが手掛けたが、途中で法王に呼ばれてローマに行ってしまい、中断されていた。その後を引き継いだのがルカ・シニョレッリ。1499年頃再開して1502年頃に完成させた。その証のためか、絵の一番左端にルカ、その隣にフラの姿を黒服で描いている。

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 描いた内容は黙示録から発想を得た世界の終りがテーマ。

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 この「地獄」の絵では善人と悪人の選別が行われる場面。人体のねじれや躍動する模様の表現などは後世にも影響を与えた。

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こちらは「死者たちの復活」

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 「神によって選ばれた者」。色彩も豊かで華やかだ。

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 フラ・アンジェリコは3角形の2区画を描いただけでローマに行ってしまったが、その2区画はこの写真上部の部分と思われる。

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 入口付近に戻って、左壁面にあるジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ作「聖母子」にも注目したい。この絵は16世紀の修復の際、聖母の右側に修復師が勝手に聖女カテリーナを書き加えてしまった。それが、最近になってようやく削られ、オリジナルの形に戻ったのだという。そういえば、右側にその痕跡がありますね。

こうして内部の主要な美術を見てきたが、壁画もじっくり見ようと思ったら何日もかかってしまいそうだ。一旦教会を離れて、高原の新鮮な空気を吸いに出てみよう。

 

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大聖堂ファザードに描かれた聖母マリアの物語・オルヴィエート

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 日の光を浴びたオルヴィエート大聖堂のファザードを詳し目に眺めてみよう。4本の大きな柱群の間にいくつかのモザイク画が描かれている。実はここに聖母マリアの生涯の物語が見事に表現されているのだ。

 向かって右下から始まり、右上、左上、左下、中央下、中央上と言う順序に進行して行く。

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 「マリアの両親」

まずは右上の絵から見て行こう。右の女性はアンナ、左の髭の男性はヨアキム。結婚して20年にもなるのに子供が授からなかった。しかしある日、天使が舞い降りてアンナに受胎を告げる。

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 「マリア誕生」

そうして生まれたのがマリアだった。従って、ヨアキムは義理の父ということになってしまうわけだ。

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 「マリアの神殿奉献」

画面は左上に移る。両親は3歳になったマリアを神殿につれて行く。マリアは階段を上って神のもとに行き、これから神殿での奉仕の生活が始まる。

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 「マリアの結婚」

時は過ぎて、14歳になったマリア。祭司長が真意を授かって、もう老人と言ってもよいヨセフをマリアの夫に選んだ。この絵では、ヨセフはそれほど老人には見えない。

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 「受胎告知」

ある日、大天使ガブリエルがマリアの許に訪れ、受胎を告げる。まだ男性を知らないマリアは動揺するが、「わかりました。私の身も心も神にお任せします」と、受け止める。

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 「キリスト洗礼」

そうしてキリストが生まれた。月日が経ち、キリストはヨハネの所にやってきて、彼の手で洗礼を受ける。その時1羽のハトが天に現れ、天の声が聞こえたという。

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 「マリア被昇天」

話はかなり飛んでしまうが、これはもうキリストの死んだ後のこと。キリスト磔刑の後マリアはエルサレムの都のはずれでひっそりと暮らしていたが、ある日大天使ミカエルが現れて、死の時が来たことを伝える。マリアは天使たちに支えられて天に昇った。キリストは自らの力で昇天したが、マリアの場合は被昇天になる。

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 「マリア戴冠」

天に昇ったマリアには天の父によって冠が授けられた。この絵がファザード中央の最上部に掲げられている。

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 戴冠図の下には薔薇窓と上部に12使徒、両脇には預言者たちがずらりと並んでいる。

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 そして、中央入口には聖母子像が供えられている。このように、大聖堂はまさにマリアの一生をファザード全体を使って表現、マリアに捧げられた教会であることが、一目瞭然だ。

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 そんな歴史的な大聖堂の扉に、かなり現代的な彫像が張り付いている。これはイタリアの現代彫刻界の第一人者であるエミリオ・グレコの作品。1960年ころに制作、設置された。まるでバレエの一場面のようなツイストする女性像だ。大聖堂は、このような中世と現代がすんなりと溶け合うように共存する空間でもある。

