フランス・ランス(reims)

フジタ礼拝堂 情念がほとばしるフレスコ画

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 9月末とは思えないとても暑い午後だった。ランス駅からフジタ礼拝堂を目指して歩いた。

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 途中の目印の大きな古代の門はすぐ見つかったが、そこから1度道を間違え、20分ほどかかってようやく礼拝堂にたどり着いた。

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 フジタ礼拝堂、正式にはノートルダム・ド・ラ・ペ(平和の聖母)礼拝堂は、本当に小さな、村の祠のような建物だった。

 日本人画家としてはほぼ唯一、エコール・ド・パリの画壇で認められた藤田嗣治が、晩年にその心血を注いで築き上げた礼拝堂だ。

 藤田は、初めは乳白色の輝くような肌色の女性像を見事に描き上げる画家として名前を覚えた。しかしある不幸な時期を過ごしたことは後に知った。第二次世界大戦時に祖国に帰った彼は、従軍画家として日本軍の戦いの姿を暗い筆致で描いたことがある。それが、戦後になって翼賛画家の汚名を着せられることとなり、追われるようにして日本を離れ、フランスに戻って行った。

 彼がランスの大聖堂でカトリックの洗礼を受けたのは、そんな経緯のあった後、1959年、73歳の時だった。それから彼はレオナール・フジタとなる。その洗礼名はレオナルド・ダ・ヴィンチへのオマージュでもあるという。

F1のシャンパン掛けに使われるシャンパンのメーカーG・H・Mumm社の資金援助を受けて手掛けた礼拝堂は、同社の敷地内にひっそりと建っている。小学校の教室1つ分くらいの広さだろうか。小じんまりした空間の入り口で、マダムが受付をしていた。どう見ても貴族階級の令夫人風、受付係には不似合いのノーブルな雰囲気のお方だった。

簡単な説明を受けて、周囲を見渡すと、ほぼ4面の壁すべてに聖書の物語に基づいたフレスコ画が描かれている。マダムから「写真撮影は禁止」と強調されていたので、カメラをしまって絵をみつめる。ほどなく子供連れの客が帰り、堂内は私とマダムだけになり、物音一つしない静寂に包まれた。

正面祭壇にはイエスを抱くマリア。フレスコ画なので彼特有の乳白色の肌ではないが、マリアを始めとした女性たちはいずれも清楚で美しい。それだけではなく、キリスト磔刑などの絵は80歳という年齢を全く感じさせない、画家として最後の情念の炎をメラメラと燃やしてぶつかったことをほうふつとさせる迫力に満ちている。凄い。

堂内右側の小さな祭壇に折り鶴が置かれていた。「そこにフジタが眠っているの」。マダムが口を開いた。「そういえば、夫人もここに?」「そう。君代さんもそこにね」。そんな会話の後、マダムは入口側壁を指差し、キリスト磔刑図の右端にフジタ自身が描かれていることを、また祭壇画には君代夫人もいることを教えてくれた。

「メルシー」。覚えたてのフランス語で礼を言い、礼拝堂を出ようとすると、マダムから呼び止められた。「ムッシュ、あなたの今立っているところまでは礼拝堂の中だから、写真禁止よ。でも、そこから1歩出れば建物の外。私には禁止する権限がなくなるの」。ウインクと共に、そんな言葉をかけてくれた。とても暑い午後。入口の扉は全開状態だ。私はもう一度心からの感謝の言葉を言い、写真を撮らせてもらった。

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 中央祭壇の聖母子。1966年、彼が80歳の時に8月から3カ月で描き上げた。フレスコ画は漆喰が乾かないうちに描かなくてはならない。総面積100平方mにもなる面積を埋め尽くす絵画を、真夏の時期に手掛けることは相当の体力を必要としただろう。

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 完成後体調を崩し、入退院を繰り返したのち、1968年1月29日、チューリッヒの病院で天に召された。

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 右側壁にはキリストの、ゴルゴダの丘への道行きが描かれた。2003年、この壁の側にある小さな祭壇の下に、フジタの亡骸が移された。また、2009年には君代夫人もここに埋葬された。

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 外からの撮影なので見にくい角度だが、迫力は伝わってくると思う。

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こちらはキリスト誕生の場面。人物の表情はフジタ独特の特徴が表れており、色彩面では青の使い方が美しい。

