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専制教皇と激情の芸術家が残したものーサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会

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 1505年、フィレンツェであのダヴィデ像を完成したばかり、30歳のミケランジェロの許へ、時の教皇ユリウス2世から仕事の依頼が届けられた。その内容は、古代ローマ時代に匹敵するほどの大規模な教皇自身のための廟墓制作。構想では、長さ9m幅6m40体の彫刻を組み合わせ、中心にモーゼ像を配置するという大規模なものだった。

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 もともと絵画より彫刻こそが自らの本分と考えていたミケランジェロは大いに心を動かされ、早速準備を始めた。

 しかし、わずか3年後の1508年、ユリウス2世はサン・ピエトロ大聖堂の再建に気持ちが移ってしまい、今度はミケランジェロに大聖堂内システィーナ礼拝堂の天井画制作を命じる。芸術に理解を示し、ミケランジェロの才能を高く評価する教皇だったが、同時に絶対の服従を要求する専制教皇でもあった。

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 一方、ミケランジェロも教皇の芸術観に共感していたものの、その強引さには辟易する。もちろんミケランジェロ自身も激情的な性格の持ち主で妥協嫌い。激しい性格の2人だったが、やはり教皇の権力には抗しがたく、ミケランジェロは天井画制作に従事することになる。

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 不本意の仕事とはいえ芸術に妥協しないミケランジェロは、5人の助手を全員クビにしてたった一人であの壮大な天井画制作に取り組む。一方教皇は毎日のように制作現場に足を運び、ミケランジェロを叱り、脅し、慰め、励ました。

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 結局4年半の歳月をかけて1512年、あの壮麗な礼拝堂天井画が完成したが、それからわずか4カ月後にユリウス2世はこの世を去った。

 ミケランジェロはその後も廟墓制作に執念を燃やす。だが、後の教皇たちは熱意を示さず、結局小規模な廟墓が造られただけになってしまった。その廟墓のあるのが、ここサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会だ。

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 ミケランジェロが制作したのは、下段中央のモーゼ像と左右に立つ2体の寓意像だけ。ただ、パリ・ルーブル美術館の「奴隷像」、フィレンツェ・アカデミア美術館の未完の「奴隷像」ヴェッキオ宮殿の「勝利像」などはどれもこの廟墓のために手掛けたものだった。

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 モーゼ像は高さ2・35m、右手に十戒(律法)の刻まれた2枚の石板を持ち、左手前をにらんでいる。

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 眼光鋭し!というのはこんな目を言うのだろう。イスラエルの民を約束の地に導くという使命を果たすべく強い意志が発散している。この迫力、威厳はミケランジェロの執念をも思わせる凄さだ。

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 左の像は「ラケル」。瞑想的生の象徴像。

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 右は「レア」。こちらは活動的生の象徴。あまり活動的には見えないのだけれど・・・。

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 頭には2本の角が生えている。これは聖書の誤訳とされている。シナイ山を下りてきたモーゼの顔が「光り輝いていた」という表現の「cornutam」という単語は「角の生えた」という意味もあったことから、誤って訳されたということらしい。

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 ヴィンコリ教会創建の趣旨は、聖ペテロがエルサレムで牢に繋がれていた時の鎖(ヴィンコリ)を祀るために5世紀に建てられたもの。鎖はもう1本、ローマの牢獄で繋がれていたものもあり、2本をまとめて1本にしたという。祭壇の下の金色のガラス箱に入れられてあった。

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 主祭壇の後陣壁面にはびっしりと絵が描かれている。16世紀フィレンツェの画家ヤーコボ・コッピ(通称イル・メリオ)の作品だ。

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 目の高さにある3枚の絵は、向かって左から「牢獄から解放されるぺテロ」

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 「聖ユウェナリスから聖遺物の鎖をもらう皇女エヴドチア」

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 「(その娘の)エウドッシアから教皇に鎖が渡される」

つまり、ここに祀られた聖なる鎖がどのようにしてローマの教会に渡ったかを、絵で見せているというわけだ。

この教会はいつも大勢の信者たちで賑わっている。有名なモーゼ像があるのと、コロッセオからも近いため行きやすいこともあるのだろう。
 

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ローマ・教会巡り」カテゴリの記事

コメント

gloriosaさん、こんばんは。
いつも楽しみみています。
ミケランジェロのモーゼ象は迫力があり、圧倒されますね。 ミケランジェロが若くて力がみなぎった時期の作品でしょうか。ミケランジェロは人間味が有って大好きですね。 彼のピエタの作品を見ながら外面の美しさから内面の美しい調和へと年齢と共に変わっていくのが見て取れるような気が致します。
モーゼ象の制作にこの様な歴史が有るのを知りませんでした。 楽しみが一つふえました。

投稿: omoromachi | 2013年8月28日 (水) 01時09分

omoromachi様

 モーゼ像はミケランジェロが39歳から40歳頃の作品です。ちょうど人生の円熟期に差し掛かるころですね。サン・ピエトロ大聖堂のピエタを制作したのが24歳頃ですから、もうルネサンスの大スターになっている時期です。フィレンツェでは自らの制作したダビデ像の置き場所を巡ってダヴィンチと言い争ったり、システィーナ礼拝堂の天井画制作時にはラファエロと出会ったりなど、いろんな場所で天才たちが目立っていた頃のようです。

投稿: gloriosa | 2013年8月28日 (水) 21時36分

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