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 私が泊まったホテルは、そんな大聖堂を部屋から眺められる絶好のロケーションだった。

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 いつでも賑やかな大聖堂前広場を見下ろしながら部屋でくつろげるという、素敵な時間を持つことが出来た。

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オルヴィエートの大聖堂 金色に輝くファザード

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 今回からオルヴィエートの紹介に入ろう。ウンブリア州の南端、ローマから電車で1時間余りで到着する場所だが、あまり日本ではポピュラーではない町だ。しかし、素晴らしいゴシックの大聖堂があり、美術館にも隠れた名品が所蔵されている。

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 この町は切り立った断崖の上にある。これはバスで別の町に行くときに遠くから撮った町の風景。中央の高い建物が横向きの大聖堂だ。街全体がこうした高台の上に載っており、天空の町ともいわれる。

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 そのため、鉄道駅に降りるとすぐ目の前にあるもう一つの駅からケーブルカーに乗り換えて、崖の上に上がる必要がある。イタリア語でケーブルカーはFUNICOLAREと言う。

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 ケーブルカーは数分間の乗車で丘の上のカヘン広場まで連れて行ってくれる。地図を見ると中心街まではそれほど遠くない。それで歩いて行くことにした。

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 藤の花が垂れさがる道を歩き出したが、意外に上り坂が続く。しかも途中でスーツケースの車輪部分が壊れてしまったうえ、道路を1本間違って、結構大変な道のりになってしまった。

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 そんなこんなでようやくたどり着いた大聖堂。ちょうど晴れ間がのぞき、ファザードが金色に光り輝いていた。

 この大聖堂は1290年に着工され、シエナ出身の建築家ロレンツォ・マイターニらによって最終的には1600年に完成した。ファザードの形などがシエナの大聖堂にどこか似ていると思ったら、マイターニはシエナの大聖堂建築にかかわっており、その後にこちらの大聖堂建築主任に就任したのだとのこと。

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 これがシエナの大聖堂。確かによく似ている。

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 しかし、同じゴシック式の大聖堂でも、フランスの大聖堂とはかなり異なった形になっている。これはパリのノートルダム大聖堂。

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 こちらはフランス・ランスの大聖堂。フランスのゴシックは重厚で奥行きのあるがっちりした形をしているのに対して、イタリアゴシックは軽快で華麗といった対照的な姿をしていることに気付かされた。

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 オルヴィエートのファザードにあるモザイク画は24金の金箔をガラスに張り付けるというビザンチン工法で制作されている。従ってこんな輝くファザードにお目にかかれる晴れた日の午後が、絶好の見学日和になる。イタリアルネサンスの研究者ブルクハルトはこの大聖堂を「世界で最も偉大で豊かな多色モニュメント」と讃えている。

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 中央入口上部にはこのようなレースのように繊細な装飾柱が取り付けられ、聖母子像をアーチ状に取り巻いている。美しいでしょう。

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 最下部には2つの扉を挟んで4つの付け柱があるが、そこにはマイターニによる大理石の浮き彫りが施されている。旧約聖書、新約聖書、そして最後の審判の物語が詳細に描かれている。

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 我々にもなじみの深いものをピックアップしてみると、これはアダムの肋骨を抜いているところ。

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 その肋骨が見る見るうちにイヴになって行く。創世記のエピソード。

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 こちらは最も有名な場面。アダムとイヴが禁断のリンゴを手にするところ。

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 こちらはカインとアベルの話のようですね。

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 これは最後の審判で地獄に落とされた人々のようで。何と表情がバラエティに富んでいることか。

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 最後の審判に臨むキリストが中央上部に君臨している。

このように、文字の読めない人たちが多かった中世でも、こうしたものを見ることで宗教上の教えが浸透して行ったのだろう。それにしても、細かい作業を見事に完成させているのに感心してしまう。さらに、まだまだこの大聖堂のファザードは見るべきものが満載だ。