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 ステンドグラスにもマリアが描かれていた。これを手掛けたのも、ランス大聖堂のシャガールのステンドグラスを仕上げたシャルル・マルクだという。

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 フジタに酔った帰り道、この地の名物であるシャンパンを一杯。のど越しを快く刺激する瞬間が今でも忘れられない。

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サン・レミ・バジリカ聖堂

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 うららかな日曜の朝、ホテル近くのバス停からサン・レミ聖堂に向かった。この聖堂もランス大聖堂、トー宮殿と並んで世界遺産に登録されている。

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 堂内に入ると、ちょうどミサの最中だった。とても広い空間なので、邪魔にならないように後方から写真を撮りながら終了を待った。

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 聖堂の建設が始まったのは1007年。以後何度も修復を重ねて、ロマネスクとゴシックの共存した様式になっている。頭上のシャンデリアが豪華だ。

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 エコール・ド・パリの画家藤田嗣治は1959年、この聖堂を訪れた。

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 祭壇のロウソクを灯そうとした時、辺り一帯に神秘的な光が広がるのを体験したという。その経験を機に、彼はカトリックに改宗し、この地に礼拝堂を建設することになるが、その話は次回に。

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 この教会には、名前の通りサン・レミ(聖レミ)の遺体が安置されている。彼は初代フランフ国王クローヴィスに洗礼を授けた司教。これによってフランク王国はキリスト教の国となるわけだ。また、この儀式の最中に聖霊を意味する白い鳩が現れて聖油をクローヴィスに運ぶという奇蹟が起こった。つまり、フランス建国に際し、神の意志が働いた教会とされ、後に国王の戴冠式はランスで行われる決まりとなったという。

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 そのクローヴィスの洗礼の場面が身廊の奥に再現されていた。

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 そんな訳でここは洗礼がキーワードとなっているらしく、こちらにはキリストの洗礼のレリーフがある。

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 祭壇には立派な金の箱のようなものがあった。reposeと書いてある。休息、あるいは永眠という意味もあり、これは聖遺物が入っているのかも。

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 随分と意匠を凝らしたものになっている。

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 南袖廊に回ると、こんな群像に出会った。横たわったキリストを囲んで悲しむ聖人たちの構図は「ピエタ」。バチカのサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロのピエタ像とはまた違った表現になっている。後方のステンドグラスからの青い光が神秘的な感じを演出しているようだ。

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 地下に通じる階段の鉄柵に日が当たって、その変化に富んだ模様がシルエットになって映っていた。

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 まるでレースのような細やかさが面白かった。

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目隠しをされた女性像はだれ? トー宮殿

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 ランス大聖堂の隣りにあるトー宮殿で、不思議な像に出会った。

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 初めは、手前のエヴァの手にある小動物に目を奪われていた。が、少し奥に視線を移した時、異様な姿をした像に釘付けになった。

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 わずかに下を向き、内に秘めた激情を押し殺すかのようにキッと唇を閉じた一人の女性。何よりも、目を覆う布は自らが施したとは思えない。何者かに、理不尽にも視界を遮られた無念さが、滲み出ているように見えてしまう。

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 あなたは何ゆえにそのような不自由な姿でたちつくしているのですか。

 何ゆえに目隠しをされているのですか。

 なのに、何ゆえにこれほど圧倒的な存在感を発しているのですか。

果たして何の像なのか、全く分からないままに帰国した。調べて初めて、この像がユダヤ教会の擬人像「シナゴーグ」であることがわかった。

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 この女性像は、12世紀中ごろに現れた。ユダヤ教会(旧約聖書)は、キリスト教会(新訳聖書)によって凌駕されるべきものだ、との考えに基づいている。シナゴーグ像は右手に、キリスト教会への敗北を意味する折れた槍を、左手に、まだ捨てきれずに執着する古来の律法板を持つ姿で現わされる。そして目に巻かれた布は、キリストが流した血によって失明した状態なのだという。ランスの像は、戦災などで両手が失われてしまったが、目の布だけはしっかりと残っていた。

 ストラスブール大聖堂の壁面には、勝利したキリスト教の象徴として、十字架と聖杯を持ったエクレシア(キリスト教会の擬人像)が、シナゴーグの横に対照的に置かれているそうだ。

 言って見れば、この女性像は、キリストを死に追いやった罪を着せられて、キリスト教をあがめる場所にさらされた見せしめの像ということになる。何という悲劇的な宿命を負わされた像なのだろうか。

