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2014年8月

ジャンヌ・ダルクが処刑された街-ジャンヌ・ダルク教会上

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 ルーアンの街を歩いていると、あちこちで「ジャンヌ・ダルク」の名前を聞いたり目にしたりする。まず、駅から南北に通る大通りはジャンヌ・ダルク通りだし、駅のすぐ近くにはジャンヌ・ダルクの塔がある。通りを南に行くと右側にジャンヌ・ダルク教会に着く。大聖堂にはジャンヌ・ダルクの礼拝堂があり、街で一番の土産物は「ジャンヌの涙」というチョコレート。

 ここはジャンヌ・ダルクが宗教裁判で魔女とされて、1431年5月30日、マルシェ広場で火あぶりの刑となってしまった。つまり15世紀、イギリスとの泥沼の百年戦争末期に突如として現れ、フランスの窮地を救ってシャルル王太子をフランス王として戴冠させることに成功した19歳の少女が、あえなく命を落とした現場がルーアンなのだ。

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 1430年末、ジャンヌは戴冠成功の後にもさらに戦いを続行。一旦王位に就いてもう和平の道を模索しようとしていたシャルル7世からうとまれる存在になろうとしていた。そんな折ジャンヌはパリ奪回作戦に失敗し、イギリス軍の捕虜となり、ルーアンに送られた。

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 翌年、幽閉され取り調べを受けたのがジャンヌの塔だ。塔は砦のように高く狭い空間のように見える。入口に看板があり、入ろうとしたら,休館だった。

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 そこからセーヌ川へと続くジャンヌ・ダルク通りを南下し、大時計通りの交差点を右に曲がると、木組みの家並みの向こうに奇妙な屋根が見えてくる。

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 スレート葺きの屋根に鉄筋コンクリートのモダンな建物。手前の屋根が急激にせり上がって空に突き刺さるような形をしている。

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 一方、その奥は低く平ら。建物というよりオブジェのような不思議な造形物が、ジャンヌ・ダルク教会だ。

 後で聞いた話だが、この形はジャンヌを処刑した火あぶりの積み薪を模したものだとも言われている。

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 中に入ってまず目を奪われるのが、船底のような天井。どこかで見たことのあるような、というデジャブ感覚に襲われて、少し記憶を辿ると、

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 そう、この天井の形はパリ・ドゴール空港の搭乗ターミナルにかなり似ていることに気付いた。

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 横幅はそれほどでもないが、奥行きが深く、椅子が並べられて、ちょっとしたコンサート会場にも見えてしまう。

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 それに、何といっても一方の壁面全体に取り付けられたステンドグラスが圧倒的だ。総面積500平方メートルというこれらのステンドグラスは、以前14世紀に建てられたサン・ヴァンサン教会にあったものだが、同教会は第二次世界大戦の爆撃で倒壊した。ステンドグラスだけは事前に取り外して疎開させていたため破壊を免れ、1979年に新築されたこの教会にそっくり移設されたというわけだ。

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 少し離れて全体を俯瞰すると、壮大な風景になる。

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 新しい教会だけに、従来の形にこだわらず開放的な空間を形成している。ゴシックの教会を立て続けに見てきただけに、なんかホッとする感じもあった。

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 ステンドグラスだけは古いものだし、キリスト磔刑など重いテーマが描かれている。

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 しかし、明るく光を取りこんで、妙にこの明るい建物とマッチしているような気がした。



































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自然のもたらす光の変化が人知を超えるー大聖堂夕景

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 ホテルがセーヌ川の近くだったので、夕方散歩に出かけた。午後9時を過ぎてようやく日が傾いてくる。

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 川べりに停泊中の船に夕陽が注いでいた。

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 川越しに旧市街を見ると、大聖堂の3つの塔がすっきりと見えた。この角度からだと151mという国内最大の主塔の高さが印象深い。

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 セーヌ下流方向の道を眺めていると、ゆっくりと同じ歩調で歩む仲のよい中年カップルのシルエットが、ほんのりと浮かんで見えた。

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 大聖堂の3つの塔をアップしてみる。

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 セーヌに架かる橋越しに夕陽が沈んで行く。

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 もう1度大聖堂。ファザードの2つの塔は堂々たる偉容だ。

