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2013年2月

街中がひな祭り 千葉県勝浦市の「ビッグひな祭り」

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 今日はイスタンブールの旅は一回お休みして、季節感たっぷりの風景をお届けします。千葉県勝浦市で毎年恒例となった「かつうらビッグひな祭り」が今年も開催されています。

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 街の至る所にお雛様を飾る行事で、市内各所に合計25000体以上のお雛様が飾られています。

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 この催しは徳島県勝浦町が1989年に始めたものですが、同じ勝浦という地名の繋がりで勝浦市が町から7000体のひな人形を譲り受けて、2001年から始まりました。

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 特に目立つのは遠見岬神社の石段に飾られるひな人形。

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 60段の階段に1200体ものひな人形がずらりと勢ぞろいします。

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 また、墨名交差点では800体が車の通行を見守っています。

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 一つ一つをよく見ると、可愛らしい表情が浮かび上がります。

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 覚翁寺というお寺の山門前には600体がずらり。

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 市役所ロビーでは一段と大きな雛段が作られ、武家人形のようなものまでありました。

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 こんな愛らしい官女も。

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 街中の人形は竹に入ったものが多くありました。とてもスタイリッシュなデザインですね。

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 変わった飾り方もいろいろ。これはすだれ利用の陳列法。

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 こちらは酒樽を活用した陳列です。

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 昔風な人形も。

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 このひな人形が、個人的には一押しでした。

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 勝浦市は港町。帰り際に港に寄ったら、ちょうど夕陽が沈む時間でした。

*なお、この写真は6年前に行った時のものです。今年の開催は2月22日から3月3日までということでした。

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千年の歳月を経た2つのモスク

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 翌朝、7時きっかりに屋上レストランに直行した。レストランは宿泊客の朝食会場になっており、朝食タイムは午前7時から。特に腹ペコだったわけではない。このレストランがオープンしないことにはその先にある屋上テラスに出られず、モスクと直に対面できないからだ。

 この日のイスタンブールの日の出は7時25分。7時であれば、ぎりぎりライトアップがまだ続いているはず。思惑通り、モスクは朝靄の中に照明を浴びて浮かび上がっていた。

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 テラスに飛び出そうとしたが、ドアが開かない。笑いながらウエイトレスさんがカギを開けてくれた。

 寒い。でも気にならない。改めて正面のブルーモスクを眺める。

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 ゴシック、ルネサンス、バロック。さまざまな様式の教会建築に出会ったが、これは全く似ても似つかない異次元の建物だ。

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 丸い大きな山がいくつも連なる山脈のような景観を囲んで、宇宙を目指すロケットがスタンバイしているといった感覚だ。

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 少し赤みのかかったアヤソフィアが、すぐ近くにそびえる。次第に朝の気配が広がってきた。

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 さあ、朝食を摂ろう。レストランスペースに戻ってよく見ると何とも豪華な料理が待ち構えていた。

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 煮物、サラダ、肉類など広いスペースにどーんと何十種類もの料理が並んでいた。卵料理でもちゃんと茹で卵と目玉焼き、スクランブルエッグまであった。

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 ほとんど高級ホテルには泊まらないので、普通の朝食はパン、コーヒー、ヨーグルト。ハムがあれば万々歳といったレベルなのだが、ここのラインアップは私にとっては感動的でさえあった。(ただ、コーヒーだけはインスタントだったのが残念)

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 食事をしている間に、ライトアップは消えていた。どんより曇ったままなので、ライトがないとモスクも街の風景に埋没してしまったかのようになる。

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 改めてテラスに出る。スルタン・アフメット・ジャーミー(ブルーモスク)にはミナレットと呼ばれる尖塔が6本ある。(この写真では5本にしか見えないが)。ここから礼拝を知らせる呼びかけ=アサーン=が流される。

 アサーンは1日5回。その時間は①夜明け前の黒糸と白糸の見分けのつかない頃②黒糸と白糸の見分けのはっきりする頃③自分の影のない時(太陽が真上に来た時)④自分の影の長さが2倍になった夕刻⑤夜中ーーという。だから礼拝時間は季節によってもかなり違ってくる。

