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2014年2月

せっかくだから、楽しんじゃおう!-ヴェネツィア・アクアアルタ下

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 アクア・アルタの様子を鐘楼の上から見下ろすと、こんな感じ。人と水鳥が共存しているみたい。

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 地上では、渡し板がラッシュ状態。

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 よく見ると、警官が交通整理していた。

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 そんな中でも、やっぱり水の中が好きな人たちも沢山・・。

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 たとえどんなに足元が悪くとも、見事な姿勢で水中散歩をなさるご婦人。

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 水面に土産物を売る出店が映ってゆらり。

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 ワンちゃんは元気に水浴びとしゃれ込んでいる。

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 お嬢さんたちも犬に負けじとピチャピチャ。

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 やっぱり記念写真は撮っておかなくちゃね。

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 赤ちゃんを運ぶのはパパの役目。

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 そうこうするうちに夕刻になり、雲が空を覆い始めた。

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 わずかに雲が切れてのぞいた夕焼け。

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 サルーテ教会の後ろに、ゆっくりと太陽が沈んで行った。

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水に映った風景が変化するーヴェネツィア・アクアアルタ中

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 普段は生演奏を聴きながらゆったりできるカファ・フローリアンの広場も水浸しで、演奏も中止。椅子もまとめられていた。

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 このように、広場全体が見事に水没している。

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 水に映ると、そこは逆さまの世界に。

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 記念撮影する人たちの姿も逆さまシルエット。

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 出会いの風景も異次元の趣きに。

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 わずかに出来た“陸地”で、ハトとたわむれる。

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 一瞬、湖畔の風景のように錯覚してしまう。

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 水面を風が通り過ぎると、建物の姿が乱れ、抽象絵画のように変化する。

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 なんとまあ、良い天気になってきた。

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 お嬢さん、水中でバレエを踊って波紋が広がった。

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 また、風のいたずら。

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 抽象絵画の出来あがり。

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 水中で崩壊して行く時計塔。

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サン・マルコ広場は海だったーヴェネツィア・アクアアルタ上

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 久しぶりで、今回からヴェネツィアの風景をご覧頂こう。まずはアクア・アルタ(高潮)の様子から。ヴェネツィアへは飛行機で到着し、マルコ・ポーロ空港からバスでローマ広場へ。そこからヴァポレットでサンマルコ広場へ向かった。 カナル・グランデ(大運河)から眺めるサンマルコ広場の鐘楼が美しい。

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 サンマルコ広場が見通せる場所に来てみたら、あれ、広場がない!広場のはずのスペースが完全に水で覆われており、すっかり海になっていた。

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 アクアアルタに備えて配置されている木製通路には、あふれるほどの人が並んでおり、まるで先日の大雪の時のタクシー待合所のような状態になっていた。

 今回はたまたまスキアヴォーニ停留所のすぐ近くにホテルを予約していたので、あまり水中を歩かなくて済んだが、停留所から遠いホテルを予約していたら、足がずぶぬれになるところだった。チェックインして早速アクアアルタの模様を見に出かけた。

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 広場全体を海水が覆っており、カモメが浮いていた。

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 ロシアからの観光客は大喜びで記念撮影。

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 カフェ・フローリアンの椅子に座ってゆったりの若者も。

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 カップルは水をものともせずに水中散歩。

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 広場横のアーケード(ポルティコ)の通路も水没し、作業員が何事か準備中。

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 こんな中で出会うと、連帯感が湧くらしく、結構挨拶を交わす人たちも。

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 小広場の海側に出てみた。ゴンドラの向こうにマッジョーレ教会が浮かぶ。水際は波が打ち寄せ、しぶきが飛んでいた。

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 マンホールからは水がボコボコ湧いている。

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 旧行政官の姿も水面に映って、建物が2つあるみたい。

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 途中から晴れてくれたので、水に映る時計塔も美しい。

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 少し地面が高くなっている所は、一部だけ石畳が見えていて、水たまり部分だけに建物の姿が。

