フィレンツェの美術  美術館・博物館

サンタ・トリニタ教会、サン・マルコ修道院、バルジェッロ国立博物館

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 ブランド通りとも呼ばれるトルナヴォーニ通り・サルバトーレ・フェラガモ本店の向かいに地味な外観を持つサンタ・トリニタ教会がある。観光客などはほとんど見かけないが、中に入ると意外にも豪華な壁画に遭遇できる。

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 サセッティ礼拝堂にあるギルランダイオの「聖フランチェスコ伝」だ。サセッティ家はメディチ家の銀行の総支配人も務めたルネサンス期の有力者。自分の名前もフランチェスコだったことから自らの礼拝堂に聖フランチェスコの生涯の壁画を依頼した。これによって、礼拝堂装飾の代表的な作品が完成した。画面下側の祭壇画を挟んで向かい合うのがサセッティ夫妻の像だ。

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 壁面上部にあるのはフランチェスコが教皇から修道会の認可を受ける場面。実際にはローマで行われたのだが、ギルランダイオはフィレンツェのヴェッキオ宮殿とシニョーリア広場での場面に設定して描いている。

また中段では窓から落ちた子供を助けるシーン。これもローマではなくこのサンタ・トリニタ教会とサンタ・トリニタ橋が背景になっている。ルネサンスの花を開かせた当時のフィレンツェ市民は自分たちの街を「新しいローマ」と誇りを持って公言していた。その時代の空気を反映しているかのようだ。

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 下段の祭壇画は「羊飼いの礼拝」。誕生したばかりのキリストへの礼拝の場面が描かれている。右側で、横たわるキリストを指差しているのがギルランダイオ本人の姿だ。

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 また左側壁面では、上段に財産を放棄して修行の道に入るフランチェスコ、中段には聖痕を受ける姿が描かれている。

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 また、別の礼拝堂では聖母マリアの生涯を描いたフレスコ画も。

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 この祭壇画は聖母戴冠。

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 さらに、L・モナコ作の受胎告知もあった。こんな風にバラエティに富んだ絵画群がほとんど貸し切り状態で楽しめる教会だ。

受胎告知に接したということで、フィレンツェで最も有名な受胎告知も紹介しよう。サン・マルコ修道院にあるフラ・アンジェリコの代表作だ。

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 2階廊下に昇る時に見えてくる「受胎告知」。詳しくは今年3月にアップしたブログでどうぞ。

      http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-6de4.html

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同修道院の2階には僧房だった沢山の小部屋があり、それぞれの部屋に1枚ずつキリスト伝の絵が残されている。そのうち、これはキリスト磔刑。

 
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 聖母戴冠の図。

 
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 そして、小部屋にも受胎告知はあった。こちらは一層簡潔で清々しくさえ感じられる空間だった。

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 さらにもう1か所。バルジェッロ国立博物館の一部を。以前の司法長官の館が今は博物館になっている。

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 中庭に並ぶ彫刻群。

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 壁面には当時の貴族・有力者たちの紋章などが飾られている。

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 落ち着ける中庭のスペース。

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 最後にミケランジェロのバッカス像。駆け足だったが、見どころ十分の博物館だった。

 

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ドゥオモ付属美術館再訪上・サロメは本当に悪女だったのか

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 フィレンツェの大聖堂などの美術品を所蔵しているドゥオモ付属美術館にもう一度入ってみた。前回は主にミケランジェロのピエタを中心に見学し、このブログにも掲載したが、今回は別の魅力的な彫像に出会った。

 前回の掲載内容は以下のURLでどうぞ。

http://jun-gloriosa.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-7ecb.html

 美術館入り口近くにあったこの3体の群像。向かって右に剣を振り上げる武将、中央にひざまずいて肩を落とす老人、左にその老人を見下ろす女性。

 全く予備知識なしに突然出会ってしまったため、何の場面かわからなかった。

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 それにしても女性のまなざしは鋭さと共に、どこか淋しげな気配も漂わせているように見える。