 でも、毎日何の反省もなくだらだらと過ごしてしまっている身としては、せめて1日1回くらい自己反省していればもう少しまともになれたかも、と思ってしまう。

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 ブルーモスクのミナレットに関してはどのガイドブックにも書いてあるエピソードがある。スルタンから「黄金の(アルトゥン)塔を」と要望された設計者は、「6本の(アルトゥ)塔」と聞き間違えてしまったとされる。

 その後が面白い。イスラム教の総本山であるメッカの大モスクも同じ6本のミナレットだったために、スルタンは恐れ多いとして設計者を急遽総本山に派遣し、メッカの塔をもう1本増築させたのだそうだ。その大モスクは1990年代に拡張工事が行われ、さらに2本追加されて現在は9本になっているという。

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 そのスルタンはアフメット1世。スルタン・アフメット・ジャーミーという名称はまさにこの名前から来ている。そして、設計者はメフメット・アー。後ほど登場する名建築家ミマール・シナンの弟子だ。1616年に完成した。

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 一方、アヤ・ソフィアの起源は360年。現在の形に再建されたのが537年。つまり、並んで建つ2つのモスクの間には実に1000年以上もの歳月が横たわっているということにびっくりする。

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 さあ、それではスルタン・アフメット・ジャーミーの見学に出かけよう。この日は木曜日。金曜日は本格的な集団礼拝の日で、礼拝中は見学禁止になるので、今日のうちに見ておいた方が間違いないからだ。

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雨の初日 闇のブルーモスク

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        <初めて対面したブルーモスク>

 しのつく雨が降り続いていた。空港のハワリマヌ駅から地下鉄に乗り、ゼイティンブルヌ駅でトラムに乗り継いだ。夜の郊外から旧市街に向かうトラムはそれほど混んでおらず快適に進んで行き、約1時間で目的のスルタンアフメット駅に到着した。

 トラムを降りると一気に強い風が雨を伴って吹き付ける。一瞬よろめきながら、初めての地で位置を確かめようと地図を取り出した。駅がここ、南側にスルタン・アフメット・ジャーミー(ブルーモスク)がそびえ、その西隣り付近にホテルがあるはず。しかし、そびえ立つイメージをふくらましていたブルーモスクの姿は見えない。手前の建物群が邪魔をしているのだろう。ただ、南に伸びる道があった。ここを進めばホテルに近づくに違いない。

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 スーツケースを引きずって少し進むと、ライトアップされた高い建物が目に入った。「ゴールデン・ホーン・ホテル」。名前通りに金色のホテルがあっけなく見つかった。

 チェックイン。4階の部屋を割り当てられ、エレベーターに乗り込む。ポーターが「トルコは初めて?」「良い所ですよ」などと気さくに話しかけてくる。4階に着き、ポーターは私の部屋番号を通り過ぎて廊下の突き当たりまで進んでいく。そして全面ガラスのドアを覆っていたカーテンを引いた。

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 「どうぞ、ご覧ください。これがブルーモスク」。ガラス越しに、ライトアップされたモスクがヌッと姿を現した。ポーターの粋な計らいだった。

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 ミナレットと呼ばれる太い柱も、模様が分かるほどに近く感じられる。その向こうのかすかな光は、ボスポラス海峡を越えてアジア大陸に灯る明かりだ。

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 そして、幾重にも重なって盛り上がる半円のクーポラ群が、これまで慣れ親しんできたヨーロッパの教会とは全く異なった迫力で、目の前に迫ってきた。

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 部屋に入って荷物を置き、窓を開けた。と、その向こうに屹立するもう一つのモスクがあった。こちらがアヤ・ソフィア。今は博物館になっているが、イスタンブールの栄華と衰退の歴史を見続けてきた、最も古く格式ある象徴的な建築物だ。

 確かこのホテルには屋上があったはず。そこなら2つのモスクがいっぺんに見えるかも。

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 屋上で、私はかつて夢中になって読んだ沢木耕太郎の「深夜特急」の一節を思い出していた。沢木は真夜中にアジア側からイスタンブールに着く。バスで知り合った青年の後について見知らぬ宿に泊まった。

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 翌朝、表に出てビックリする。「通りの斜め向こうに6本の尖塔を持った巨大なモスクの姿があったからだ。