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 住民は大変だが、観光客にとってはこんな風景も思い出になる。

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ヴェネツィアのカーニヴァルが始まった

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 ロシア・ソチでは今、スポーツの祭典オリンピックの真っ最中ですが、イタリア・ヴェネツィアでは今日からヴェネツィア・カーニヴァルがいよいよ始まります。正式には来週の土曜日からのようですが、 公式行事に先立って今日15日から各種イベントが予定されています。それで、少し前のものですが、2011年に行った時の未掲載写真が残っていたので、これでカーニヴァル気分を味わってもらいましょう。

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 金銀のきらびやかな衣装に赤い薔薇。華麗な変身ですね。

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 こちらはシックな赤のコーディネート。

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 仮面3姉妹!

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 公式行事「マリエの行列」に選ばれた女性。

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 スタイルも抜群です。

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 随分と手のかかった帽子。

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 帽子から仮面、洋服、バラと、すべてピンクで統一しています。

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 仮面の表情がちょっとアンニュイ!?

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 仮面の人と記念撮影してる人も多かった。

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 よく見ると、随分高価な衣装のようで・・・。

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 サンマルコ広場から少し離れた通りで見かけた、“孤独な兵士”

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 サンマルコ広場のイベントで活躍したお嬢さんたち。

 今年のカーニヴァルは3月4日まで。ヴェネツィアはその間狂乱の日々が続きます。

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館内外に展開する像たちーロダン美術館③

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 地獄の門、カレーの市民以外の作品についても見てみよう。

 庭園で最も迫力のある存在感を発揮していたのが文豪「ヴィクトル・ユゴー

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 一方、同じ文豪でも「バルザック 」は制作当時物議をかもした。フランス文芸協会から制作を依頼されたが、出来あがったその姿が「不格好だ」として教会側が受け取りを拒否。最終的にはモンパルナス・ヴァヴァン交差点に設置されたが、カレーの市民の時も含めてロダンの作品を巡ってはいろいろと問題が持ち上がった。

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 ヴァヴァン交差点の像に出会ったのは11月末の早朝。まだ市民が仕事に向かう少し前の時間帯だったが、ライトに照らされて一人立つ姿は、孤高の佇まいを見せていた。

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 館内には日本人の像もあった。フランス各地で巡回興業をした劇団の主役を務めていた「花子 」像。ロダンが唯一日本人をモデルにした作品だ。

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 「クロード・ロラン 」。17世紀の風景画家。地元のナンシー市から発注された。

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 また、正確なデッサンで農民や風景を描いた友人「バスティアン・ルパージュ」 像も。この像の背景には自然の風景があったが、これは画家の描いた自然を再現したものだろうか。

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 館内には様々なスタイルの女性像も配置されていた。これは「うずくまる女 」。

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 「イヴ・フェアファックス

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 「イヴ

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 「瞑想

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 館内を見学中、「青銅時代 」の像が見える隣りの部屋に入ろうとしたら、子供たちの声が聞こえてきた。

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 美術館での移動教室の最中だった。先生のレクチャーを興味深げに聞く子供たち。

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 その横を見慣れない日本人が通ったものだから、多少子供たちの気をそらせてしまったようだ。 でも、こんな幼いころから間近に世界的な彫刻家の作品に接することが出来るなんてうらやましい限りだ。

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 ロダンのコレクションも陳列してあった。これはゴッホの「タンギー爺さん」 。背景に浮世絵がどっさり。ジャポニスムの影響が良くわかる作品だ。

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 作品の端をよく見ると、ロダンのサインを発見できる。

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 最後に、ロダンがカミーユと出会って間もないころに制作した石膏像をご覧頂いて、このシリーズを終了することにしたい。

