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2013年9月

聖母子の帰還を迎える住民たちが広場を埋めたーチステルニーノ④


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 {聖母子像の帰還。広場は住民たちで埋め尽くされた}

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 祭の行列は町北側のサン・カタルド教会付近に差し掛かる。もうゴールが近づいてきたので、先回りしてガリヴァルディ広場に戻ることにした。

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 ガリヴァルディ広場は、ここで聖母子像を出迎えようという住民たちが続々と集まってきていた。広場の上の通路は全体が見通せる特等席なのか、もう人で埋まっている。

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 広場の一角には夜店が出ていた。子供たちはこちらの方が興味を引くようで・・。

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 ああ、聖母子像が広場に戻ってきた。イルミネーションの光が聖母のほほを照らして、くっきりとその表情が見えた。

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 広場中央に到着した。住民たちの間から自然に拍手が沸く。

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 司祭や町長らしき人たちが町の平安と幸せを祈るスピーチを始めた。手前には、昨日の夕方見かけた聖母子像が見事に描き上げられて路面を飾っている。良く見ると、まさにこの町の聖母子像を描いたもののようだ。

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 イルミネーションのラインを見つめているような聖母子像の後ろ姿が印象的。

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 教会に上る階段を数段上ってみた。高台になったので広場の様子が良く見える。広場を埋め尽くす住民たちの熱気がムンムンと漂ってきた。

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 イルミネーションも一段と輝きを増してきた。広場は平和なひとときを喜ぶ人たちの歓声に包まれている。何と和やかな祭りなのだろう。

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 そして、住民たちみんなが聖母子像を見つめるまなざしの、何と優しいことだろうか。

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 一瞬大きな音がした。見上げると花火が上がった。祭終了の合図だ。

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 聖母子像が階段を上がってきた。再び教会に戻って行く。

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 母子のほのぼのとした愛情の交歓を思わせる、素晴らしい像が私のすぐ横を通リ過ぎて行く。その瞬間、二人の会話が聞こえたような錯覚を覚えた。

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 像は教会内の、昨日までいた位置に納められた。また、1年後の出番を、この場所で静かに待つことになる。

 私は、決して華やかではないが心に沁みるような温かい祭の興奮を噛みしめながら、ハミングと共に教会を後にした。

  

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伝統の夏祭りが始まったーチステルニーノ③

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 さあ、いよいよ祭りが始まった。

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 イタリアの祭りはだいたい夕方から始まることが多い。ここの祭りも例外ではない。午後、ブラスバンドのパレードがスタートし、町民に祭が始まることを告げて回る。

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 午後7時、マトリーチェ教会でミサが始まった。

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 この町の祭は「サン・クイリコの祭り」と言う。流行したペストの終焉を、守護聖人であるサン・クイリコに祈願したのが始まり。木製の聖母子像を中心にして、ガリバルディ広場から旧市街の周囲の道を町民挙げて一周する宗教儀式でもある。

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 ミサの間、パレードを盛り上げる鼓笛隊の学生たちがスタンバイ。

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 ミサが終わった。行列を先導する白マントの人たちが教会から出てきた。

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 それに続いて、いよいよ主役の聖母子像が姿を現した。教会を取り巻く町民たちから一斉に歓声が上がった。

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 聖母マリアが我が子キリストを見つめ、キリストが母を見上げる。ほほえましくも神々しいくらいの光景が像に凝縮している。

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 さあ、パレードの出発。ブラスバンドの音が高らかに鳴り響く。

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 花飾りをあしらった神輿に乗せられた聖母子像が、街に繰り出す。

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 それを真剣な表情で見つめる少女たちの姿もあった。

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 大通りに出た。町民たちはこぞって家から出て行進を見守り、また像の後ろから、一緒に行進に参加し始めている。

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 どの角度から見ても、聖母子像はほほえましい姿をしている。

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 旧市街周辺道路を半周したところくらいか。しずしずと行列が進む。

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 大きな四つ角を曲がる。後方の木々の向こうには見晴らしの良いイトリアの丘が広がっている。

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 聖母子像の後ろにちょうど、子供を抱えたお父さんが見守る。親子の像がシンクロしているみたい。このころには続々と町民が行進に参加し、列の長さはスタート時の3倍以上に長くなっていた。