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 左手にも巨大で力強い建物があるのが見えた。その2つの巨大な建物をしばし呆然と眺めた。6本の尖塔はスルタン・アフメット・ジャーミー、左手はアヤ・ソフィアだ。私の泊まったホテルは、まさにこの2つのモスクを同じ角度から眺めるどんぴしゃりの場所にあった」。

 私も予約の際「多分」とは思っていたが、これほど真正面に2つのモスクが見えるとまでは思っていなかった。雨に濡れて重く沈んでいた気持ちが、瞬く間に舞いあがって行くのを感じていた。

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 さらに、もう1つの発見があった。アヤ・ソフィアの向こう側に赤いネオンが見えた。よく見ると色が変化している。それはボスポラス海峡に架かるボスポラス大橋のライトだった。沢木が来た当時はこんなライトアップはされていなかったはずで、一つ得をした気分になった。

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 ビザンチウム、コンスタンティノープル、イスタンブール。宗教と文明のはざまで栄光と混迷の歴史を繰り返してきた比類なき都市。街の真ん中に海を抱えた世界で唯一の都市。イスタンブールの初めての夜はこうして暮れて行った。

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イスタンブールに出発 トルコ航空のサプライズ

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 昨年末のイスタンブール、ローマ旅行に戻ろう。ローマのクリスマスに関する話題は一通り終了したので(ただ、クリスマス当日にその姿を見た法王ベネディット16世が引退を発表したのには驚いた)、旅の順序に従ってイスタンブールの話に入ろう。イスタンブールに行くには直行便を出しているトルコ航空に乗るのが一番。そこで初めてトルコ航空のチケットを購入した。同航空のホームページからウエブ購入が可能だ。

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 これまで何度か利用してきたJAL、エールフランス、アリタリアなどと比べて目新しいことがいくつかあった。まず、機内に乗り込む際にスリッパが渡された。機内でリラックスしてください、という配慮だ。

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 次に、座席に座った後で、昔の鉛筆ケースのようなアルミの箱が配られた。中を見ると歯磨きセット、耳栓、アイマスク、リップクリーム、靴下まで入った「機内便利セット」だった。他の会社のエコノミークラスではこんなに盛りだくさんのセットはもらったことがなかった。また、ファーストクラス限定のようだが、コックが乗り込んで料理をするとのことだった。

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 途中、ちょっとしたサプライズがあった。機内のレインボーカラー照明。しばらく暗くなっていた機内が、イスタンブールに近づいて軽食提供の時間になると、点灯した照明が七色に変化した。

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 青から赤へ、さらに緑へと次々に変化する。眠気を覚ますのにはいいのかもしれない。

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 成田ーイスタンブール間の運航はほぼ毎日あり、昼出発で現地には夕方に到着する。全日空とのコードシェア便だったが、私はイスタンブールからローマに乗り継ぐチケットで、ネットで比較した料金はトルコ航空の方が安かった。

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 日本とトルコでは時差が7時間。日本で昼の12時だと、トルコでは午前5時ということになる。なお、イタリア、フランスなどヨーロッパの主要国は時差が8時間ある。電圧は220Vで、イタリアなどと同じだった。

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 機内の映画は結構最新作をそろえており、その多くは日本語の字幕も付いていた。

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 食事もケバブも選べるなどバラエティに富んだ内容で、「トルコ航空いいじゃん」、といった印象だった。ただ、1つ面倒なのはリコンファームをしなければならない事。それも、私の場合はイスタンブールからローマに行き、そこからイスタンブール経由で日本に帰るルートだった。それで、1度はイスタンブールからリコンファームの電話をしたら、最終目的地のローマからでないとリコンファームは受け付けられないといわれてしまった。

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 やっと普通の照明に戻った。

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 飛行ルートは、シベリアの北側を飛ぶ一般的なヨーロッパ路線よりも南の地域を飛んでいた。この図で飛行機が南下しようとしている南側の海は黒海。この海の東沿岸に来年冬季オリンピックが開かれるロシアのソチがある。つまりソチとイスタンブールは同じ黒海沿岸の都市ということになる。

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 こちらは帰りの航路。帰りの方がもう少し南側を飛んでいたようだ。ただし、もうずっと昔に南回り路線でスペインに行った時はインドのムンバイを経由していたので、それに比べれば随分北を飛んでいた。