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 このボイエルデュー橋の欄干には群像をデフォルメしたようなモニュメントもあった。

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 まさに沈まんとする夕陽を浴びて、塔が燃えるように赤くなって行く。

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 もう大聖堂前に行かないとせっかくの夕陽がファザードを照らす光景が見られなくなってしまう。大聖堂前広場に急ごう。

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 広場に着いた。ちょうど大聖堂全体が黄金と化している。

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 右の塔をアップする。一瞬、キャンプファイヤーの木のやぐらが燃えている光景を連想してしまった。

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 こちらは中央付近。モネが大聖堂の光の移ろいを描くことに執着したのも何となくわかるような気になってきた。

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 中央の破風と手前にグイと顔を出したガーゴイルが、一層存在感を増して迫ってきた。

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 諸聖人たちがメラメラと闘志をたぎらせているみたい。

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 本当にすごい黄金!前夜にはプロジェクションマッピングでこのファザードがカラフルに変化する様を堪能したが、実は自然がもたらす光の変化は、人間の技術をやすやすと凌いでしまうことを、改めて感じさせる光景だった。















































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大聖堂崩壊!第二次世界大戦の爪痕ールーアン大聖堂内部を見る下

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 大聖堂内に何枚かの古い写真が展示されていた。よく見るとこの大聖堂が爆撃によって破壊されている写真だ。調べてみると、爆撃は第二次世界大戦末期の1944年5月31日。その6日後にはかの有名なノルマンディ上陸作戦が始まり、ナチスドイツの占領状態にあったフランスの奪還作戦が展開された。それによってナチスドイツは劇的な敗戦をこうむり、世界大戦は連合国軍の勝利に終わる。

 つまり、ルーアン爆撃は上陸作戦に向けて着々と準備を進めていた連合国軍の、事前戦略だったようだ。

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 その空爆によって、大聖堂内部の側廊も崩れ落ちた様子が撮影されている。

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 大聖堂ファザード部分の破壊。左右2つの鐘塔も、この写真で見ると右塔はまだ形が残っているが、左塔(手前)は相当の崩落を見せている。左右の塔の形が違っているのはなぜか、と疑問に思っていたが、まさにこの爆撃が原因で修復時に違う形になってしまったということなのだろう。

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 それにしても、てっきりドイツ軍の爆撃で破壊されたとばかり思っていたが、現実は逆の形だったことが分かった。今年はノルマンディ上陸作戦からちょうど70周年。先日記念式典が行われたが、ルーアンは70年後、すっかり美しい街に生まれ変わっていた。

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 ちょっとまめ知識。ジャンヌ・ダルクの火刑は1431年の5月30日。実に爆撃から513年前の同じ5月末日にも、ルーアンでは火にまつわる悲劇があった。

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 その爆撃によって、ファザードも破壊されたが、そこにあった像たちは修復されて堂内に陳列されている。ファザードの像たちはコピー作品だ。

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 ほぼ等身大の像たちが、壁面にズラリと並ぶ様は壮観だ。

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 接近して見ると、ヒゲと三日月型の顔がズラリ。

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 聖人たちの姿だが、個性的な表情もいろいろ。

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 この人はカギを持っているので、サン・ピエトロとわかる。キリストから天国へのカギを受け取った聖人だ。

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 正面から見た3人の聖人。くたびれたようで、どこかユーモラスな雰囲気さえ漂っている。

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 一番右端の“ちびっこ聖人”は西洋版石川啄木?「働けど働けど、我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る」

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 対して別の聖人3人はいかにも姿勢正しく立ち、冠を持つ人さえいる。こちらはリッチな聖人たちかも。諸聖人たちには申し訳なかったが、勝手にいろいろ想像しながら楽しんだ。






























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浮かび上がるルーアン大聖堂ー大聖堂内部を見る中

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 前回に引き続いて大聖堂内部を見て回ろう。

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 長い長い廊下を歩いて、主祭壇にたどり着いた。中央にキリストの磔刑像が掲げられている。

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 その脇に居る天使が一心に祈りを捧げている。祭壇の裏側から見ると、天使のシルエットが天井の光の中にすっぽりと収まって、非常に厳粛なシーンが現れた。

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 ジャンヌ・ダルクの礼拝堂があった。ジャンヌの足元を見ると、炎に包まれている.火刑に処せられる姿を表わしている。

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 そのジャンヌを描いたステンドグラスも。こちらは、戦いに出陣しようとする鎧の姿かも。

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 こんなさっそうとしたシーンもあった。

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 こちらはだれだろう。右側は聖母子だとしても、左の人物は果たして?

