
行列はいよいよ最高潮に差しかかる。

断続的に付いて回ってきたが、さすがに疲れた。夜にもなり、一旦列を離れレストランで夕食を摂った。クスクスとスカロッピーナ・リモーネ、ヴィーノヴィアンコ。2時間近く経って通りを戻って行くと、音楽が聞こえてきた。行進はガリバルディ通りに差しかかっていた。

男たちの表情にもさすがに疲れの色が見えてきた。

それでもゴールはまだまだ。この行進はキリストが味わった受難、苦しみを自らも同じように味わうという意味も込められており、彼らが途中でギブアップすることはあり得ない。

すっかり夜も更けた。群像のミステリだけが闇に浮かび上がる。

ローマの兵士たちはキリストを連行し、服をはぎ取った後頭に棘だらけの茨の冠を載せ「ユダヤ人の王万歳」とあざける。また、殴り、つばを吐き、凌辱の限りを尽くす。

そんな凄惨な場面が、旧市街の暗くオレンジに染まった建物に囲まれた通りで展開され、音楽隊の苦悶に満ちたメロディが街頭に染み透る。

もう行進の開始から8時間を過ぎた。御輿にはロウソクが灯されているが、それを担ぐ男の背中や髪に、燃えて溶けたロウソクのろうがこびりついている。

出会った場面は「この人を見よ」。裁判によって死刑の求刑がなされ、キリストはその決定権を持つローマ総督の前に連行された。だが、総督ピラトが検証すると、キリストが死刑に値する罪は見いだせない。ピラトは死刑を求めるユダヤ人民衆に言う。「この人を見よ」-あなたたちはこの人の真の姿が見えていないのだー。

だが、民衆は納得しなかった。キリストはそのまま処刑場へと連れ去られる。神の沈黙に耐え、肉体の苦痛に耐え、全人類の罪の重さを背負って十字架へと向かうキリストの壮絶な表情がアップされる。

ふと上空を見上げると、この日は満月だった。朧にかすみながら見事な満月が。

ミステリの行進はトラーパニの新旧両市街の境界付近まで進んできた。夜も更けてゆくが見物人の数はますます増えてきた。

そして、深い闇の中から浮かび上がる群像の迫力も頂点に達してきた。

ミステリがホテル近くまで来たのを機に、行進見学は打ち切ることにした。やっぱり日ごろの運動不足がたたってか、相当に疲れた。
でも、6階の部屋に戻ると、外のざわめきがここにまで届いてくる。窓を開けてみると、何台ものミステリの御輿がウンベルト広場に集結し始めていた。

続々と集まるミステリ。そしてそれぞれのグループの音楽がさざ波のように聞こえてくる。
ここが日本から遠く離れたシチリアの港町であることなどすっかり忘れ、果てることのない聖劇の余韻に酔いしれながら眠りに着いた夜だった。
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