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 現地時間午後6時過ぎ、イスタンブールのアタチュルク空港到着。入国カードも必要なしでスムーズに入国手続きは終了した。両替は空港内の銀行で済ませた。日本でもTL(トルコリラ)の両替をするところがあるが、日本では需要が少ないので50%近い物凄い手数料を取られる。絶対現地での両替がお勧め。なかでもグランドバザール内の両替屋の評判がよいようだ。

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 ホテルのある旧市街まで地下鉄とトラムを乗り継いで行くので、売店でイスタンブールカードを購入しようと地下鉄まで来たが、カードを売っている売店がみつからないまま地下鉄改札口まで来てしまった。自動販売機はあるのだが、使い方を聞こうと近くの人に話しかけても、トルコ語が分からず通じない。困っていると、親切な人が地下鉄の係員を連れてきてくれた。そこで係員に全面的にお願いしてカードをゲットすることができた。

 1回券を買うだけならそう難しくはないのだが、私は割引率が高く、それ1枚で何度でも使えるカードが欲しかった。いろいろ教えてもらって、実践してわかったことは以下の通り。このカードは最初に購入する場合6TLの保証金がかかる(カードを返還すれば6TLは戻ってくる)。それにプラスして投入した金額だけカードに充填されており、改札を通る度にある金額が差し引かれる。つまりプリペイドカード方式になっている。1回券だと4TLかかるのだが、このカードだと1回乗車で1・9TLしか差し引かれていなかった。半額以下の割引になっていたということだ。これで地下鉄、トラム、アジア側への連絡船などにも利用できる。私は滞在中これ1枚で合計7回もいろいろな交通機関に乗車して歩きまわった。

 さあ、次回からはイスタンブール探訪だ。

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浅草寺の昼と夜 境内散歩

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 前回の続きで、浅草寺の境内をぶらぶらした時の様子をご覧ください。

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 雷門を過ぎると仲見世、いつもにぎわっています。ここの土産菓子の人気ベストスリーは雷おこし、人形焼き、芋ようかんだそうです。

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 本堂手前に建つ宝蔵門。ぶら下がる巨大な提灯は、日本橋小舟町奉賛会からの奉納。高さが3.75mあります。

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 線香の煙で厄払い。けっこう煙い。

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 本堂の階段を登って宝蔵門を見下ろします。提灯の両脇にある吊り灯篭は銅製で1000キロの重さ。

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 こちらは本堂の提灯。

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 本堂中央には大きな仏壇があります。この中には聖観音像が入っています。ホームページによれば、この観音像は628年隅田川で漁をしていた漁師の網に引っ掛かったもの。金色で5・5cmの小さな像で、これを祀るために漁師の主人が自ら出家して寺を建立して供養したとか。それが浅草寺の始まりです。その観音像は、秘仏ということで御開帳されず、ほとんど見た人はいないとのことです。

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 そのかわり、と言っては何ですが、天井に優雅な天女が2体空を飛んでいました。

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 堂本印象作。「天人の図」。新しいですね。

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 お祈りする人たちは真剣ですね。

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 次第に夕方になってきました。スカイツリーと五重塔。

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 本堂もライトアップされました。もともとは3代将軍徳川家光が建立を命じた国宝の建物がありましたが、1944年3月10日、東京大空襲によって焼失してしまいました。今の建物は、1958年に再建されたとのことです。

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 五重塔も同じ大空襲で焼けてしまい、再建されたものです。高さは48mあります。

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 宝蔵門の壁に掛けてある大きなわらじは、山形県村山市から奉納されたもの。長さは実に4・5mもあります。

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 本堂は2009年から2年間ほど屋根の吹き替えをしていましたね。今はすっかりきれいになっています。

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 五重塔の照明は非常にコントラストがはっきりしており、空が暗くなればなるほど塔の輝きが強くなっていました。日本の建物も美しいですよね。

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東京スカイツリーに昇った

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 友人との久しぶりの再会を機に、一緒に東京スカイツリーに昇ってきました。オープンは昨年5月なので、かなり遅めの初体験でしたが、天空からの眺めを堪能してきました。冒頭の写真は別の日に撮ったもので、この日は曇り、少し霞がかかった状態でしたが、そこそこの視界はあり、東京の街を一望出来ました。