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 老人は節くれだった手を合わせ、一種のあきらめを伴って祈りに入っているようだ。緊張感に満ちた空間。

タイトルを読んでみた。「decollazione del battista」とある。「洗礼者の斬首」。つまり、洗礼者であるヨハネが首をはねられる場面のようだ。記憶の中から、以前に聖書の話を聞いた時のことを思い出していた。

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 それは、ヘロデ王の誕生日の宴の時だった。宴の場には妻ヘロデアとその娘サロメがいた。王の求めに応じてサロメが踊りを披露し、上機嫌の王はサロメに「望みのものを何でも与えよう」と提案する。これを聞いた妻ヘロデアは、かねてから疎ましい存在としていたヨハネの首を求めよ、とサロメに要求、これによってヨハネは命を失うことになる。

 つまり、左手で見つめる女性はサロメだった。

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 この時サロメは果たして、自ら進んでヨハネの首を求めたのだろうか。聖書(マタイによる福音書)にはこう書いてある。「母にそそのかされて」「ヨハネの首を盆に載せてここに持ってきていただきとうございます、と語った」。

 王の兄の妻だったヘロデアが、兄を捨てて弟に乗り換えたことをヨハネに非難されており、そのことでヨハネを憎んでいたヘロデア。彼女の悪知恵に娘が乗せられた結果のように思える。

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 それが、サロメ=悪女説が急速に普及したのは、オスカー・ワイルドの戯曲によるところが大きいようだ。1896年に発表された「サロメ」では、彼女はヨハネを男として求め、自らの意向に沿わないヨハネを、「自分の心の欲するままに」「ヨナカーン(ヨハネの戯曲上の名前)の首を!」と叫ぶ。

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 この彫像を制作したヴィンチェンツェオ・ダンティは、やはりサロメを悪女としては形作ってはいないようだ。このとまどいと悲しみを含んだ表情を見れば、そう確信できるように思う。

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 この群像は元々サン・ジョヴァンニ礼拝堂の南門の上に設置されていたが、今は修復を終えて美術館に移り、南門にはレプリカが置かれている。そういえば、サン・ジョヴァンニとは聖ヨハネのイタリア語読みだった。そして、彼はフィレンツェの守護聖人でもある。

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 ヨハネ関連の美術品がもう一つあった。銀の祭壇。14世紀の金銀細工の傑作といわれる作品だ。洗礼堂に飾るために、1366年、ヴェロッキオ工房に依頼があり、完成までに100年以上もかかって1483年に完成した。200kgもの銀が使われ、12枚の羽目板には洗礼者ヨハネの生涯が描かれている。左下、最後の1枚はやはりヨハネの斬首。

 ヴェロッキオ作といわれるが、遠近法、劇的なリアクション表現などは、当時弟子として同工房で働いていたレオナルド・ダ・ヴィンチの手になるものかも、とも言われている。2006年から修復作業が続けられていたが、たまたま私が行く1週間前から展示が始まったばかりだった。ラッキー!

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 さらに、同じ部屋には「サン・ジョヴァンニの宝の十字架」なるものも同時に展示が開始されていた。これも銀製。高さ2m、幅90cmとかなり大きな十字架だ。この中にはキリストが磔になった時の十字架の破片が保存されていたんだとか。

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 中間点で祈りを捧げる小さめの像が清々しい。

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 こちらもなかなかの出来栄えだ。

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 アルフォンソ・デイ・カンビオの聖母子像。

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 こんなテラコッタもあった。

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 ドゥオモのクーポラを完成させたブルネレスキのデスマスクもあった。

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バルジェッロ国立博物館 ダビデ比べ ドナテッロの恍惚

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 バルジェッロ博物館は、数あるフィレンツェの美術館の中でもトップ3に入るお気に入りだ。というのも、ここにはドナテッロの「ダビデ」があるから。