 キリスト教徒ではない私にとって、この擬人像の深い情念を感じさせる表情は、忘れられないものとなった。

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 トー宮殿の他の展示物を見て行こう。この宮殿は大聖堂関係の博物館となっている。建物がT字型をしているため、ギリシャ文字Tの発音「トー」を取ってこう呼ばれている。歴代国王の戴冠式の後、ここが祝賀会場となってきた。大聖堂のオリジナル像などの保存のためにここに陳列されているものも多く、西正面の「聖母戴冠」のオリジナルが、これだ。

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 大聖堂は何度も災害にあってきたが、最もひどい災害は第一次世界大戦中の1914年9月19日のドイツ軍による空襲から発生した火災だった。外形だけを残して、聖堂内部は焼き尽くされ、貴重な品々ががれきと化した。当時の写真が展示してあった。

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 口元から何やら黒いものを吐き出しているガーゴイル。これは空襲によって加熱した屋根の鉛が溶けて、ガーゴイルの口から流れ出し、そのまま固まったものだという。

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 この時、微笑みの天使も頭部がもぎ取られるという惨事に遭った。しかし、若き司祭が必死に砕け散った頭部の破片を拾い集めたことで、散逸が防がれ、復旧が可能になった。

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 大聖堂の再建は、建築家アンリ・ドゥスの手によって行われた。

第二次世界大戦の時は、あらかじめ主要な像たちは地下室に移動・保管したため、空襲に遭わずに無事だった。その大戦の終戦は1945年5月8日、ドイツが降伏文書に調印して連合国勝利となったが、その調印式はここランスで行われた。

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 見学中、保管庫も覗くことが出来た。まだまだ、修復を待つ像たちが沢山保管されていた。

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 展示されていた写真の中にはこんな空のスナップもあった。

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 そのスナップは、ホテルの部屋から撮った朝の風景にちょっと似ていた。

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 そして、出口付近で、シナゴーグの物と思われる被災時の写真を見つけた。何とも痛々しく、さらに深い印象を刻むことになった。

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海底の青のきらめき シャガールのステンドグラス

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 ランス大聖堂の最も奥まった東端の壁に、3枚のステンドグラスが掲げられている。 西正面を入った時、138・7mの距離を隔ててうっすらと青い光が網膜に届いていたはずだが、空間の巨大さに圧倒されて、その青い光の源が何であるかなどという思いには至らなかった。

 いくつもの礼拝堂、彫像を通り過ぎてそのステンドグラスにたどり着いた時、それまで感じていた中世の感覚とは全く違った、懐かしい優しさに包まれている自分に気付いた。それが、シャガールのステンドグラスだった。

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 ベースは青。というより藍に近い。海の底から水面を見上げた時に見えるであろう、濃いけれども決して暗くはない、キラキラした青。

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 このステンドグラスを製作したのは、1973~74年にかけて。シャガールは80代半ばだった。ちょうどその10年ほど前、アンドレ・マルローからの依頼でパリ・オペラ座(パレ・ガルニエ)天井画を手掛け、その頃から油絵以外の壁画、ステンドグラスなどの新しい作品分野への進出を始めていた。

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 この大聖堂に描かれた基本テーマは聖書の物語。これはキリスト磔刑図だ。

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 こちらは聖母子の姿をクールな色彩で表現している。

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 ただ、ここの土地に関連した題材も織り込まれており、この右下の場面はクローヴィスのキリスト教改宗・洗礼を描いているようだ。

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 ステンドグラスはまさにガラス工芸なので、専門のガラス職人が必要になる。そんなパートナーとしてコンビを組んだのがシャルル・マルクという熟練の職人だ。シャガールのフルネームはマルク・シャガール。彼はシャルルのことを「もう一人のマルク」と親しみを込めて呼んでいたという。

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 この作品の製作時期に住んでいたのは南仏・ニースの近くサン・ポール・ド・ヴァンスという小さな村だった。1985年、97歳で亡くなった場所もその地。数年前そこを訪れた時、小さな発見があった。

 シャガールの墓を探して、丘の上にある村を歩いていたら、麓の方から子供たちの歓声が聞こえてきた。ちょうど放課後で小学生たちが学校の校庭に出ていた時間帯だった。「シャガールの墓はどこにあるか知ってるかい?」子供たちは、墓は知らないが、シャガールの絵ならいつも見ているよ、と言う。