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 切符売り場までは約40分の列が出来ていましたが、エレベーターに乗ると、一気に350mまで1分もかからずに上昇。さらに上に450mの場所に天望回廊という場所がありますが、我々はここの第1展望台で下界を眺めました。それでも東京タワー(333m)より高い標高です。真下には浅草界隈の風景が広がります。墨田区役所やアサヒビールビルなどが目の前。

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 隅田川の先、こんもりした森が見えるあたりが浅草寺境内です。

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 手前左側の薄緑の屋根は国技館。先日大鵬さんの葬儀の時にここが映っていました。その先に東京タワーがほっそりと立っています。横のビル群は大手町~丸の内にかけてのものです。

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 西方面を望むと、新宿副都心のビル群が遠くに建ち並んでいます。隅田川から新宿まで同じ視界に入ってしまうというのがスカイツリーの凄い所です。

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 ちょっと拡大してみました。右奥の白い円形は、東京ドームです。こうして見ると、東京は超過密の都市ですね。

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 角度を変えて、お台場方面を見ています。

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 隅田川を溯って見て行くと、荒川の大きな流れに突き当たります。

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 地上が直に見えるガラスの床もありました。さすがにちょっと怖い!

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 スカイツリーを下りて浅草まで歩きました。せっかくなので浅草寺にお参り。ここの境内から、五重塔とスカイツリーがいっぺんに見られるスポットがありました。

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 宝蔵門とツリー。浅草寺はライトアップされたのですが、ツリーのほうはなかなか照明が点かない。しびれを切らして、飲みに行ってしまいました。それで、別の日に撮っていた風景をご覧下さい。

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 ツリーとアサヒビールのモニュメントのコラボ。

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 ライトアップスタート。ライティングのデザインは通常「粋」と「雅」の2種類を交互にアップしています。この日は「粋」でした。隅田川の水を表わすブルーを中心として、潔い江戸の気風を表現しているのだそうです。

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 背景の空が暗くなってくると、ツリーの照明が一層引き立ってきます。

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 高速道路のカーブラインとツリーの直線とが面白い対照を見せていました。

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救世主誕生の風景 ローマのプレゼピオ

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    <サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会のプレゼピオ>

 今回のローマ滞在中、16の教会を巡った。そこでクリスマスシーズンならではの珍しい光景に多く出会った。キリスト誕生の場面を再現するプレゼピオだ。プレゼピオとはイタリア語で馬のえさを入れる飼い葉桶のこと。

 聖書によると、ヨセフとマリアの夫婦が生まれてくる子供の住民登録のために先祖の町ベツレヘムに行った。しかし、宿が見つからず馬小屋で寝ていた時にキリストが生まれた。それで飼い葉桶に赤ちゃんを寝かせたことが、語源となった。

 先日はサンピエトロ大聖堂前広場の大規模なプレゼピオを紹介したが、他の教会でもいろいろバラエティに富んだものと出会ったので、その一部を紹介しよう。

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 サン・ピエトロ大聖堂の内部にもプレゼピオが造られていた。通常の礼拝堂1つ分のスペースを使い、沢山の人物が配置されている。

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 12月23日早朝で、まだ完成前。よく見ると左端で職人さんが作業中だった。

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 次に訪れたのが聖イグナティオ教会。まだキリスト誕生前なので、赤ちゃんの姿はない。

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 同教会の別の礼拝堂には子供たちの造った紙人形による可愛らしいプレゼピオが飾られていた。

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 ローマの教会の中でも最初に建てられたといわれるサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会。特徴的なファザードだ。

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 ここのエントランスには、教会の形をそのまま再現したプレゼピオが。

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 地元の人たちの生活ぶりを再現した庶民的な内容だった。

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 24日夜に訪れた、サン・ピエトロ広場のすぐ近くにあるトラスポンティナ教会。主祭壇の前に、空っぽの揺りかごがぽつんと置かれていた。

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 夜が明けて25日。カヴール橋のたもとにあるサン・ジャコモ教会の主祭壇には赤ちゃんキリストがいた!前日までは空席だった籠の中に、この日一斉にどこの教会でも赤ちゃんが登場した。これがまさにクリスマス。

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 ポポロ教会でも、豪華な祭壇装飾をバックに、ピンクのほほをした珠のような赤ちゃんが愛嬌を振りまいていた。

