プラハ 夕景・夜景

チェコ最後の夕、そして旅立ちの朝

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 カレル橋を渡り切ったとき、チェコ初日に見た勝利の女神・ニケ像にもう一度会いたくなってルドルフィルムのある広場に向かった。

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 19世紀後半に出来た比較的新しい建物だが、ルネサンス様式を踏まえており、周囲にもしっかりなじんでいる。この玄関の両側にニケは建っている。

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 その像越しに西を見ると、遠くに聖ミクラーシュ教会の塔が見えた。

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 教会のクーポラ、鐘楼などを浮かび上がらせて、夕陽が静かに沈んで行こうとしている。

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 ルドルフィヌムの玄関前に座って、しばらくはその光景を眺めていた。そのうち、無意識に「遠き 山に 日は落ちて・・・」という歌詞が浮かんできた。まさにドヴォルザーク(ドヴォジャーク)の交響曲「新世界より」のイメージにぴったりの瞬間だった。

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 それもそのはず、目の前にはドヴォジャークの肖像が建っている。ここはドヴォジャークホールのある音楽堂なのだから。

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 日が沈み、ミクラーシュ教会の背景の空も柔らかいピンク色に変わって行く。

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 聖ヴィート大聖堂もゆっくりと夕闇に溶けだした。

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 次第にブルーの世界が支配し始める。カレル橋に戻りながら、川のさざ波に合わせて、今度はスメタナの交響詩「我が祖国」のメロディを口ずさんだ。

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 暮れなずむプラハをゆっくりと歩きながら、ここで出会ったさまざまな歴史の痕跡やたくましく生きる人たちを、思い出していた。

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 そして旅立ちの朝、荷物をまとめてちょっとだけカレル橋に出向いた。初めは曇り空だったが、見る間に雲が途切れて行く。

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 その後に、ふんわりとピンクの明かりが広がった。

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 今日もプラハはさわやかな朝を迎える。滞在中見事に予想を裏切って暖かい日差しを注ぎ続けてくれた“プラハの春”に、心からの感謝を込めて、覚えたてのチェコ語を呟いてみた。「ジェクユ ヴァーム(ありがとう)」。

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 カレル橋の入り口・クレメンティヌムの屋上にある彫像たちの姿は、赤みを帯びた東の空を背景に、神々が楽しい語らいをする光景のように見えた。

 さようならチェコ、またいつか来る日まで。

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プラハ旧市街地で中世の夜を味わう

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 プラハの街並みにはどこか中世の香りが漂う。まして、細い三日月の昇る夜はより一層濃厚に中世を感じてしまいそうだ。そんな空間を求めて夜の街に出かけた。

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 市民会館のある共和国広場に出ると、ホテル・ゴールデン・ストーンのビルが早くからライトアップを始めた。

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 そのビルの西側奥には旧市街広場にそびえるティーン教会の尖塔がシルエットとなって小さく見えている。

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 ヴァーツラフ広場に通じる通りもうっすらと夕暮れの装いだ。丸い街灯が良い雰囲気。

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 でも、市民会館は屋根の部分が少しポッと明るくなったくらいで、全体的には暗いまま。今日はライトアップはないようだ。

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 ホテル側の通り上空は美しいブルーに染まり出している。

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 市民会館隣の火薬塔も、ライトアップはなさそう。それで、ここでの撮影は諦めて、旧市街広場に向かう。

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 ホテルパジーシュ横では、見事にアズーリに染まった空に出会えた。

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 広場の裏側に来た時、ちょうどティーン教会の尖塔とほぼ同じ高さに三日月が輝いていた。こんな光景を、何世紀も前のチェコ人たちも見ていたのだろう。

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 広場に入って、表側から見たティーン教会。中央の壁面にはマリア像が白く輝いている。

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 西側にはミクラーシュ教会。

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 その教会と競い合うようにヤン・フス像が、今しがたすっくと立ち上がったばかりのように凛々しく前を向いている。まさにここは15世紀の世界。

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 向かい側に建つ旧市庁舎を包むかのように、ちょうど薄雲がたなびいて、嵐の前の静けさ、といった風情になった。

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 この広場には何度も来たのに、名物の時計を撮っていなかったことに気付いて、1枚だけ。