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 どういうことかと思ったら、実はこの学校の玄関にシャガールの壁画が置かれていたのだ。自らの終の棲家と定めてこの地に住んだシャガールが、この地とここの人たちをいかに愛していたかを容易に知らしめる壁画の存在だった。

 シャガールは語っている

 「芸術が伝えるべきものは、愛である」

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 また、ランスはシャンパーニャ地方の中心都市だ。その名の通り、シャンパン製造の中心地となっており、あのドンペリのメーカーのワインセラーも近い。その歴史を伝えるステンドグラスもあった。これはブドウの収穫が描かれている。

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 こちらにはシャンパン造りの工程が。とても楽しい図柄になっている。

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 さらに今年6月、創建800年記念としてシャガールの両側に新しいステンドグラスが取り付けられた。ドイツ人アーチスト、イミ・クネーベルの作品で、青・黄・赤の3色をベースにした抽象画だ。個人的にはあまり調和していないように感じられた。パリ在住のジャーナリストの友人によれば、このステンドグラス設置の是非について論議を呼んでいるとのことだった。

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ランス大聖堂  切られた自分の首を抱えて歩き続けた聖人

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 ランスのホテルは大聖堂から歩いて数分のところにあった。エレベーターのない4階(日本式で5階)の部屋ということで、荷物を持って上がるのに大汗をかくことになった。だが、一つだけ思いがけないメリットがあった。

 朝早く外の空気を入れようと窓を開けると、通りの奥に何やら巨大な影が見えた。確認すると、それはまさしく大聖堂だった。

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手前に別の部屋があったのでその全容を見ることはできないが、ちょうど朝日の上る少し前、空が赤みを増そうという時刻のシルエットを、ほぼ正面から見ることが出来た。

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 朝食後、まずは大聖堂の東に足を伸ばした。大聖堂の裏側、つまりフライングバットレスの露出した豪快な姿を、直射日光の下で見たかったからだ。西正面側の優美なフォルムとは打って変わって、ゴシックの建築は東に全く別の顔を持つところがとても面白い。

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 戻りがけに北側扉口を見た。ここにも3つの扉口があるが、中央扉口にはとんがり帽子をかぶった聖カリクストゥスがおり、その上に広がるタンパンのおびただしい像がすごい。

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 その左側壁面には、自分の首を持って立つという不思議な像がある。

 この人はパリ最初の司教サン・ドニ。3世紀半ばに、今のフランス・パリ地方にキリスト教布教のために訪れた伝道者だ。当時キリスト教はまだ迫害の対象となっており、伝道の最中拷問に遭い、斬首刑となってしまった。しかし彼はただの伝道師ではなかった。殺された後、自分の首を取り上げ、約10キロ離れた地(現在のサンドニ)まで歩き、そこで息絶えたのだという。その奇跡によって、後にフランスの守護聖人になった。フランスの教会を訪ねるとあちこちで首を持った聖人像に出会う。大半はこのサン・ドニさんだと思って間違いない。

 オーギュスト・ロダンはこの像について「北の入り口の素晴らしいサン・ドニ。飛躍の途中で断ち切られ、中断されても、その思想はずっと後になってもはや終わることのない日に再び結びあわされて力を取り戻すという象徴だ」と記している。

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 左扉口には、美しき神・キリスト像。

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 その上には「最後の審判」の模様が事細かに彫られている。大変に細かい仕事がなされているのがわかる。

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 ここの扉口が開いていたので、そこから聖堂内に入った。中央扉口上にある薔薇窓の青さがなかなか見事に見える。

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 その底辺部分にある像も一つ一つ丁寧に製作されているのがわかる。

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 ちょうど扉周辺の群像の一部に朝日が差し込んでいた。

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 でもやはり、この大聖堂は西正面からの姿が一番美しい。

 

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ランス大聖堂の内部を見る

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 大聖堂に入ってまず驚くのが、その大きさだ。床から天井までの高さが38mにもなる。奥行きは実に138・7m。確か東京ドームのセンターフェンスまでは122mなので、この建物にドームのフィールドがすっぽり入ってしまうということになる。

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 起源は401年。だが、9世紀に大聖堂として改築された。816年のルイ敬虔王がフランス国王としての戴冠式を行った頃だ。

 (堂内でちょっと特別なミサが始まった。)