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 入口まで戻ってきた。「さあ、夕食に出かけよう」と思っていると、中から音楽が聞こえてきた。女声コーラスによるコンサートが始まるようだ。鑑賞しよう!

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 観客も続々と詰めかけ、堂内の照明が点灯して、いよいよコーラススタート。

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 モーツアルトなどの割となじみの曲が続く。

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 ほぼ最後の頃に突然聞きなれた歌が聞こえてきた。あれれ、会津磐梯山だ!リズムは民謡調でなくポップな感じだが、まぎれもなく日本の歌。私も会津出身だけに、まさか郷土の民謡をフランスの地で聞けるとは、とびっくりしたり、喜んだりの瞬間だった。

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 コンサートが終わって扉口に戻り、ふと奥を振り向くと、ライトアップされた身廊の林立する柱とアーチを描く天井とがまるで3D映画でも見るように立体的に浮かび上がっている。照明によって、昼間の時よりも一層その直線と曲線が強調されたせいだろう。

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 天井だけでも美しい。

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 少し青を強調してみた。空間が劇的に主張している。ゴシックのもう一面の奥深さに出会えた気がした。






































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神々しい聖母子がいた!ルーアン大聖堂内部を見る上

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 ルーアン大聖堂の中に入ってみた。第一印象は、深い深い奥行き。入口付近から見ると最奥の主祭壇は、ほぼ霞んでいるかのようだ。高さは29mと決してゴシックの大聖堂としては高い方とは言えないが、奥行きが137mもあり、直線100mのレースが楽にできる長さだ。

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身廊から望む内陣の眺めは、まるで深い森に足を踏み入れたかのような錯覚に陥る。多数の細い柱が林立しているせいだ。だが、こんな細い柱では大聖堂の重量を支え切れるものではない。本来の太い柱を内側に隠し、外に細い柱に見せかけた飾り柱を配するという、ゴシックの裏ワザなのだ。

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 内側の身廊だけでなく、側廊も同様に柱がレースのように並ぶ。

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 壁にこんな絵があった。聖母の死?

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 この像はキリストの死を悲しむ聖母マリアのピエタ像

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 左右に従者を従えた立体的聖母子像も。彩色がまだ残っていて美しい。

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 遠くの礼拝堂に、もう1つ印象的な像が見えた。

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 近づいてみると、これも聖母子像だが、頭巾をかぶり目を伏せて何か物思いに沈んでいるようだ。

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 その表情はなぜか哀し気。我が子キリストが将来苦難の道を歩み続け、十字架にくくりつけられて命を落とす悲痛な運命を、すべて知ってしまったかのようだ。我が子をみつめるその神々しい姿にいつまでも引き寄せられて、たたずんでしまった。同じ堂内でいくつものマリア像に出会って、心が感じやすくなってしまったのかもしれない。

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 側廊に、寝かされた形で置かれた像が。これは10世紀フランス王シャルル3世の妹と結婚してノルマンディ公となったロロ。

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 こちらも横たわった像。

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 こんな立派な礼拝堂もあった。

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 こちらはヨゼフ像。

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 男性が子供を抱える姿の像は珍しいかも。

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 こっちの像はだいぶ古いようで、かなり劣化している。でも表情は生き生き。






















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ルーアン大聖堂ファザードにサロメが、アダムとイヴが・・・

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 午後、改めてルーアン大聖堂に出かけた。ルーアンは雨の多い土地と聞いたことがあるが、この日は本当によい天気。大聖堂ファザードがキラキラと輝いていた。

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 大聖堂前の広場は、建物の大きさと比較して結構狭い。従って広角レンズでないと、正面から全体を写真に収めることが難しくなる。それで、部分部分で撮って見たりする。これは向かって右側の鐘塔。