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 カレル橋側からの旧市街広場入口付近で、市庁舎、ティーン教会の両方が1枚の写真に収まる定番ポイントでシャッターを押した。名残惜しさに、ここの前にあった出店でホットワインを買い、いつまでもこの光景を見つめ続けていた、この夜広場に居たたった一人の日本人が私だった。

 


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プラハの夜景 チャペックの言葉

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やっとプラハ城のライトアップが始まった。薄明かりの残る空を背景に、聖ヴィート大聖堂の尖塔がすっくと立ち上がってきた。

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 正面のヴルタヴァ川越しに見えるスメラノーヴォ通りの家並みは、整然とした姿を見せる。左端にスメタナ博物館、その奥にティーン教会、まん前の位置中ほどの黒い三角帽子のような屋根は火薬塔だ。

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 北側にはルドルフィヌムが一段と明るく見えている。この中にあるドヴォジャーク(あの「新世界交響曲」を作曲したドヴォルザークの現地読み)ホールは、市民会館のスメタナホールとともにプラハの春音楽祭のメイン会場となる。「遠き 山に 日は落ちて・・・」という歌詞がこの風景を見ているうちに思い出された。

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 徐々に暮れてゆくプラハ。それと反比例してプラハ城は輝きを増して行く。

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 マラー・ストラナ地区は照明を受けた聖ミクラーシュ教会だけが明るく、周囲は青い闇に沈もうとしている。

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 チェコの国民的作家カレル・チャペックは、愛する祖国の中心地・プラハの夜の光景を、自身の著書の中で次のように描写している

「フラッチャーニ城(プラハ城)は照明灯の光線の中で、以前よりもっと明るく輝くき、電灯の花輪で飾られた大司教の宮殿は、さらに目立つように長く輝く光の列の冠をつけている。

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 今やそのイルミネーションの輝きはカレル橋の明るいアーケードを抜けて、こよなく美しき川ヴルタヴァにまで広がり、巨大な光のクール・ドヌール勲章のたすきとなって、クシジェヴィニーク広場のイルミネーションの仲間と結合し・・

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 国民劇場の気高いシルエットの辺りで閉じられている」。

今では、当時は存在しなかったテレビ塔のイルミネーションも加わって、一層華やかにプラハの夜を彩っている。

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 聖ヴィート大聖堂のゴシックの尖塔が重厚な輝きを帯びて、夜の帳が街をすっぽりと包み込む。

 

 ちょっと人恋しくなってきた。さあ、街に戻ろう。

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夕陽に染まるプラハ、モーツアルトの教会

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  かつて職場の先輩にこんな教えを受けたことがある。「まず、鳥になれ、そして次には虫になれ」。物を見るときは、最初に全体像を把握し、その後に現場の具体的なディテールに肉薄する。そうした鳥瞰図と虫瞰図による多角的理解が、状況判断のポイントだというわけだ。

 旅においてもやはり鳥瞰図は必要だ。夕陽に映えるプラハの街を上から見下ろそうと、ペトシーンのケーブルカーに向かった。

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 ここのケーブルカーは、トラムや地下鉄の1日券と共通なので、新しく切符を買う必要がない。通常ならペトシーン公園にある展望台に昇るところだが、ちょっとスタートが遅れてしまい、エレベーターのない展望台の階段を昇っていたら日が沈んでしまいそうだったので、途中駅で降りて夕景を見ることにした。駅から少し坂を上ると、街が一望できる小さめの広場がある。ここからだと、左側のプラハ城もほぼ目の高さと同じくらい。近い距離にある。

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 手前にはマラー・ストラナ地区、ヴルタヴァ川を挟んで旧市街、さらに遠くには近代的な新市街と分かれていることがよくわかる。

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 ヴルタヴァ川が東に蛇行して行く辺りに、西日を浴びて浮かび上がる建物は、ルドルフィヌム(芸術家の家)。チェコフィルハーモニーの本拠地だ。

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 ルドルフィヌムの手前に渡されている橋はマーネス橋。トラムでマラー・ストラナ地区に行くときに何度も渡った橋だ。その奥はチェコ橋。壁面装飾の美しいパリ通りに繋がっている。