 10世紀ころから、商業の発展に伴って都市の市民たちが富を蓄積して行く。それと時を同じくしてフライングバットレスという建物の重力を支える新たな工法が編み出され、高く大きな教会建築が可能になった。これが、あくまでも高さを追求するゴシック教会の実現をうながすことになる。

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 さらに、この時代に聖母マリアをあがめる聖母信仰の機運がフランス全土に広まっていった。威厳に満ち、最後の審判では人々を地獄にも振り分ける立場の怖い存在であるキリストよりも、慈愛に満ちた聖母マリアにキリストへのとりなしを頼むという、救いを母性に求める信仰の方向性が強く指向された時期だった。従ってこの時期に建設されたアミアン、ランス、パリなどのゴシック式大聖堂はいずれも「ノートルダム=我らが聖母大聖堂」と名付けられている。

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 そして、なぜかあまりにも良い?タイミングでそれぞれの古い大聖堂が程よく火災に遭い、改築されることになった。

 (少年少女たちの澄んだ歌声が聖堂一杯に響いていた)

 
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 北側の周歩廊を歩いて行こう。

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 とても美しい聖母子像に出会える。

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  製作年代は比較的新しい感じだが、正確には作者はわからなかった。だが、暗い礼拝堂で、蝋燭の光をかすかに浴びながら、まさに慈悲深い表情で信者たちを見下ろす姿は、思わず手を合わせてしまう感覚に襲われた。

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 その奥には、甲冑をまとった少女像が据えられている。ジャンヌ・ダルクだ。本来なら後方のステンドグラスがジャンヌに光を浴びせてくれるのだが、残念ながら修復中だった。

 ジャンヌはランスの南東100キロのドムレミ村生まれ。大天使ミカエルから告げられた使命を全うして戦いに勝ち、王太子シャルルをランスで王位につけることに成功した。しかし、その後敵軍の捕虜となり、魔女裁判にかけられルーアンで火刑となってしまった。わずか19歳。以来490年にもわたって異端とされてきた。

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 ヴァチカンが魔女裁判を取り消して聖女に列したのは、1920年になってからのことだった。

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 もう一度西正面に戻ると、ファザードの裏側から2つの薔薇窓が堂内に光を注いでいる。1つのファザードに2つの薔薇窓を持つ構造は独特だ。

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  薔薇窓は13世紀に造られたものが今も残っている。中心にマリア、周囲に12使徒、さらに外側は天使たちが描かれている。

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 外側から大きな薔薇窓を見るとこんな具合だ。

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 薔薇窓のちょうど中心の位置に聖母戴冠の彫刻の先端が届くように設計されている。聖母が冠を戴くというシーンは聖書にも出てこない話だが、マリアとキリストとを一体化させる試みとして、この時期に初めて登場した形式だという。戴冠によって、あらゆる美徳を備えることになるマリアが、人々の願いを丸ごと掬い取るという全能の役割を、この時期以降は演じることになる。

 ここにあるのはレプリカで、オリジナルは隣のトー宮殿に保管されている。

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 薔薇窓のすぐ横にある聖人らの群像。遠くから見るとそうでもないが、3mはあろうかという大きな像だ。 

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大聖堂中央扉口の彫像 微笑みの天使

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 ランス大聖堂の中でも個人的に最も心魅かれる場所を見て見よう。

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 西正面中央の扉口に近づいてみる。中央柱の聖母像の他に、両側にずらりと彫像が並ぶ。人間と比べるとその大きさがわかる。約3mはある堂々とした像たちだ。

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 向かって右側奥の2体をクローズアップしてみよう。翼のある大天使ガブリエルが聖母マリアに向かって妊娠を告げる「受胎告知」の場面だ。この場面は有名無名の作家たちによって数え切れないくらい描かれてきた。しかし、ガブリエルの表情が何にも増してユニークだ。受胎告知を描いたフラ・アンジェリコやダヴィンチの作品にしても、このように満面の笑顔を湛えた天使は見たことがない。

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 ジョルジュ・バタイユはその著書「ランスのノートルダム大聖堂」のなかで「この聖人たちの彫刻は聖衣をまとって永遠の身振りを誇り、他方でかつて石がここまで微笑んだことがあろうかとおもえるほど・・・」と記述している。