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 もう少し手前によって右塔を見上げる。上端が平らな冠のような形になっている。

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 一方左の鐘塔は先がとがって突き出る姿で非対称になっている。同様に左右の塔が同じ形でないシャルトル大聖堂の場合、火災で片側だけが焼失してしまったと聞いているが、こちらの場合はどんな事情があったのだろうか。

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 大聖堂の創建は1063年だが、以来火災や戦争によって何度も改修を余儀なくされた。正面ファザードは14~15世紀のフランボワイヤンゴシック様式だ。三角形をした破風は非常に繊細。まるでレースのような細かい装飾が随所に施されている。

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 炎にも似た曲線の重なりが、この様式の特徴だ。「石の刺繍」と称されることもある。

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 三角の破風の上部に、子供たちの姿が?

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 ずらりと並ぶ諸聖人たち。本物は堂内にあり、こちらはレプリカだとか。

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 その上部。この辺りも本当に細かく細工されている。

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 中央薔薇窓の上に立つ小塔。後方に見える黒い塔が主塔。こうして見ると高さを感じないが、実は151mで国内随一の高さ。

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 手前にちっちゃな天使が笛のような楽器を吹いていた。

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 中央扉口タンパンにはこんなレリーフが刻まれている。多分これは、ダヴィデ王の父エッサイ~キリストに至る系譜を1本の樹に例えて表わした「エッサイの樹」。ひどい劣化が見られたが、修復がなされたようで、きれいになっていた。ここに限らずファザード全体で長期にわたる修復作業が続けられている。現在も中央扉口の左隣りにカバーが掛けられていた。

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 こちらはさっきの扉口の右隣にある扉口のタンパン。よく見ると、右端で人の首を切る場面、その隣に、切った首を手渡す場面が描かれている。そう、洗礼者ヨハネの斬首と、その首を受け取るサロメの姿だ。考えてみれば、キリストの磔刑を始めとして教会内には結構凄惨な場面があちこちに見られる。

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 アダムとイヴもあった。こちらも2人が禁断の果実に手を出してしまって楽園を追放されるわけだから、悲劇の場面だ。素晴らしい青空の下で悲惨な場面を見上げる不思議な巡り合わせに、しばし時間の経つのを忘れていた。






































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セーヌを見下ろしてーサント・カトリーヌの丘に登る下

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 ルーアンの風景に特別の味わいを加えているもう1つの要素はセーヌ川。上流はパリ。その流れを引き継いで、ここからオンフルールを経由して英仏海峡に注ぎ込む。

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 ルーアンでは大きなうねりを見せ、そのカーブに沿って街が形成されてきた。

セーヌの流れは、モネを始めとする印象派の画家たちと非常に大きな関わりを持っている。「印象派」という名前誕生の元となったモネの「印象・日の出」は、セーヌ川最下流ル・アーブルの港の風景だし、ルノアールら印象派画家たちが8回の展覧会を開いたパリ、ピサロがよく描いたブージヴァル、印象派の聖地といわれるアルジャントゥイユ、そしてルーアン。すべてセーヌがそこを流れ、その風景が彼らの発想と才能を触発し続けてきた。セーヌは印象派の“母なる川”と言っても過言ではないだろう。

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 街は両岸に広がる。右岸側が旧市街、左岸が新市街だ。その両岸を結ぶ橋が何本も架かっている。

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 下流には変わった形の大きな橋げたが建っている。壮大な眺めにすっかり心が洗われたような心境になった。もう1度遠藤周作の「ルーアンの丘」から引用しよう。

 「僕はすべての独断を今日から捨てよう。すべてのものを新鮮なままで受け入れて行こう。そして、より善きもの、より美しきものを、この国の中で探って行こう。自分を絶えず支える者は誠実であり、真実に対する勇気であることにしよう」

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 中州にもビルが建って小さな街を形成している。

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 帰りは遠回りになるが、大きな道路を下った。途中にはうっそうとした林もあり、朝日を透過させて輝く木々が気持ちを優しくしてくれる。

