有名人の滞在した場所

チャイコフスキー、ワーグナー

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 チャイコフスキー    ホテル ロンドラ パラス (Hotel Rondra Palace)

 チャイコフスキーは1877年、スイス、ウイーンを経由してロシアからヴェネツィアを訪れている。この年は彼にとって激動の年だった。7月にモスクワ音楽院の教え子だったアントニーナ・イヴァノブナ・ミリューコヴァと結婚、しかしわずか1か月もせずに別居状態となり、9月にはモスクワ川に身を投げるという事件を起した。この結婚は同性愛者だった彼の精神を錯乱させたという分析もなされているようだ。そんな不安定な状態の療養を兼ねて訪れたヴェネツィアは、彼の目にどのように映ったのだろうか。

 宿泊したホテル、ロンドラパラスは、サンマルコ広場のすぐ近くで、スキアヴォーニ河岸の高級ホテル。彼の泊まった部屋からはサンジョルジョ・マッジョーレ島が真正面に見え、朝日がさんさんと降りそそぐ素晴らしい眺望の場所だった。

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 そうした環境に癒されたのか、一旦中断していた交響曲第4番の作曲を再開したと言われている。それを記念して、ホテル1階ロビーのガラスには交響曲第4番の作曲時の覚書が写しこまれて残されている。これは、ホテル正面入口の外側からの撮影。

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 こちらはフロントから右側にあるカフェスペースで、ホテル内側から撮影したもの。フロントを挟んで両側のガラスにはめ込まれている。

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 ワーグナー   カレルジ館(Pallazzo Vendramin Carergi)

 ワーグナーは1852年から9回もイタリアを訪れているが、うち6回はヴェネツィアに滞在した。特に後半はカレルジ館の中2階が彼の住まいとなった。庭に面した3室を使い、しばしばゴンドラでサンマルコ広場に出かけてはカフェ・ラヴェーナの決まった席に座ってはカフェを楽しんでいたという。1883年2月13日、妻コジマに看取られながら、この地で生涯を閉じた。

 初期ヴェネツィアン・ルネサンス様式のこの建物は、現在華やかなカジノとして使用されている。ある日、ワーグナーの滞在した部屋を見せてもらおうと飛び込みで訪ねたが、残念ながら「団体の予約でないと・・・」と断られてしまった。

 

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ゲーテ そしてモーツアルト

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 PONTE DEI FUSERI (フゼリ橋)のたもとの家

 モーツアルトの家からバルカローリ通りを進み、すぐに交差するフゼリ通りに左折すると、すぐにフゼリ橋がある。この橋から左の建物を見ると「GOETHE」という文字の入った銘板を見つけることが出来る。そこには「1786年9月28日から10月14日まで滞在した」と記されている。つまり、ゲーテは、モーツアルトより15年後にヴェネツィアを訪れたことになる。

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 ゲーテの「イタリア紀行」には「イギリス女王というホテルに気持ちのよい宿を取っている。サンマルコ広場から程遠からぬところにあるが、これがこの宿の一番の取り柄である。私の部屋の窓は高い家並みの間にある狭い運河に面しており、窓のすぐ下には虹型の橋が架かっていて、その向こうには一本の狭い賑やかな小路がある」と描写されている。

 確かにサンマルコ広場までは5~6分で行ける場所で、利便性は高い。ただ、それだけにうるさいこともあったようだ。10月4日の記述では「窓の下の運河で人々が何やら大騒ぎをしている。もう真夜中も過ぎているのに、彼らは良いことだろうと悪いことだろうと、いつも一緒になって騒ぎ立てるのだ」と、陽気なイタリア人の気性に、ドイツ人としての批判を漏らしている。

 地図を見ると、モーツアルトの宿とはバルカローリ通りを挟んで向かい合わせる形になるほどすぐ近くだ。ちょっとどちらかの訪問時期がずれていれば、二人がヴェネツィアで鉢合わせする可能性も十分あったのでは、と空想がふくらむ。ゲーテの宿は「ホテル・ビクトリア」というところだったようだが、今では高級そうな婦人服を売る店に変身していた。

