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宮殿橋の女神と‟現代のピエタ”・・・ベルリン㉒

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 ウンター・デン・リンデンの東端、シュプレー川の支流に架かる橋がシュロスブリュック(宮殿橋)だ。その名前は、かつてこの橋の東にフリードリッヒ2世によって1700年に建設された王宮があったことに由来している。
 
 橋げたに大理石像が立っている。イタリア・カラーラの大理石で造られた美しい像だ。両側に計8体あるが、交通量が激しくて片側だけしか写真に撮れなかった。
 
 東側から、傷ついた戦士を腕に抱く勝利の女神ニケ
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 戦いへの行進。戦士のそばに立つミネルヴァ(アテネ神)
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 突撃する戦士と、若者を支えるミネルヴァ
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 死せる英雄をオリンポスの山へ運ぶイリス(虹の女神)
 
 ちょうど抜けるような青空を背景にして、大理石の白がまぶしく目に染みた。
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 橋を渡るとすぐ右手に歴史博物館。
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 その隣にノイエヴァッヘ(新衛兵所)がある。ドーリア式の円柱が並ぶ入り口を入ると、内部はがらんとした空間。
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 その中央に小さな像が1つぽつんとあるだけ。
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 天井にあいた穴から一筋の光が差し込み、
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 真下には「死せる息子を抱く母親」の像がひっそりと置かれている。
 
 うつむいて、うずくまる息子の遺体を呆然と抱く母。
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 そもそも、この建物は1817年、衛兵の建物として建築された。しかし、第二次世界大戦後に、ヒンデンブルク大統領が戦死した兵士達の霊廟とした。
 
 だが、東西分裂時の1960年、東ドイツ政府が「ファシズム、軍国主義の犠牲者の慰霊所」に変更。さらに1993年には統一されたドイツ連邦によって「強制収容所で死んだ者への慰霊センター」と変えられた。
 
 いずれにしても、2つの世界大戦を含む20世紀の悲劇の歴史に祈りをささげる場所であり続けている。
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 この像の作者コルヴィッツ(女性)自身も、第一次世界大戦で自らの息子を失うという経験をしている。母としての子を悼む心情が、そこに投影されているように見える。
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 その姿は、バチカンのサンピエトロ大聖堂にある、ミケランジェロの傑作「ピエタ」像を連想させるところから「現代のピエタ」とも称されている。
 
 
 

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コメント

確かにこの像を見たときに、バチカンのピエタを思い出しました。
作者がどこまで意図していたのかはわかりませんが、現代のピエタと呼ばれるのは納得できます。

投稿: Khaaw | 2016年4月 4日 (月) 20時28分

khaaw様

 プロの彫刻家でミケランジェロの「ピエタ」を知らないことはあり得ないでしょうから、共通する鎮魂の思いを託しながら制作したのだろうと思いますよ。
 それにしても、広い空間にポツンとこの作品だけを展示することで、一層深い悲しみの表現が伝わる感じがしました。

投稿: gloriosa | 2016年4月 5日 (火) 20時55分

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