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 チェコ橋にはこんな女神像がある。

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 カレル橋はもう日陰に入ってしまった。相変わらず人があふれている。

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 一方、プラハ城にはまだまだ西日が当たっていた。

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 すぐ手前の白いクーポラは聖ミクラーシュ教会。プラハには旧市街広場にも同名の教会があり、すでに紹介したが、こちらは1783年モーツアルトが訪れてオルガン演奏をしたことが記録に残されている。死亡時には、プラハ市民は世界で最初のモーツアルト追悼ミサをこの教会で行った。3000人もの市民が集まったという。

 ウイーンはモーツアルトの音楽は評価したものの、経済的援助をする人はいなかった。対してプラハの貴族たちは、ベルトラムカ地区に別荘を提供して暮らしを支えるなど、物心両面の援助の手を差し伸べた。モーツアルト自身も4度もプラハを訪れている。「ドン・ジョヴァンニ」はプラハ滞在中に仕上げたオペラで、民衆の熱狂的な支持を受けた。また「プラハ」というそのものずばりの交響曲まである。そんな経緯もあって、市民はモーツアルトへのシンパシーも強かったようだ。

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 教会のずっと後方に団地のようなビル群が見える。ここの中心街は丸ごと世界遺産に登録されており、3500もの建造物が文化財に指定されて勝手に改修は出来ない。その分、新しい建築は外周に造られることになるのだろう。

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 その旧市街を見下ろすと、広場にあるティーン教会の2本の尖塔がそびえ立っているのがわかる。

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 さらに右側の奥にはテレビ塔が立っている。国内最高の216mの高さの塔だ。東京スカイツリーのほぼ3分の1。でも高層ビルの少ないプラハではかなり目立つ。

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 次第に街が本当に赤く染まってきた。

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 城の背後の空が黄昏色に変って行く。喧騒に近い騒音も飛び交う市街地から一歩抜け出して、暮れなずむ空間に身を置くと、この街が何世紀にもわたって被ってきた被支配や敗北の歴史が、耳鳴りのような静寂の重みを持って迫ってくるような感覚に襲われる。

  寒さが忍び寄ってきた。広場に一軒だけあるレストランに飛び込み、カフェで暖をとり、トイレを済ませてプラハ城のライトアップを待った。

 

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プラハ カレル橋の夜明け

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 早朝、窓を開けると、身を引き締める冷気の感触と共に、上空に瞬く星を見つけた。ああ、今日は晴れそうだ。日中は人で埋め尽くされるカレル橋も、未明から夜明けにかけての数時間だけ、喧騒がピタリと収まる時間帯がある。「誰もまだ渡っていないカレル橋を一番乗りしてやろう」 。カメラを片手にホテルを飛び出した。

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 何といってもこのホテルは、地の利という点では非の打ちどころがない。カレル橋から1分。道路に出たら目の前に橋塔が見える。

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 600年の歴史を誇るゴシックの橋塔をくぐった時、一瞬ブルッと震えが来た。この橋が造られた15世紀には、旧市街地側の川に突き出た場所は処刑場として使われていた。十字架はその罪人たちの最後の祈りのために建てられたという。この暗闇に幾多の迷える魂がうごめいているせいかもしれない。

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 橋の両側に立つ像は合計30体。

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 わずかに色づいてきた東の空を背景にうっすらと浮かび上がる。

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 行に耐える修行僧、あるいは「人とは何ぞや」と思索にふける哲学者?

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 もちろん、この中央に立つ聖ヴァーツラフを始めとしていずれ劣らぬ聖人たちなのだから当然だが、輪郭しか見えない時間帯だからこそ、なおさら崇高さが増すような気がする。

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 やがて、次第に東の空に赤みが差してきた。プラハの夜明けだ。

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 30体の像にはそれぞれのエピソードがある。以前アメリカのクリントン元大統領が来た時、チェコのハヴェル大統領はカレル橋に案内し、この橋の上で2時間もそのエピソードを語り続けたという。それだけチェコの人たちにとっては思い入れの深い橋なのだそうだ。

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 遠くに見える像は、右側が聖フランチェスコ・ザビエル、左側が聖キュリロスと聖メトデウス像。

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 この朝は本当に雲一つない空。オレンジ色が徐々に青の中に勢力を広げて行く感じが面白い。