 ダビデとは、紀元前1000年頃のイスラエルの若者。敵国ペリシテとの戦いの際、敵の巨人ゴリアテと1対1で戦って、小石で巨人を倒した英雄だ。後にイスラエルの2代目の王となった。

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 ドナテッロのダビデは、戦いを終えた後の姿を再現した。

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 緊張の名残を残しながら、口元にはかすかに安堵の微笑みが浮かんでいる。勝者としての誇りを滲ませながら。

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 一方、同じフィレンツェ(アカデミア美術館)にあるミケランジェロの「ダビデ」はどうだろう。こちらは敵ゴリアテを射すくめるような眼光で睨みつけ、燃え上がる闘志を抑えきれずに発散する炎の姿だ。そう、こちらはこれから戦いに挑む挑戦者としてのダビデが描かれている。(この写真は修復前で、撮影OKだったころの写真なので、体がだいぶ汚れています)

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 フィレンツェにはもう一つ有名な「ダビデ」がある。同じバルジェッロに置かれているヴェロッキオの作品。これも戦いの終わった後だが、戦いのプレッシャーを引きずっていて表情に余裕は浮かんでいない。この作品は弟子であった少年時代のダオナルド・ダ・ヴィンチがモデルになったといわれている。(借り写真です)

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 この3体それぞれに素晴らしい作品だが、個人的にはやはりドナテッロが好きだ。ブロンズの黒光りを計算に入れたであろう逞しさの表現。

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 しかし、垂れ気味のお尻のリアリスティックな描写、少年にはあり得ないほどぴったりと似合ったつば広の帽子。瞑想するかのような横顔。官能的とさえ思わせるほどの「美」の追求を、ドナテッロは少年ダビデに対して行っている。

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 その極め付けはブーツ。これほど華麗に装飾されたブーツなど、未だかつて見たことがない。

 当時フィレンツェには同性愛が横行していた。「ああ、何と多くの男色者がいることか。いや、彼らは一人残らずこの悪徳につかっている」と、説教師が嘆き、フランスでは男の同性愛を「フィレンツェの悪徳」と呼んでいたほど。ミケランジェロは有名だが、ドナテッロにも美少年趣味があったと伝えられる。そんな背景の下で生み出された理想の美少年がこの作品だったのかもしれない。決して私にはそんな趣味はありませんが、突き詰めた美の極致には魅かれてしまう。

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 ドナテッロの別の作品、両手を挙げた少年像。

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 この博物館には中庭があり、その壁面には貴族の紋章や石板などが沢山張り付けてある。

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 石板を見つめる少年が・・・。

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 この少年はヴィチェンツォ・ジェミートの「魚釣り」。

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 まさにゴリアテのような巨人像も。

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 美しいプロポーションを誇っていたのはジャンボローニャの「彫刻の寓意」。ジャンボローニャといえば、シニョーリア広場のロッジアにあった「サビーニ女の略奪」の作者だが、あのマニエリスムの典型といった感じの作品に比べるとこちらは優しい。長い手足の理想の女性像を造り上げたのかも。

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 このほか、ミケランジェロの作品も何点もあり、ここは彫刻を楽しむには絶好の場所だと言えそうだ。

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ドゥオモ付属美術館 ミケランジェロのピエタ

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 フィレンツェ・ドゥオモの裏手にわりとひっそりとした感じで付属美術館がある。以前ドゥオモに飾られていた美術品を中心に展示されているが、ここの最大の目玉はミケランジェロが手掛けたピエタ像だ。

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 処刑され、十字架から降ろされたばかりのキリストを、後ろからニコデモ、向かって左にマグダラのマリア、右に聖母マリアが支えている。やせ細った上半身、不自然に折れ曲がった右脚が痛々しい。しかし、3年ほど続いた制作が完成を見ずに中断されてしまった。

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 右側から見ると、聖母マリアの左ひじ付近に穴があいており、左脚制作がここで中断されていることがわかる。この像は弟子に預けられ長い間放置された後1721年から大聖堂に展示された。そしてここの美術館に移されたのは1981年と、実に最近のことだ。