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 陽を浴びた葉の白さがまぶしい。

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 途中でまた一休み。腰を下ろすと、目の前の花びらが透けて揺れた。

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 陽光に向かって万歳をしていた花々。

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 緑色のグラデーションが美しい。

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 キラキラときらめいて、青空とのコラボレーション。

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 だんだん人里が近づいてきて、赤い花が目立つようになった。

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 青空がまぶしい。

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 陽気に誘われて、ネコ君もこれから散歩かな。

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 街に下りてきた。さっきは見下ろした大聖堂の尖塔が、今度は通りの向こうにそびえて建っていた。高さ151m。フランス国内では最高の高さを誇る尖塔だ。


























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ルーアンのパノラマーサント・カトリーヌの丘に登る上

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 朝、とてもよい天気!これなら街がきれいに展望出来そうだ。そんなスポット=サント・カトリーヌの丘に登ってみよう。ホテルのフロントに聞くと、バス13番が近くまで行くそうだ。でも、バスルートは丘のふもとまで。上り坂は結局歩きしかない。それなら始めから歩いても同じかも。

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 せーヌ川沿いに歩いて行くと、目指すカトリーヌの丘が目の前に見えてきた。登り口にハ「パノラマ」と掲示板があって、そこから山道が始まっていた。

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 一応木で出来た手作り風な階段が続いている。一歩一歩ゆっくり登り始めた。前日降った雨のせいか、ちょっと滑りやすくなっており、登るのに一苦労。

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 途中一休みした。座ると、付近の植物が目の前に顔を出す。かわいい、優しい植物たちだ。

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 青空に映える。

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 こちらではハチが蜜を吸っているのを目撃。

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 またしばらく歩くと、頂上が見えてきた。もうひと踏ん張り。結局563段の簡易階段を登り切ってようやく頂上に到達した。この段数はほとんどフィレンツェのドゥオモに上るのと同じ段数だった。

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 さあ頂上。展望広場に案内板があった。よく見ると、これはモネの絵だ。

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 モネもここにきてルーアンのパノラマを眺め、その印象を作品に残していたのだ。

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 さあ、彼の作品の角度から街を眺めてみよう。中心にルーアン大聖堂がすっくとそびえる。右下にもう一つ別の教会の尖塔がのぞく。そして街並みと空。モネの作品は夕方だったが、朝のすっきりした空気感の中で見るパノラマも格別だ。

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 この町のもう1つの主役はセーヌ川だろう。ちょっと左に目をやると、たっぷりと水を湛えたセーヌが、ここで角度を変えて流れて行く。

 遠藤周作は青春時代、留学のためにルーアンに住んだことがある。その著書「ルーアンの丘」で、印象をこんな風に書いている。「汽車がトンネルを抜けると、今まで離れていたセーヌ川が悠然と青い冷たい水を湛えて迫り、緑濃い丘に囲まれて夢のようにルーアンの街が現れる。パリからの汽車がこの街に入る時必ず見える丘の上のあまりにも白い雲の一片が、今でも焼き付いている」

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 こちらから見ると、大聖堂の裏側が正面に見えるので、建物の重みを外側で支えるゴシック特有のフライングバットレスの骨組みがよくわかる。

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 大聖堂手前右側に見える尖塔はサン・マクルー教会。すっきりとそびえる繊細なこの塔の美しさも捨てがたい。

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 さらに右側を見ると、これも塔を持つサン・トゥアン教会がある。

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 こちらはがっしりした重厚な建物。右の塔はとんがっておらず冠のような形なので「ノルマンディの王冠」とも呼ばれているという。こうしたモニュメント的な建築が各所に見られるのも、ルーアンの歴史の奥深さを物語っているようだ。

 16世紀、フランソワ1世が宿敵である神聖ローマ皇帝カール5世をシャンボール城に招いた時、皇帝が「フランスで1番大きな街はどこ?」と聞いた。対するフランソワ1世の答えは「ルーアン」だった。それだけこの都市がずっと昔から大規模で重要な街だったことを物語っている。

 この話には続きがある。皇帝が「パリは?」と聞いたところ、「パリは都市ではない。あれは国だ」と答えたというオチが付いているが・・・。

 

 





























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