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祭のイルミネーションは丸の内ミレナリオのルーツ!?-チステルニーノ②

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 祭の前夜には街の主要な通りが、イルミネーションで華やかに飾られた。

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 サン・クイリコの祭りを翌日に控えた街では、マトリーチェ教会の周辺でイルミネーション用の装置設置作業が進んでいた。

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 中心となるのはアーチ型をしており、この装置全体に電球が取り付けられている。

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 ただ、教会前のイルミネーションは真ん丸型。

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 夕日が沈み、イルミネーションが点灯し始めた。

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 良く見ると回転木馬の店も出ている。このイルミネーションはどこかで見たような気がして、記憶を思い起こす。

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 そうだ、2000年ごろ、年末の東京丸の内仲通りで展開されたイルミネーション「ミレナリオ」にそっくりだ。街の人に聞いてみると、こちらではずっと前からこの装置を使っているとのこと。そういえば、丸の内ではイタリアから技術者が来ていた。つまり、この装置はイタリアがルーツだったようだ。

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 宵闇が広がろうとする空に、黄金のイルミネーションがよく映える。

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 旧市街の外周道路には、列柱のような背の高い装置があった。

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 マトリーチェ教会前ガリバルディ広場では、青年が路面に聖母像を描いている最中だ。

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 夕食を摂ろうとヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場に行くと、ここもすっかり祭ムードが広がっている。

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 特設舞台ではバンド演奏の最中。

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 マトリーチェ教会のイルミネーションは点灯してみると、十字架を模したものだった。

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 帰りがけ、夜空一杯にイルミネーションが広がった。なんか幸せな気分!

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 これはチステルニーノとは無関係ですが、昨日は中秋の名月(旧暦8月15日)でした。しかもその日が満月と重なるという珍しい日だったので、月を撮ってみました。本当に真ん丸ですね。

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イタリア東南端・白い迷宮の街ーチステルニーノ①

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 今回から少し南イタリアの街を紹介しよう。スタートはチステルニーノ。といっても多くの人はご存じないと思うので、その位置から始めよう。長靴のような形をしたイタリア半島のかかとのあたりといった方がわかりやすいかも。プーリア州の少し内陸に入ったイトリアの丘の高台にある。海抜400m、アドリア海まで約15キロの地だ。

 私はローマからユーロスターで約5時間、そこからファッサーノに行き、その駅前からバスに乗って1時間かけて、やっとチステルニーノに到着した。この街を訪れようと思ったのは、イタリア建築史のエキスパート陣内秀信さんの本で紹介された“白い迷宮”という言葉に魅かれてしまったせいだ。

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 バスが到着したのはローマ通り。「ここがチステルニーノだよね」と運転手に確かめて下車してみたが、地図も持っていないし、方向が分からない。通りに停まっていた車に「○○というホテルはどっちの方角?」と訪ねてみた。荷降ろしをしていた彼は「ちょっと待って」と、荷降ろしを終えてから、私に向かって「車に乗りなよ」と話しかけた。えっ!どういうこと?

彼は笑いながら説明してくれた。「探してるホテルはそんなには遠くない。でもあんたは大きな荷物を持っているし、歩くには少し大変。だから俺の車で送ってやるよ」。有難い!

 南イタリアの旅はこうしてすこぶる良好な第一印象でスタートした。

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 チェックインして街の地図をもらい、旧市街(チェントロストリコ)まで歩いてみた。約20分。確かに荷物があると移動には大変かも。町の真ん中に旧市街があり、周辺に新市街が広がっている。その周辺にはアルベロベッロで有名なトゥルッリがあちこちに点在している。人口は1万人。旧市街には3分の1の人が住んでいるとか。

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 旧市街は壁に囲まれており、最初入口がわからず迷ってしまった。南北東の3か所にトンネルになった入口があり、そこをくぐると一瞬にして別世界が始まる。

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 道はほとんど短く折れ曲がっており、どう歩いても数10mで突き当たったりカーブしたりしている。だから見通しがきかない。家々はすべて石灰で真っ白に化粧され、見渡す限り白だらけ。