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 ミケランジェロは生涯のうちにいくつかのピエタ像を制作している。その最初のものは、ローマ・サンピエトロ大聖堂の「ピエタ」。1498年から1500年にかけて造られたもので、ミケランジェロ23~25歳という才気活発な時期のものだ。

 ピエタという言葉はキリストが磔刑となり、命を落とした時、母マリアが受けた底知れぬ悲しみの表現として使われるもので、日本語にすれば「悲哀」がよりフィットする単語だと思う。

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 この像には、あまりに美しすぎるマリアがいる。死んでしまったが、実にたくましいキリストがいる。最初にズシンと胸に響いたのは、哀よりも美だった。

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 しかし、ドゥオモのピエタには、哀の字が実にふさわしいように思える。この像の制作開始は1550年前後といわれる。ミケランジェロ75歳前後ということだ。サンピエトロのピエタから50年もの歳月が流れていることを思わざるを得ない。彼はキリストを支える背後のニコデモに、老いた自らの姿を刻み込んだといわれる。そして、この像を自分の墓にしたいと考えていた。

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 同じフィレンツェのアカデミア美術館には、1555年ごろから制作されたという「パレストリーナのピエタ」像がある。ただ、この像はあまりにも粗削り過ぎて別人の作という説も根強い。

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 ミラノ・スフォルツァ城の市立博物館にあるピエタは、間違いなくミケランジェロの作だ。1559年頃に制作開始され、死の2日前までのみを入れていたというが、これも完成をみることなしに終わってしまった。ドゥオモのピエタではそばにいたニコデモも、マグダラのマリアも、もういない。そのうえ、キリストを背後で支えているはずの聖母マリアは、支えているというより、もうキリストにもたれかかって、共に崩れ落ちようとしているかのようだ。

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 脇から見ると、もう2人はほぼ一体化してしまった。人生の最終盤でキリストとマリアが溶け合うようにして天に昇って行く姿をここに表現したかったのだろうか。

 すでにミケランジェロは88歳。この20年も前から結石、痛風、熱病など様々な病魔に侵され続けてきた。その間に絶えず取り組んできたのがこれらのピエタ像たちだった。(上の3枚の白黒写真は、アウレリオ・アメンドラ写真集「ミケランジェロ ピエタ」からお借りしました)

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 この美術館のもう一つの目玉が、ドナテッロの「マグダラのマリア」だ。先ほどのミケランジェロ作品にも登場し、聖書ではみだらな生活から悔い改めてひたすらキリストに尽くした女性として描かれている。また、ティツィアーノは何度も、このうえなく美しい女性として描いた。

 しかし、ドナテッロは違った。老いさらばえた姿、それでも射るような厳しい目、徹底したリアリズムでマリアの実像に迫った。彼女はキリストの死後30年にもわたって苦行の生活を過ごしたといわれる。そうした別の一面を見事に表わしている。

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 今は展示の形が変わっているようだが、私が行った時はこのようにキリスト像(ジョヴァンニ・ヴァルドォッチョ帰属)を見つめるように配置されていた。とにかく凄い衝撃的な作品だ。というより、個人的にはうなされそう・・・。

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 同じドナテッロでも、すっきりした作品もある。この「ハバクク」像は、カボチャ頭を意味する「ズッコーネ」という愛称が付けられている。ドナテッロ自身もお気に入りだったようで、なにか絶対的なことを言うときには、「神に誓って」という代りに「私のズッコーネに誓って」という言い方をしていた。

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 聖歌隊席も、ドナテッロの作品。若者たちの躍動の模様が楽しい。

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 また、ブルネルスキによるドゥオモ円蓋の精密な木製模型も展示されている。

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 こちらは以前紹介したサン・ジョヴァンニ洗礼堂外壁の彫像の本物。脇には天国の門レリーフの本物もあった。