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フィレンツェの大聖堂が華麗に変貌する・ドゥオモ7変化

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 今回からオルヴィエートの紹介を始めるつもりでしたが、整理がついていないため、急遽1回だけフィレンツェの風景をアップします。フィレンツェのドゥオモ・サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の姿はいろいろな場面で登場しますので、イタリア好きな方なら見慣れた風景だと思います。でも、今回の写真はちょっと珍しい角度のものです。

 というのは、今回フィレンツェで宿泊したホテル(ホテル メディチ)はドゥオモからわずか200mという至近距離。しかも6階部分にテラスがあり、ドゥオモのクーポラ、鐘楼、ファザードがほとんど真横から見ることが出来るという絶好のロケーションでした。それで、このロケーションを活用して、一種の定点観測をしてみました。最初の1枚はチェックインしてすぐに撮ったもの。雨模様で空は雲で覆われています。

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 市内の散策をしてホテルに戻った夕方。ようやく晴れ間が見えてきました。

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 すっかり晴れて夕陽が大聖堂をオレンジに染めています。

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 日が沈み、ドゥオモのライトアップが始まりました。

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 夜になり、濃い青空を背景に大聖堂の姿が白く浮かび上がっています。

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 フィレンツェの夜に君臨する王のように、ドゥオモは輝きを増していました。

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 翌朝。朝日の昇るほんの少し前、明るい青空の中でのシルエットもなかなか美しかった。

 次回はオルヴィエートです。

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グッビオの教会群 聖アゴスティーノ教会の壁画

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 今回の旅は雨が多かったこともあって、雨宿りを兼ねての教会巡りを沢山しました。グッビオの教会で一番興味をひかれたのが聖アゴスティーノ教会です。

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 旧市街の東端、ロープウエイ乗り場や白トリュフを食べたレストランの近くにあり、外観は特に特徴もない造りです。

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 でも、中に入ると壁面を覆い尽くすかのようにフレスコ画が描かれています。

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 オッタヴィアーノ・ネッリとその工房による、聖アゴスティーノの生涯が華やかに展開されているのです。

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 聖アゴスティーノは354年アフリカのアルジェリアに生まれ、修辞学と哲学を学び、33歳でキリスト教の洗礼を受けました。以来熱心に布教活動を行い、彼の修道院生活の際に定めた規則は、キリスト教修道会の規範となっているという、キリスト教4大教父に数えられる聖人です。

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 この絵は横長ですが、左の部分をアップして見ると

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 金色の光が強烈に発散されています。面白い描き方。

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 この教会に入った時、地元の人たちが復活祭の行事の準備をしていました。写真を取っていいかどうかを聞いたところ、「プレーゴ」と、声をそろえて答えてくれたうえ、わざわざ祭壇の照明を点灯してくれました。こんな心遣いには本当に感謝です。

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 聖フランチェスコ教会は、アッシジのフランチェスコがグッビオにやってきた時に迎え入れた当時の地元有力者の家があった場所に建てられています。巡礼者がアッシジを出発して辿る「フランチェスコの平和の小道」の到着点がこの教会になっています。

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 ここにもネッリのフレスコ画があると聞いていたんですが、昼に入った時には気付きませんでした。ところが、夕食の帰り、教会に明かりが付いているので寄ってみると、ミサの最中でその左祭壇の壁がライティングされて壁一杯のフレスコ画があるのがわかりました。

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 祭壇にあった優しい聖母子像です。

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 ドゥオモは簡素な空間でした。

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 この礼拝堂だけが装飾が施され、荘厳な感じ。

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 こちらは聖ドメニコ教会。

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 ここも大きな建物です。

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 たまたまなのですが、キリストを描いた絵画に、外から差し込む日の光が窓の格子をシルエットにしてまるで十字架のような影を落としていました。一瞬神々しい思いになりました。