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 絵画に豊かな表情が現れるようになるのはルネサンス前後からといわれるが、13世紀半ばというこの時期に、いわゆるアルカイックスマイルではなく、はっきりとした感情表現を試みたこの作品は画期的だと言えるのではないだろうか。

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 ただ、告知を受けるマリアの表情が今一つ物足りないのだが・・・。

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 その隣の2体は、マリアのエリザベート訪問。告知を受けたマリアが、既に従姉のエリザベートが身ごもって6カ月になることを知り、訪ねて行くというシーンだ。

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 さきほどのマリアと比べて、何と神々しく凛とした表情に溢れていることだろうか。キッと上方に視点を定め、やがて生まれ来る我が子・キリストに、数々の苦難が待ち受けていることを予感するかのようだ。

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 エリザベートとの年齢差も見事に造り分けられている。

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 これらの像は確かに背後にある円柱に取り付けられているが、ロマネスク時代のようにただ柱にまっすぐに付いているのではなく、斜めになったりお互いに会話を交わしているかのように自由に向きを変化させている。教会建築の一部分だった像が、次第に独立の色を強め出している。

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ルネサンス期にはミケランジェロなどの出現によって彫像は完全に一個の芸術作品へと変貌を遂げて行く。まさにその変化の過程を、ここに見てとれる。

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 中央扉口左側壁面も見て見よう。こちらも衣の襞の流れるような線の美しさがよくわかる。

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 写真左端の丸い帽子をかぶった聖ヨセフも口元をゆるめて優しい表情を浮かべている。地元の人たちはこの像を「ヨセフの匠」と名付けて親しんでいるという。

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 中央扉正面の柱には聖母像。「ランスの聖母」と呼ばれる。この教会はノートルダム(我らが貴婦人)大聖堂であり、ノートルダムとは聖母マリアをさす言葉だから、まさに主役の像だ。ロダンはここを訪ねて「「中央柱の明るい顔の聖母は、これこそフランスの女である。我が国の美しい植物である」と称賛した。

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 そして左扉口の左側壁面にあるのが「微笑みの天使」と呼ばれる有名な天使像だ。修復が行われたようでここの扉口全体が白く新しくなっていた。そのせいなのか、それとも実物は他のどこかに保管中なのか、私には以前写真で見たより乏しい感じの表情に思えた。これなら、さきほどの大天使ガブリエルの方が断然素晴らしいのではないだろうか。

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大聖堂とジャンヌ・ダルク

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 ランス駅で列車を降り、広い緑地のある公園を横断するとすぐに、レストラン、カフェが並ぶ広々とした通りに出る。そこから南に向かい5分ほど歩いて行くと、交差点で東の方角に巨大な建築物がヌッと姿を現した。ランス大聖堂。カテドラルだ。

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 午後の傾きかけた太陽が直接そのファザードに当たる時間帯になり、建物の石は輝いているようだ。

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 ランスはフランス国民にとっては特別な都市だ。フランスの国王クロヴィスが、このランス大聖堂で洗礼を受けてカトリックに改宗、これによってガリア(フランス)地方の支配を強固なものにした。その時、聖霊を意味する鳩が現れたという。この言い伝えから、フランス建国に際して神の意志が働いた教会とされ、後に歴代フランス国王25人がここで戴冠式を行ってきた。

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 ファザード正面上方の大きな薔薇窓の上にずらりと像が並ぶのは、諸王のギャラリーだ。脇の像も含めて56体の群像があるが、中央部で手を合わせているのが洗礼を受けるグロヴィス。右横が洗礼を施す大司教レミギウス、左には王妃クロティルデが控えている。

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 歴代25人の国王の1人、シャルル7世がここで戴冠式を行ったのは1429年のことだった。傍らに控えるのは、まだ少女の面影を色濃く残す17歳のジャンヌ。

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 百年戦争の最中、イギリスによって王位継承権を奪われたシャルルを復権させるために、神の啓示を受けたジャンヌ・ダルクがオルレアンから戦火を乗り越えてたどり着いた地・ランス。

 ようやく目的を達することのできる喜びと共に仰ぎ見たカテドラルはどれほど眩しかったことだろうか。

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 西正面扉は3か所に分かれる。右側が洗礼者ヨハネら預言者たち、中央が聖母マリアとその物語、左がランスゆかりの聖人たちの姿が柱頭彫刻として並べられている。