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 ドゥオモに取り付けられていた装飾の一部。この美術館は、意外に知名度が低いようだが、実は印象的な作品の宝庫だと思う。

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ウフィツィ美術館 フィレンツェのイルミネーション

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 今回はウフィツィ美術館作品再現展示の残りと、クリスマスシーズンのフィレンツェの風景をご覧頂こう。

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 ウフィツィにある数少ないカラヴァッジョの作品「バッカス」。酒の神とはいっても神は神。でもカラヴァッジョは決して美化しない。赤っぽくむくんだような顔、汚れた爪、ちょっと見えにくいが手前の果物のいくつかは腐りかけている。そんなリアリズムに徹して描かれた作品だ。ただ、カラヴァッジョ特有の強烈なコントラストは、ここでは目立っていない。

 製作年はカタログによってまちまちだが、16世紀末、彼が20代後半に手掛けたものとみられる。その後次第に明暗の特徴が際立ってくるが、それと相前後してけんかで殺人を犯してしまい、ナポリに亡命することになる。シチリアやマルタにまで流浪の旅を続け、38歳で死亡する流転の人生は、自画像とも言われるこのバッカスの、物憂げな表情にも予感されているかのようだ。

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 「エレオノーラ・デイ・トレドと息子ジョヴァンニの肖像」。ブロンズィーノ42歳の時の作品。メディチ家のコジモ1世は1569年にトスカーナ大公の称号を獲得するが、その彼と結婚したナポリ総督の娘エレオノーラと息子を、ブロンズイーノに描かせた。

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 豪華な衣装は結婚式の時に着用したものとされる。実際彼女の墓からこの衣装の断片がみつかっているそうだ。抜群の描写力と洗練された色使いが持ち味のブロンズイーノの特徴が出ている。それにしても、ふと気付くのは、彼女の伸ばした左手。あの手は多分生まれてこの方水仕事などは一切したことがなさそうに見える。それもまた、ブロンズイーノの描写力だろう。

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 ピエロ・デッラ・フランチェスカの「ウルビーノ公夫妻の肖像」。この絵で誰もが見入ってしまうのは、右のフェデリゴ公の鼻だ。戦争で右目を失い鼻を折ってしまった公爵の肖像を、右目の見えない左サイドから描き、しかし、折れてしまった鼻の形はリアリズムで描写するという、配慮と徹底のバランスが面白い。よく見ると、背景の風景はとても細かい。また、美術館で見た人は御承知のように、この絵の裏側にも絵が描かれている。

 絵を見て回るのも結構疲れます。この辺で、街に出てみよう。

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 この風景は12月のフィレンツェ中心部。クリスマスシーズンには通りにイルミネーションが飾られ、賑やかになる。

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 流れ星のイルミネーションも。

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 こちらはもっとかわいいささやかなイルミ。

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 少し脇の通りに入ると、古い街並みの良い雰囲気が味わえる。

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 東に歩いて行くと、サンタクローチェ教会前の広場でクリスマス市が開かれていた。

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 教会横に建つダンテ像も、市の賑わいを眺めていた。

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 イタリアのイルミネーションは、最近の日本のように派手派手でないのがうれしい。

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 翌日、街で出会ったサンタ嬢。快くカメラに収まってくれた。

 

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ウフィツィ美術館 横たわるヴィーナスたちの系譜 ティツィアーノ、ゴヤ、マネ・・・

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 ウフィツィ美術館にはティツィアーノの代表作の1つである「ウルビーノのヴィーナス」(1538年)がある。

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 赤いベッドに白いシーツが敷かれ、ゆったりと横たわるヴィーナスがいる。この写真では見えにくいが背後の垂れ幕は濃い緑色で、イタリアの国旗のようにカラフルな室内だ。真珠のイヤリングと腕輪、右手に持つのは愛のシンボル・薔薇の花束。

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 足元に眠る子犬は忠誠を意味する。

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 背後では召使が、夜会服か何かうぃ取り出そうとしている。