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 さらに、至る所に階段が付いている。それも手すりなし。むき出しの階段で石の家の壁伝いに上へ上へと伸びていたりする。

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 居住空間が広がるに従って上にスペースを継ぎ足したもののようだ。

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 それらが街にリズムを生みだしているように見える。

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 また、何か所ものアーケードが道の上に架かり、光と影のコントラストを見事に演出する。“白い迷宮”はまさにこの街を端的に表現する言葉だった。

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 この街の散歩は楽しい。歩いていて角を曲がると、おじいさんとおばあさんが路上で立ち話。

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 かと思うと、次の角では華やかなファッションの若い女性が現れる。

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 さらに進むと、ネコちゃんが階段上から私を珍しそうに眺めていたり、

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 かわいい男の子が「チャオ!」って挨拶してくれたりする。

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 壁にくくりつけの花壇と日光が造るオブジェも楽しい。

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 別の路地には花の絵がカンバスに架かっていたりもする。まるでハプニングの劇場のように次々予期せぬ風景が展開される町だ。

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 旧市街の中心にあるのがヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場。旧市街で迷ってしまったらとにかくこの広場に戻ることだ。

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 広場には仮設の舞台が出来ていた。聞いてみると、あさってはこの町最大のサン・クイリコの祭りがあるという。よーし、絶対見るぞ!

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柱上の変身、聖人たちの24時ーサン・ピエトロ大聖堂⑤

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 ベルニーニの造り上げたサン・ピエトロ広場は巨大な284本の柱が4列に並んで楕円形の空間を取り囲んでいる。その列柱の上にはずらりと聖人像が勢ぞろい。これらの聖人像は、朝昼晩と時間の変化に応じて様々な表情を見せてくれる。今回の旅は大聖堂近くに宿泊したことで、ほぼ毎日広場の前を通り、そんな変化を連日楽しむことが出来た。

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 夜明け前、ライトアップされた列柱から大聖堂ファザードにかけて聖人たちが列を作る。

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 照明の当たった聖パウロの後方には12使徒たちが控える。

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 日の出前、朝焼けの中でまるで「おはよう」と挨拶を交わしているよう。

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 聖人たちはとても早起きのように見える。

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 すっかり日が昇り、ファザードの使徒たちはオレンジに染まっている。

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 彼らもちょっと眩しそう。

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 昼前の風景。よく見ると聖人たちの姿は実にバラエティに富んでいる。

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 午後になり、太陽は西に傾き始め、広場は日陰になった。

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 クーポラから聖人たちの後ろ姿を見る。こうして見るとかなり大きいのがわかる。

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 横向き。もともと前だけが見られるように造られているので、後ろ姿は割とおおざっぱ?

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 広場から見た列柱と聖人像。カーブが美しい。

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 その列柱の端に、クリスマス用に造られたモニュメントが飾られてあった。キリスト誕生を祝うモニュメント。この時期でないとお目にかかれない。

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 遅い午後。雲が広がってきた。聖人たちがその雲を見つめる。

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 太陽が沈んで行く。ちょうどクーポラの陰に隠れた。彼らは、この日あった出来事を語り合っているかのようだ。

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 日が沈み夕焼け雲が空を赤く染める。その雲までドラマチック。

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 列を作って、沈んで行った夕陽を見送っている。

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 月が昇ってきた。ほのかな月明りの中の聖人たち。間もなくこの日も終わる。明日も争いごとのない一日でありますように・・・。

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教皇たちの墓碑とスタンダールが絶賛した像ーサン・ピエトロ大聖堂④

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 サン・ピエトロ大聖堂は、至る所に彫刻が配置されているが、その多くは教皇や著名人の墓碑になっている。つまり、教会はお墓だらけ。絵画作品はほとんどヴァチカン美術館に移されたが、彫刻類は本物。だから、この大聖堂内での美術鑑賞は彫刻に集中すればよい。もちろん、その代表はミケランジェロのピエタになるが、他にも見事な作品が並ぶ。

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 これはアレクサンデル7世の墓碑。バロック墓碑彫刻の傑作と称される、ベルニーニの作品だ。手を合わせる教皇の下に慈愛、正義、賢明を象徴する4人の像が配置されている。オレンジの衣の広がりがいかにもベルニーニらしい。