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 ザビエル像は、間近かで見ても見事なシルエットを演出してくれる。

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 王宮側に近い場所の川の中に、こんな騎士像が建っている。金色の剣を持ったブルンツヴィークだ。敵が攻めてくると、彼の軍隊「ブラーニク」を招集して戦う、プラハを守る戦士だという。

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 「神秘を他の言葉で言い表すとしても、思いつくのはプラハという言葉だけである。暗く彗星のように物悲しげな都市。その美しさは、燃え上がる炎を思わせる」    アンジェロ・リベリーノ「魔都プラハ」より

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 聖人たちの様々なシルエットのパフォーマンスに見とれているうちに、朝がやってきた。滞在初の朝にもう、とても素晴らしいひと時を味わうことが出来た。さあ、プラハは、次はどんなサプライズを用意してくれているのだろうか。

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ウイーンからプラハへ プラハ城とカレル橋の夜景

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 ウイーンから約5時間の電車の旅を終え、プラハ本駅から地下鉄を乗り継いで、ホテル近くのスタロメスツカ駅に着いた。階段を上り切った時、アーケードのアーチ越し、正面にキラリと輝いたのは、勝利の女神ニケの像の背後に浮かぶ漆黒のプラハ城だった。

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 地下鉄構内の陰鬱な閉塞感から一挙に解放された瞬間、目に飛び込む光景は、人に強いインパクトを与えるものだ。それが、何とその街のシンボルだった時の、あまりにも突然の衝撃は、決定的な印象として脳裏に刻み込まれてしまう。それが、私にとっての2011年のプラハだった。

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 あわただしくチェックインを済ませて、早速カレル橋に出向いた。もう日は沈んでいたが、夕映えの残照はまだ橋の周りに漂い、多くの人でにぎわっていた。

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 ライトアップが始まった橋塔には、中央に聖ヴィート、カレル4世、聖ヴァーツラフというこの都市の形成に寄与した3大スターが並ぶ(この3人はこれからもブログにたびたび登場するので、御記憶を)。さらにその上、薔薇のアーチの中に居る2人は、ボヘミアの守護聖人聖ヴォイチェフと聖ジグムントだ。

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 プラハ城の背後には黒い雲が浮かんで、ちょっと邪魔をしていたが、さすがにライトアップされた城は重厚感たっぷりだ。

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 橋から上流を見ると、国民劇場の丸いフォルムが一際大きく闇に浮かんでいる。

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 その手前、ヴルタヴァ川に灯りを映したビル群も美しい。

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 下流側にはドヴォジャーク(ドボルザーク)ホールのあるルドルフィヌムが雄大な姿を見せる。

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 後ろを振り返ると、旧市街側の橋塔や教会などのクーポラ、尖塔が空に突き出ている様がわかる。百塔の街のイメージが少し理解できる。

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 このカレル橋は、14世紀後半から15世紀にかけてカレル4世時代に建造されたもの。全長520m、幅は10mあり、今は車両通行禁止となっているため、昼夜を問わず観光客であふれている。3月は観光シーズンではないのだけれども、さすがに世界的名所なだけに、夜になっても人の往来が途絶えることはなかった。

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 橋には30体の聖人像が置かれている。その中でも十字架を掲げた聖フランシスコ・ザビエルの像がなぜか気に入って何枚も写真に撮ってしまった。

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 プラハ城は周囲が暗くなるにつれてますます輝きを増してくる。

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 下に位置するマラー・ストラナ地区が暗いだけに、夜の闇とに挟まれてその冴え冴えとしたライトアップがなおさら浮き出して見えるのだろう。

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 周囲を散歩して戻ってきたカレル橋。夜9時を過ぎるとさすがに寒さもあって人通りは少し減ってきた。右の聖人は洗礼者ヨハネ。

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 橋を戻って、旧市街側の聖十字架修道会広場に来た。クレメンティヌムという、教会を含む複合建築には国立図書館やコンサートが良く開かれる礼拝堂など様々な施設が入っている。手前左の像がカレル4世。この橋の着工を命じた王で、アルプス以北では初の大学となったカレル大学の設立趣意書を手に持って立っている。初日はまあこんなところで、ホテルに帰ろう。

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