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 高貴な装飾品を身につけ、召使を従えた高級な邸宅に住んでいるらしいが、決して高潔には見えない。なぜだろうか。

 それはひとえに、この誘うような眼差しにあると思う。どう見てもボッティチェッリが描いたヴィーナスとは全く異質の表情だ。女性の魅力をたっぷりと漂わせた官能的な姿に映る。そう、このヴィーナスは、もうあのリンゴをかじってしまったイヴなのではないだろうか。

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 ティツィアーノの師であるジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(1510年)を見てみよう。ほとんど同じポーズで横たわるヴィーナスだが、田園の優しい静けさに溶け込んで行くかのような透明感で満たされている。

 ジョルジョーネはこの絵を仕上げる直前で急死したため、弟子であるティツィアーノが部分的に筆を入れて完成させたという。ティツィアーノはその28年後に、今度は自らの考えるヴィーナスを生み出した。モデルは娼婦だったともいわれる。当時のヴェネツィアは成熟した国際都市として栄えており、万を超える娼婦たちがいたという。そんな時代をも反映したヴィーナスだったのだろう。そして、その後の絵画にも大きな影響を及ぼした。続々と“横たわる裸婦”の系図が続くのだ。

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 こちらはスペインの画家ゴヤの「裸のマハ」(1797~1800ころ)。「着衣のマハ」はつい最近まで東京に来ていたが、それと対になるこの絵はゴヤの代表的な作品だ。この強すぎるほどの視線がティツィアーノのヴィーナスと同様の強烈さで迫ってくる。

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 アングルの「グランドオダリスク」(1814年)。こちらは古典的な画風で仕上げている。ただ、「脊椎が3つ多い」と揶揄されたように、極端に胴長なのだが、それが逆に不思議な魅力をかもしだしている。

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 マネの描いた「オランピア」(1863年)もまた、ティツィアーノの絵を前提としてこの絵を描いている。こちらは意図的に逆立つ尻尾の猫を描いたりと、エロスのイメージを正面に押し出し、当時の画壇からも激しく非難された。

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 20世紀に入って、モジリアニの「髪をほどいて横たわる裸婦」(1917年)。モジリアニは何枚もこのようなポーズの裸婦を描いているが、この絵が最もティツィアーノに近い感じだ。実はこの絵は大阪にある。大阪市立近代美術館の所蔵だが、肝心の美術館が一向に完成しない。いつになったらこの絵が自由に見られるようになるのだろうか。

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 最後に藤田嗣治(レオナール・フジタ)の「眠れる女」(1931年)。フジタが独自に編み出した美しき乳白色の裸婦は、彼の4番目の妻マドレーヌ。ここにも猫が寄り添っている。

こうして、ジョルジョーネがポーズの先鞭をつけ、ティツィアーノが官能に火をつけた「横たわる女性」の流れは、多分これからも絶えることなく受け継がれて行くことだろう。

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ウフィツィ美術館 ルネサンスの2人の巨匠 ダヴィンチとミケランジェロ

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 ルネサンスといえばまず思い浮かべる芸術家は、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロだろう。ルネサンス美術の殿堂であるウフィツィ美術館だけに、ちゃんとその二大巨人の作品も所蔵されている。

ダ・ヴィンチの作品は「受胎告知」。歴代の画家たちがこぞって取り組んできたテーマだが、やはり彼の作品がトップクラスにランクされるのは間違いないだろう。画面は三つに区切られている。マリアと大天使ガブリエルが向かい合う前景、糸杉の中景、そして空気遠近法によってぼかされた遠景。

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 マリアの表情は、威厳に満ちている。同じテーマでも、フラ・アンジェリコは、受け入れなくてはならない運命に対する受容の表情が浮かんでいるし、ロレンツォ・ロットだと、両手を広げてビックリ仰天といった感情が描かれている。

しかし、ダ・ヴィンチの場合は全く人間的な表情は読み取れない。というより、「そのくらい、わかってるわよ」といった感じ。超越しちゃっている雰囲気だ。

それにしても、何と右手だけがこんなに長いのだろう?