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「カレーの市民」の群像たちーロダン美術館②

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 ロダンの作品の中でも一際強烈な印象を与える群像が「カレーの市民 」だ。1347年、百年戦争を戦っていた当時、フランスの港町カレーはイギリス軍に占領された。イギリス国王エドワード3世は「市の名士が無条件で人質になるなら、住民の命は助けよう」と提案、6人の市民が自ら名乗り出て市民を救った。

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 1885年、このエピソードをテーマにした彫刻を市がロダンに依頼した。市側は勇ましい英雄的な姿を想定していたのに、出来あがったのは悩み苦しむ6人の像だった。このため市側は受け入れるまでに、発注から10年以上もかかるという紆余曲折があった。

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 しかし、その姿こそが、まさに人間の本質をえぐり出すものとなったように思える。

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 ちなみに、第一試作も館内に陳列されていた。こちらは、それほど大きな苦悩はうかがえないような感じだった。

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 6人の像は個々に分かれても配置されている。個々の像をアップして見ると、それぞれの性格をも含めて彫り上げたであろう表情がうかがわれて興味深い。

 コスターシュ・ド・サンピエール 抑えた表情の中にも滲み出る苦悩が推し量れる。

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 ジャン・ド・フィエンヌ 何かを訴える強い性格がうかがえる。

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 全身像を見ても、両手を広げてアピールしている。

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 アンドリュー・ダンドル 最も困惑し、頭を抱えて 葛藤中だ。

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 ピエール・ド・ヴィッサン ねじって差しだした右手が劇的効果を高めている。

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 まるでシェークスピア劇か何かの一幕みたい。

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 ジャック・ド・ヴィッサン 困惑を振り払おうとしているのか、右手が顔の前に。

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 庭園内にあっても存在感たっぷり。

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 ジャン・デール どっしりと覚悟を決めた男の決意が浮かぶ。

 それぞれに異なった表現の中に群像の面白さがあふれている。

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 庭園を歩いていると、美術学校の女学生たちがスケッチに励んでいる所に出会った。

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 やはり、手の動きが面白いピエール・ド・ヴィッサンの姿に人気が集まっていた。

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 また、別の場所では、像と語り合うかのように1対1で向き合う女学生の姿も印象的だった。

 

 

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「地獄の門」関連の作品群ーロダン美術館①

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 ロダンとカミーユの物語では掲載し切れなかった作品もロダン美術館には多数展示されていた。改めてそれらを紹介しよう。

 まずは「地獄の門」関連の作品から。

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 館に入るとすぐ右側階段踊り場付近に展示されているのが「三つの影 」地獄の門を制作する過程でいくつもの像を産み出して行ったが、 最終的に「門」に採用されたのは考える人、三つの影、ウゴリーノなど、それほど多くはなかった。

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 この三つの影は、アダムの像を、角度を変えて三体並べて一つの作品にしたもの。「門」の最上部に取り付けられた。

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 多分、ロダンの作品の中で一番有名なのが「考える人 」。「門」の三つの影の下に配置されているが、独立した作品としても多数鋳造され、各地で見ることが出来る。右ひじを左の膝に置くという、非常に窮屈な姿勢。自分でやってみるととても不安定 で、深く物事を考えられそうにない。

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 しかし、像にして見ると緊張感が漂って、思索にふける男の姿に見えてしまうから不思議だ。これも作者の知恵?

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 「地獄の門 」を少し詳し目に見てみよう。そもそもこの作品がロダンに発注されたのが1880年。新築される予定のパリ装飾美術館の門扉として国が発注した。ミケランジェロが「天国の門」と称賛したフィレンツェ・サンジョヴァンニ礼拝堂の門(ギベルティ作)を目標として構想が練られた。ダンテの「神曲」に描かれた地獄篇の具体化を構想して制作にかかったが、内容は二転三転し、結局ロダンの生存中は鋳造が実現することはなかった。

 第一号の鋳造は1920年代になってから。現在世界に7つのブロンズ製の門が存在するが、そのうち2つは日本にある(東京・上野の国立西洋美術館、静岡県立美術館)。

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 下からアップして見ると迫力が増す。考える人はこんな形で配置されている。

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 地獄に落ちる人?