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 こちらはサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会。あのベルニーニの彫像「聖テレーザの法悦」の横で赤ちゃんキリストがちょこんと座っていた。

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 同教会の別の場所にあったプレゼピオ。両親、キリスト、そして馬小屋と馬。まさに原典通りの光景だった。

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 ソプラ・ミネルバ教会のものはもっと簡素で、逆に清々しくさえ思われた。

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 聖アゴスティーノ教会。ここには両親、キリストの他に洗礼者ヨハネが傍らに座っている。

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 フランチェージ教会は人形が一杯。でも、キリストはどこにいるのか、と思ったら、後ろに飾られた絵はキリスト誕生の絵。これなら人形はいらない。2次元と3次元を融合させた、ちょっと遊び心のある展示方法だった。

 このようにバラエティ豊か。教会の内部も通常は暗い感じだが、この時期だけは明るいライティングがなされていることが多く、華やかな感じ。祭壇画も見やすい状態になっていた。

 多分12月25日にはローマ中の、いやイタリア中のカトリック教会の数だけ赤ちゃんキリストが誕生して愛嬌を振りまいていた。それもカトリックの本拠地ならではの珍しい光景で、なんか得した気分だった。

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サンタンジェロ橋と10人の天使たち

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 サンタンジェロ橋は見事にピクチャレスクな橋だ。サンタンジェロ城に向かって、橋の両側に10体の天使像がずらりと並ぶ。そのどの像もそれぞれに美しい姿で我々を迎えてくれる。

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 よく見るとその像が皆いろいろな物を持っている。実はそれらのものがすべてキリストの受難と関係するものであることを、最近知った。

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 例えば一番わかりやすいのは十字架。まさにキリストはこれに磔になった。

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 十字架にキリストを固定した釘。

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 突き刺した槍など、いずれもキリストに苦しみを与えた道具だ。

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 制作を企画実行したベルニーニは、なぜことさらに重い思い出の品々をこの橋に並べようと思ったのだろうか。

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 それはまさに、この橋のある位置関係が大きな要因になっている。サンタンジェロ橋は、城と同時期に造られた。ただし、ルネサンス時代になっても教皇庁のあるヴァティカンとローマとを隔てるテヴェレ川に架かる橋はこれ1つだった。

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 従って、キリスト教の総本山であるサンピエトロ大聖堂を訪れるためには必ずこの橋を渡らねばならない。

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 それも、巡礼者たちはイタリアだけでなくヨーロッパ各地から長い長い旅をしてようやくたどり着く。疲れた体、でもやっと到着したのだという安堵感を伴って橋を渡り始める巡礼者たちを、この彫像群が出迎えてくれる。彼らは感激の気持ちで像を見上げるだろう。

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 長い時間をかけてここまで巡礼してきた信者たちだけに、必ず天使たちの持つ受難の道具に気付く。私たちに代わって計り知れぬ苦難を背負ってくれたキリストの生涯を改めて思い起こし、最終目的地の大聖堂に、心新たに詣でるという、壮大な演出を、ベルニーニと依頼主の法王クレメンス9世は、ここで仕掛けていた、というわけだ。

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 また、天使たちは太陽の移動に伴って様々に表情を変化させる。朝日を浴びた時の像は清々しく見える。

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 同じ像でも、夕方逆光でシルエットになれば、神秘的な姿に変身する。

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 それは、城との関係においても同様だ。昼は光を浴びた像が白く輝き、背景の城のブラウンが白さを引き立てる。

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 だが、夜になるとライトアップされた城の大きさを、シルエットになった像たちが引き立てているように見える。これもベルニーニのはかりごと?

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 10体の天使像のうち8体はベルニーニ工房の作で、ベルニーニ自身の作品は2体だけ。それも本物は別の場所に保管されており、橋にはレプリカが設置されている。

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 本物のあるサンタ・マリア・デッレ・フラッテ教会に行ってきた。こちらは上書き書を持つ天使。

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 そして荊の冠を持つ天使。いずれも教会の主祭壇両脇に置かれていた。本物の迫力はさすがだったが、サンタンジェロ橋という環境に置かれた天使たちの美しさもまた、忘れ難いものだった。

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