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 ガブリエルの翼の立派さには圧倒される。ダ・ヴィンチは絶対翼好き。飛行機の試作までしているように、飛ぶ物に対するこだわりは相当あったことは間違いなく、こういう部分は特に念入りに描いたんだろうと想像できる。

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 白大理石の書見台は、サン・ロレンツォ教会の旧聖具室に設置したメディチ家の墓碑レリーフにそっくりだ。そのレリーフはヴェロッキオ工房作だが、ダ・ヴィンチはヴェロッキオの弟子だったので、その影響を受けるのも当然だろう。

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 美術館の回廊柱にはダ・ヴィンチの彫像も飾られてあった。

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 一方、ミケランジェロの作品は「聖家族」。30代後半の作品で、板絵としてはミケランジェロ唯一のものであるとともに、フィレンツェにある彼の唯一の絵画作品だ。ドーニ家のために描かれた円形画(トンド)ということで、トンド・ドーニとも呼ばれる。

この絵は3つの時代を表わしているという解釈がなされる。後方の裸体の人々は律法以前の異教の人たちの時代、預言者の系譜の最後に位置する聖ヨハネ(画面右端の少年風な上半身)のいる時代、そして前景のヨセフ、マリア、キリストのいる時代。

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 それにしてもこのマリアは、とても一見して女性とは見えない筋肉隆々ぶり。ミケランジェロの作品はすべて男性の肉体が基本となっているようだ。メディチ家礼拝堂の「夜」やバチカンのシスティーナ礼拝堂壁画にしても、女性が描かれていたとしても彫刻的な立体的表現がまず強調されている。「彫刻こそがすべての美の最上位にある。私は彫刻家だ」と公言していたミケランジェロらしい表現法といえそうだ。

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 もう一度、見てみよう。キリストの二の腕。こんな幼子でさえも見事に筋肉が盛り上がっている。

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 こちらはミケランジェロの彫像。

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 ウフツィ美術館のポルティコは、通常は入場者の列が続いているが、休館日などは、待ち合わせの場になったり、道化師たちの舞台になったりする。

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 ある日はこの大道芸人が記念写真を撮らせていた。

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 お嬢さん、うれしそう!

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 こんな、ローマのコロッセオにいるような剣闘士も。見物している女性の左肩には日本語の文字が。

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 夜になると、にぎわった美術館界隈も静かさを取り戻す。

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ウフィツィ美術館 二人の聖母 ボッティチェッリとラファエロ

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 ウフィツィ美術館の絵画展示に戻ります。今回の展示でボッティチェッリの絵がもう1点あった。それがこの「マニフィカートの聖母」。なんとまあ、美しい聖母だろうか。若々しく、まるで少女のようにも見える。

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 全体を眺めると、円形(トンド)に描くために両側の天使がアーチに沿った形で聖母の頭上に手を差し伸べるなどの工夫がなされている。

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 左側の天使たち。これまた何という美形ぞろいなんだろうか。

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 この絵の製作は1482年。ほぼ「春」と同時期に描かれた。このころはメディチ家のロレンツォ豪華王が健在で、ボッティチェッリ自身も38歳と気力充実の時期。自身の絵を成熟させてゆく上り調子の勢いを感じさせる。

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 これに対して、同じ聖母を描き、「マニフィカート」と一緒の場所に飾られてある「ざくろの聖母」を見てみよう。こちらのマリアはメランコリー。不安に満ちた表情にみえる。

 この絵は「ヴィーナスの誕生」を完成させた2年後の1487年の作品だ。ヴィーナスとよく似た面差しだが、あの夢見るような視線は影をひそめてしまった。最大の庇護者であるメディチ家が次第に衰退して行き、よき理解者ロレンツォが後に急逝するという時代の流れをどこかで予感していたのだろうか。