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 イノケンティウス12世。17世紀最後の教皇で、衰退しつつあるカトリックの権威の回復に尽力した。右の秤を持つ女神の格好が珍しい。

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 グレゴリウス13世。左手を挙げた教皇は、グレゴリオ暦、つまり現在の太陽暦を採用した人だ。

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 ピウス8世。相当に高い位置に設置されている。

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 この教皇はだれなのか、調べがつかなかった。

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 こうした教皇たちの墓碑オンパレードの中にあって全く異質の墓碑を見つけた。それは、入口近く、向かって左側身廊部分にあった。

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 スチュワート家の墓碑は、縦長の大きな大理石彫刻。墓の扉の両側に裸の天使が向き合う。

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 上部には亡くなったスチュワート家の人々の胸像。名誉革命で王位を失ったスチュワート家のジェームス3世はローマに亡命していた。2人の息子には子供がいなかったため、スチュワート家はそこで途絶えてしまった。

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 あの「赤と黒」の作家スタンダールは、1817年に大聖堂を訪れた際、この墓碑に釘付けになったという。

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 「この天使像の美しさを描写することは、僕には不可能である。それと向かい合うベンチに座って、僕のローマ滞在の最も甘美な時間を過ごしたのだった」と、最大限の賛辞を贈っている。アントニオ・カノーヴァの作品だ。

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 私もスタンダールのようにベンチに座って甘美な時間を過ごそうと思ったが、今はベンチはなく、向かいにはクレメンティーナ・ソビエスキ像が配置されていた。

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 中ほどにある神秘の礼拝堂では、厳かにミサが行われていた。

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 また、バルダッキーノの柱に接する形で聖母子像が置かれていた。以前来た時にはこのような像はなかったと記憶している。クリスマス時期の特別の像なのかもしれない。

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バルダッキーノ・ベルニーニが構築したバロック空間ーサン・ピエトロ大聖堂③

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 大聖堂内部の装飾は、教皇ウルバヌス8世とベルニーニとの関係を抜きにしては語れない。ウルバヌス8世は1623年から1644年まで教皇の座にあったが、即位したその日にベルニーニを呼び、彼に大聖堂内部の装飾を指示したという。

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 その最初の仕事がバルダッキーノの制作だった。この場所は唯一教皇だけがミサを行うことの出来る神聖な祭壇。ベルニーニは1627年にこれを完成させた。当時は30年戦争の影響でブロンズが不足しており、パンテオンの玄関廊の梁を外して調達したこともあったという。

 そうして完成させたのが、この破天荒な天蓋。ねじれねじれて舞い上がる炎のような円柱が、29mの高さまで立ち上る。真上のクーポラから降り注ぐ外光を吸いこんでしいそうなほどの暗さを保ち、大聖堂の中心という存在感を極限まで高めている。

 バルダッキーノというのはバグダッドのことで、バグダッドからもたらされた高級な布地で天蓋を作ったところから生まれた言葉だという。

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 ルネサンスの天才ミケランジェロが設計したクーポラから差し込む光に、バロックのスーパースター・ベルニーニの造形が照らし出される。まさに贅を尽くした空間がここにある。

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 教皇は、これを手始めに重要な美術企画のほとんどをベルニーニに託して、ローマをバロックの劇場と変貌させて行った。大聖堂広場、ナヴォーナ広場、サンタンジェロ橋など。彼はベルニーニを、もう一人のミケランジェロに育てようとしたのかもしれない。

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 バルダッキーノの周囲には巨大な4本の柱があり、それぞれに聖人の像と重要な聖遺物が祀られている。向かって右手前の像は聖ロンギヌス。ベルニーニの作品だ。

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 その上部の祭壇には槍の穂がある。ローマの兵士だったロンギヌスは、キリストが息絶えたかどうかを確かめるために、この槍の穂で突いたとされる。

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 右奥の像は聖女ヘレナ。アンドレア・ボルジ作。ベルニーニの弟子だ。

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 この上にはキリストが架けられた十字架の木片の一部がある。コンスタンティヌス帝の母である聖女ヘレナがエルサレムの地から掘り出して持ち帰ったという。