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 まさに3D状態で飛び出している。これは多分放蕩息子のようだ。

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 すがりつく女

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 母と子の姿も。

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 逆さまに落ちて行こうとしている。

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 抱きあう男女も。

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 上の部分は「ウゴリーノと息子たち」 。この像は 美術館内にも独立した作品があった。

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 罪を問われて息子たちと共に幽閉されたウゴリーノ。飢餓に飢えて、ついに子供たちの死体を食らうことになり、地獄に落とされる。ダンテ「神曲」のエピソードを再現している。美術館庭園内の池に展示されていた。

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 下の部分は「パオロとフランチェスカ 」。兄の妻だったフランチェスカと弟のパオロが犯した不義の罪で地獄を彷徨っている。これも「神曲」 のエピソードだ。

*なお、ロダン美術館で撮影し切れなかった部分などは静岡県立美術館ロダン館で撮影した写真を使用しています。

 

 

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それぞれの人生の終焉ーロダンとカミーユの物語⑨

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 1913年3月10日の朝、セーヌ川に面した、サン・ルイ島ブルボン河岸通り19番地に、病院の車が止まった。ドアを強引に開けてアトリエに入り込んだ2人の看護人は、中年の女性を有無を言わさず車に運び、パリ郊外の精神病院へと連れ去った。

 彫刻家として格闘したカミーユの人生は、この日で大きく方向を変え、心を病んだ病院収容者の一人としての長い後半生が始まることになった。カミーユ48歳の、春浅い朝だった。

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 一方ロダンは、その5年前、パリ7区ウニベルシテ通りのアパートからほど近い所にあるピロン館を借り上げていた。1917年に死を迎えるまで、郊外のもう一つの邸宅と共に 生活の拠点となった場所だ。ロダンはこの館を自らの美術館としようと考えていた。そして各方面に援助を働きかける。

 そんな中で友人宛てに書いた手紙がある。「マドモアゼル・カミーユの彫刻が何点か展示されることになれば、私はとてもうれしく思います」。その結果、彼の死後に開館したロダン美術館にはカミーユの作品10数点が所蔵されることになった。そのお蔭で、今回美術館を訪れた際、カミーユの作品をじっくりと鑑賞することが出来た。

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 4人の女性が楽しそうに語り合う「おしゃべりな女たち

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 純真な少女の表情を活写した「小さな女城主」 などホッとする作品にも出会った。

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 しかし、圧倒的な激情の渦巻く「分別盛り 」は、息を殺してただじっと見つめることしか出来なかった。

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 また、彼女の代表作「ワルツ 」の横に、

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 「分別盛り」から若い女性の部分だけが独立した「哀願する女」 が置かれていた。

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 危く屹立する男女の像と、得ることの出来なかった幸せを必死で追い求める女の像。その2つの像からは、悲鳴にも似たうめき声が地鳴りのように漏れてきたと思ったのは、幻聴だったのだろうか。 

 エピローグ

 ロダンは1917年1月29日、ローズ・ブーレと正式に結婚した。新郎76歳、新婦72歳。その約半月後2月14日にローズ死去。ロダンも同じ年の11月17日にあの世に旅立った。

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 カミーユは、それからさらに26年後、サン・ルイ島のアパルトマンから連れ去られてから実に30年後の1943年10月19日、南仏アヴィニヨン近郊のモンファヴェにある精神病院で静かに人生の幕を下ろした。

 その30年の間、再び華やかなパリの灯も涼やかなセーヌのせせらぎも、目にすることは叶わなかった。

 この連載は「カミーユ・クローデル 天才は鏡のごとく」レーヌマリー・パリス&エレーヌ・ピネ著、「カミーユ・クローデル 極限の愛を生きて」湯原かの子著などを参照しました。

 

 

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