 さあ、次回はオルヴィエートに行きましょう。

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グッビオアラカルト 鳥かごのロープウエイ、ローマ劇場

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 今回は、グッビオの町を歩いて出会った物の紹介です。初めは、ホテルの朝食時にほんのちょっとだけ差した朝日。このホテルは昔修道院だった建物で、中庭があり、晴れていればそこから日差しが差し込みます。

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 町の西側に紀元前1世紀末に造られたローマ時代の劇場跡があります。半円形の美しい形をしています。

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 直径70mの観客席に1万人の観衆を収容できます。夏にはここで劇も上演されるようです。

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 遺跡越しにコンソリ宮殿が望めました。

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 もう一つの名物がとても“危険な”ロープウエイ。インジーノ山頂上まで4ユーロで往復出来ますが、ご覧のように、乗り物は至って簡素。スキーのリフトというよりは簡易鳥かごです。

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 乗り降りの時も停止はしないので、係員の指示に従って飛び乗り、飛び降りをしなければなりません。ある中年女性は降り損なって尻もちを着いていました。

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 でも、乗り心地は最高。春風を受けて次第に高度を上げて行くうちに、一瞬鳥になったような気分を味わえます。中島みゆきの「ああ~ 人は 昔々 鳥だったのかも知れないね~」という歌詞をくちずさんでいました。

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 ちょっと霞んでいますが、山頂付近からは街並みが一望できます。

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 この山頂にある聖ウバルド聖堂には、この町の守護聖人である聖ウバルドの遺体が安置されています。その後方のステンドグラスは新しいのでしょうか、青色が鮮やかです。巨大なロウソクを運び上げることで有名なロウソク競争のゴール地点はこの聖堂になります。

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 その模様を描いた絵皿が土産物店に飾られてありました。毎年5月15日が開催日。もうすぐですね。

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 私が行った4月上旬には、この町でも桜が咲いていました。

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 日本の八重桜のような感じで、ソメイヨシノに比べると花が密集していてこんもりといった感じ。

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 近くにはこんな花も咲こうとしていました。これはハナミズキ?撮影中に自転車のおじさんが話しかけてきて、私が日本人とわかると「僕の友人の奥さんが日本人だよ」とうれしそうに話していました。

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 「死せるキリストの行進」のために交通整理をしていた女性警官。決まっていますね。


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 この町の特産品に一つがトリュフ。思い切って白トリュフのタリアテッレを頼んでみました。オルビエートでは黒トリュフを食べたのですが、その時はテーブルでトリュフをぱらぱらと削ってかけてくれました。ただ、その写真を取り損ねたので、今回は、と思って準備をしていたら、もうパスタの上にかけたものが出てきました。残念。しかも、黒と違って白はパスタと同じ色なので、ちょっとわかりにくいですね。

 ただ、味はしっかり味わいました。やっぱり黒の倍近くの値段がするだけあって、ノーブルな香りがして美味でした。さらに、帰りがけオーナーの奥さん(美人でした)から自家製のホットチョコレートをサービスしてもらいました。

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 他にイノシシの肉料理もありました。(食べませんでしたが・・・)

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 一方、こんな古い街並みにとてもポップなピンクのバイクが。ミスマッチがなかなかシュール。

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 夕方、中心街のガリバルディ通りに突然、若者たちからおじさんたちまでぞろぞろと沢山の市民が集まってきました。でも、何かイベントが始まる様子ではない。不思議に思ってレストランでカメリエーレに聞いてみると、何が不思議なの?といった顔つきで「パッセジャータ」と答えてくれました。

 イタリアでは以前は全国的に夕方などパッセジャータ(散歩)を楽しむ習慣があったとは聞いていましたが、最近はもう廃れつつあると思っていました。でも、この町にはちゃんとその習慣が今でも続いているんですね。ちょっと感激・・・。

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 雨模様の夜、濡れた石畳に街灯の明かりが黄金色に映し出されていました。その道を、シアターからの帰りでしょうか、シックな装いの男女が余韻を楽しむように語らいながら歩いて行きます。

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 春霞の中に消えて行く二人を見守りながら、幸せなんて身近なところにこそあるのかも、などと思いつつワインを飲み干す夜でした。

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