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 左奥は聖女ヴェロニカ。フランチェスコ・モーキ作。モーキはオルヴィエートに行った時、圧倒された迫真の受胎告知像の制作者だ。

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 ここには、キリストが十字架を背負いゴルゴダの丘に向かって歩いていた時、顔の汗をぬぐった布がある。そこにはキリストの顔が写ったとされる。ヴェロニカ像の持つ布にはキリストの顔がうっすらと描かれている。

 中世の巡礼者たちは目印としてヴェロニカの布を服や帽子に付けて巡礼しており、大聖堂を訪れる信者たちの1番の目的が、これを拝むことだったという。

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 左手前は聖アンデレ。ベルギー出身のフランソワ・デュケノワ作。

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 聖アンデレの頭部が納められていたが、1964年にパトラスのギリシャ正教会に返還されて、今は空室になっている。

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 大聖堂の1番奥、アプス(後陣)には、ペトロの司教座(カテドラ・ペトリ)が置かれている。聖ペトロが使った木製の椅子を玉座に埋め込んである。これもベルニーニ。

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 その周りを4人の聖人が支えるという形になっている。

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 大聖堂を進んでくる信者たちは、手前にそびえるバルダッキーノのねじれた柱を額縁のようにして、この司教座を眺めることになる。

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 聖霊を取り囲む天使たちを表わしたグローリアと呼ばれる装飾。その中心にはハトが飛んでいる。

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ミケランジェロのピエタ像を“独占”できたーサン・ピエトロ大聖堂②

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 ピエタ(アウレリオ・アメンドラ写真集より)

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 大聖堂の中に入ると、その大きさに驚かされる。奥行きは183m、総面積1万5160㎡、身廊の高さ45.8mとけた外れに巨大な建物だ。

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 また、クーポラの直径も42m。ぎっしり入れば6万人を収容できるという。

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 聖堂内では、まず入口右側礼拝堂にあるピエタ像に目を奪われる。ミケランジェロが1499年に完成、一躍美術界の新ヒーローとして注目を浴びた作品だ。この時若干24歳。あまりに美しく、あまりにも哀しすぎるピエタの表現は、今でも彫刻の1つの頂点として輝きを放っている。

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 ミケランジェロは自らの作品にほとんど署名していないが、この作品だけには聖母の胸元の帯に名前を刻んでいる。

 サン・ピエトロに行くたびにこの像にお参りするのが習慣になっているが、いつも大勢の人たちが周囲を取り囲んでいる。だが、今回は大聖堂開館と同時、午前7時に入場したので、この礼拝堂も無人状態。ピエタ像とじっくりと対面することが出来た。ああ、幸せ!

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 ピエタ礼拝堂の入り口付近には聖水盤を持つ2体の天使がいる。天使と言っても、近づくと実際の大人の倍もある大きな顔をしていてびっくり。

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 身廊の交差部には「あなたはペテロ。あなたに天国の鍵を授ける」(マタイ伝)という、キリストがペテロに語った言葉が、ラテン語で書かれている。

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 交差部手前にあるのが、ここの主である聖ペテロの座像。アルノルフォ・デイ・カンビオの作とされる。イタリア・ゴシック彫刻界の第一人者だ。

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 信者たちが彼の足をさすったりキスしたりするために、すっかりすり減ってしまっている。

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 家族で記念写真を撮る風景も、聖堂内ではここが一番多いように見受けられる。これが世界中で1番有名なペテロ像。

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 内部は3廊式バジリカの形。中央に大きな身廊、両脇に側廊が配置され、バルダッキーノのある部分で縦と横の建築が交差し、その天井がクーポラとなっている。

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 晴れた日クーポラから光が降り注ぐ様は、内部が決して明るくないだけに、一層神々しく感じられる。このクーポラはミケランジェロの設計だ。ブラマンテが始めた大聖堂構想を1546年にミケランジェロが引き継ぎ、具体化して行った。

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 クーポラには縦長の16の窓が取り付けられ、そこから光が差し込んでくる。

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 一般の見学者は、この大空間を見下ろすことは出来ないが、たまたまクリスマスイヴのミサの模様をテレビ中継していて、カメラを通して大聖堂を見下ろす角度の絵を見ることが出来た。

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 さすがにイヴのミサは荘厳なものだった。

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