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 ヴェネツィア滞在中、ゲーテは満潮時と干潮時の2回サンマルコ広場の鐘楼に昇っている。その感想は「類無い眺望だ」と絶賛している。彼の滞在時期は秋なので、こんなアルプスの雪の風景は見られたかどうかはわからないが、冬の晴れた朝などは、鐘楼からでも雄大な風景に接することが出来る。さらに、演劇も何度も鑑賞し、市場やキオッジャへも足を延ばしている。

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 また、もちろんゴンドラにも乗り、「アドリア海の支配者の一人であるかのように思えた」と、感嘆の言葉を残している。さらに「真昼の陽光を浴びて潟の上を舟で渡りながら、私は華やかな服装をして舟端に立ってゴンドラを漕ぐ舟人が、薄青い水面からくっきりと青空にその姿を描き出している様を眺めたとき、ヴェネツィア派の最も優れた最も鮮やかな絵を見る思いがした」とし、光の鮮烈さには「影に相当する部分でも、場合によっては光の部分として通用するくらいに明るかった」と感動している。北国の人・ゲーテにとって約半月のヴェネツィア滞在は、とても大きな思い出として印象付けられたと思われる。

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 なお、1763年、ゲーテが14歳のとき、当時7歳のモーツアルトがパリへの旅の途中フランクフルトに立ち寄り、演奏会を開いている。この演奏会をゲーテははっきりと覚えている。「あの小さな少年は手入れのよい髪をして刀剣を提げていたのを、今でもありありと思い浮かべるのだ」(エッカーマン「ゲーテとの対話」)。

 ゲーテのフルネームは「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ」、対してモーツアルトは「ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルト」。二人のヴォルフガングは、同時代に生きた偉人だった。

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モーツアルト

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 PONTE DEI BARCAROLI(バルカローリ橋)たもとの家

ヴェネツィアのサンマルコ地区、フェニーチェ劇場のあるサン・ファンティン広場の少し手前に、バルカロ運河が流れている。ここに架かるバルカローリ橋に立って、前の建物の壁を眺めてみよう。そこに「ウオルフガング・アマデウス・モーツアルト」の文字が記された銘板が貼ってあるのに気づくだろう。その銘板には「1771年のカーニバルの間、ここに滞在した」と書かれている。

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 これが、その建物だ。当時のモーツアルトは15歳。1769年12月にオーストリアを出発し、ローマ、ナポリ、ボローニャなどイタリア各地を回った大旅行の終盤、2月11日にヴェネツィアに着いた。父レオポルドが妻にあてた2月13日の手紙では、「ひどい天候と驚異的な風のため、やっと謝肉祭の月曜日早朝にヴェネツィアに着いた」と報告している。ベルリンの国立図書館に覚書が残されているが、それによると「宿泊、バルカローリ橋そばのサン・ファンティーノ通り、カヴァレッティ家」と記載されているようだ。

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 この運河はゴンドラの一般的な周遊コースになっているようで、橋の上で銘板の文章をメモしている間も何隻ものゴンドラが通過して行った。中にはゴンドリエーレが「ここがモーツアルトが滞在した場所」と説明しているゴンドリエーレの姿もあった。

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 滞在中のモーツアルトは、まさにカーニバルの真っ最中だったこともあり、「ドイツ時間で夜の11時から12時にかけて私たちはサンマルコ広場の仮面舞踏会に出かけたのです」(レオポルドの手紙)など、大いにカーニバルを楽しんだようだ。当然この写真のような仮面を付けた人であふれる広場にモーツアルト父子の姿も見かけることが出来たのだろう。

 彼らは約1か月の滞在の後3月12日に、ブレンダ運河を船で渡ってパドヴァに出発している。ただ、モーツアルト自身が祭りで沸き返るヴェネツィアに、どのような印象を抱いたかは、記録には残されていない。

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