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 中央扉口の真上にあるステンドグラスを囲んで、飾りアーチ(アーキヴォルト)には無数の諸像が並ぶ。

 

 ヨハネによる福音書によれば、キリストはバリサイ人にこう説いた。「私は門である。私を通って入る者は救われ、また出入りし、牧草にありつくであろう」。つまり、入口は聖と俗を分ける重要な場所だ。その境目には魂が宿っている。

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 斜めから眺めた正面入り口は、このように諸像たちがずらりとそろい、圧倒的な迫力が伝わってきた。次回には中央扉口をじっくりとみて見よう。

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ランス大聖堂のライトアップ よみがえる彫像

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 ランス大聖堂の壁面には約2300もの彫像がありますが、完成当時はその一つ一つにあざやかな色彩が施されていました。今回のライトアップの特徴は、こうした彫像の当時の色彩をよみがえらせるということでした。

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 少し近づいてみましょう。入口の扉の上、半円形の飾りアーチ(アーキヴォルト)にも沢山の像があることがわかります。

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 入口の大きな3つの扉は、聖人たちなどの像であふれています。

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 中央扉と向かって左扉のいずれも左側の人物たちが並んでいます。それぞれ違った服装をしているのがわかります。

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 アップしてみると、こんな具合。特に赤と青の色が多用されているのが目立ちます。さらに、一番右端、大きな人物像の隣りにある、いくつもの小さい像までもがちゃんと彩色されていますね。

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 中央の飾りアーチ部分。半円状の空間に5列になった人物像がずらりと並んでいます。

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 その上、破風には「聖母戴冠」が表現されています。これもとてもカラフル。

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 中央扉口右側の彫像群。左からの2体が受胎告知、その次の2体が聖母のエリザベート訪問の場面です。

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 さらにアップしてみました。さすがにここまで大きくすると、表情の甘さが気になってしまいますね。ここの像は中世ゴシック時代を代表するすばらしい像ですが、その解説は別の回で紹介しましょう。

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 このライトアップは、SKERTZO(スケルツォ)という照明デザイン会社が最先端のハイパワープロジェクターを開発して実現したということです。私が訪れた9月後半の週末は、気候もちょうどよく天気も晴れて、地元の人たちに囲まれながらの鑑賞が出来、とても素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。

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創建800年記念 ランス大聖堂のライトアップ

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 10日ほどフランスを巡ってきました。その中で最も華やかな行事がランス大聖堂のライトアップでした。写真の整理がまだ出来ていませんが、とりあえずその模様をお伝えしましょう。

 現在のランスの大聖堂は1211年に着工されましたが、今年が着工からちょうど800年ということで、さまざまな記念行事が開催されています。その中でも最大の呼び物はこのライトアップ。ただ光を当てるだけでなく、大きなファザード壁面を使って歴史を振り返ったり、創建当時彩色されていた彫像の色を光で再現したりするという大掛かりなもの。百聞は一見に如かず。まずはご覧ください。

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 夜9時、通常の照明が消えて、白く弱いライトが当てられます。

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 赤、白、青のシンプルな色で枠組みがなされました。

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 今度はオレンジを中心とした照明です。下の方に街の人々が見えます。聖堂建設の話でもしているんでしょうか。

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 骨組みだけの姿になりました。建設が始まるようです。

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 足早土台が出来て作業員が働いています。

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 リボンのような帯がかけられました。プレゼント?

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 一部の枠が白く縁取られ、暗い冬の夜の雰囲気。

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 冬を越してそれぞれの彫像にも色が付いて、どうやら完成したようですね。

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 映像が激しく動くので、この写真ではよくわかりませんが、旗をたなびかせた戦士が現れ戦争が始まります。ジャンヌ・ダルクの戦いでしょうか?

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 ファザードは打楽器のリズムに合わせてめまぐるしく変化して行きます。

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 ピンクがかった不思議な色。

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 今度は緑主体になります。

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 さらにブラウン系の色に。

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 建物が歴史の襞のように折り重なる映像が続きました。

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 色彩が一瞬消えて、浮かび上がったのはこの大聖堂でも最も有名な像の一つ「微笑みの天使」です。

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 こうして25分間にわたるライトアップは終了。広場を埋め尽くした観衆から大きな拍手が沸き起こりました。確かにこのような大掛かりでかつ繊細ななライトアップは初めて見ました。音楽も良かったし、さすがフランス、と思わせるものでした。

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