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 以前フィレンツェを訪れた時は、ストロッツィ宮でボッティチェッリの特別展が開催されていた。その特別展のポスターになっていたのが、「パラスとケンタウロス」の絵から抜き出されたパラスのアップだった。

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 知恵と理性の女神パラスが、暴力と欲望の象徴である半人半馬のケンタウロスを抑えつけている。理性の勝利を示しているのにもかかわらず、女神の表情はメランコリーだ。

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 この時は5月2日に美術館に出かけたが、臨時休館になっていた。理由を聞いたところ、元々5月1日はメーデーで休み、3日は月曜で定休日なので、館の職員たちが3連休を取りたいと主張して休みになってしまったとのこと。真偽のほどは不明だが、いかにもイタリアらしいといった理由だった。そんな訳でフィレンツェはあふれた人たちで、街中人だらけ。

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 絵の話に戻ろう。もう一つの聖母の作品はラファエロの「ヒワの聖母」(1507年)。37年の生涯で約50点もの聖母子像を描き、「聖母の画家」とはラファエロの代名詞にもなっている。その代表作の1つがこれだ。

聖母を頂点として右にキリスト、左に洗礼者ヨハネを配した安定感抜群の構図となっている。ラファエロの聖母の一番の特徴は、眼差しの柔らかさではないだろうか。先ほどのボッティチェッリの聖母と比べれば、よくわかる。

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 ウイーンの美術史美術館にある「牧場の聖母」(1506年)

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 パリ・ルーブル美術館にある「美しき女庭師」(1507年)

ほとんど同時期に描かれたこの2点と同様に、聖母の姿に深い安堵をおぼえる気がする。

 ヴァザーリは「この高貴な画工が死んだ時、絵画という芸術もまた死に絶えた」と、最大級の賛辞を贈っている。

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 この絵のタイトルになっているヒワとは、ヨハネが持っている小鳥のこと。

 ルネサンスの時代は激しい芸術の革新が行われ、劇的な構成の絵も多く見られるが、ラファエロの聖母像は安定した構図に優美な色彩で、安らぎの情景を提供してくれる。信者たちは、心のどこかに弱さを抱えて教会を訪れる。そこで出会うことのできる安らぎの聖母子像は、大きな救いの存在となったのではないだろうか。ラファエロが愛されたゆえんなのだろう。

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 研究者たちによれば、ラファエロは「実際に美しい女性は稀なので、心に浮かぶある理想を基に描く」と語ったという。「心に浮かぶある理想」とは恋人だったフォルリーナなのだろうか。でも、彼女をモデルとしたといわれる「ヴェールの女」と聖母とは全く違った印象だ。

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 とすれば、思い浮かぶのは、8歳の時に永遠の別れをした母のイメージ。思い出の母親像を、自らの中で昇華して理想のマリアに到達したと考えれば、いつまでも若く清らかなその聖母像の訳が見えてきそうな気がする。

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ウフィツィ美術館 究極の至宝 ヴィーナスの誕生、春(プリマヴェーラ)

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 昨年暮れ、東京のイタリア文化会館でウフィツィ美術館所蔵の代表的絵画10点を精密に複写した作品展示が行われた。フィレンツェの美術館は写真撮影禁止だが、この催しは撮影OKということで、カメラに収めた。複写といってもかなりの精密さだったので、作品の感触はお伝えできるだろうということで、その写真を使ってウフィツィ美術館の話を進めよう。

最初はボッティチェッリの「春」(プリマヴェーラ)から。

 

 三美神(グラツィア)が楽しげに集い

 美神(ベルタ)は髪を花冠で飾る

 好色な西風(ゼフィロス)は花の女神(フローラ)の後を追い

 緑なす草は花咲き乱れる

 陽気な春の女神(プリマヴェーラ)も欠けてはいない

 彼女は金髪と縮れ毛をそよ風になびかせ

 無数の花々で小さな花冠を結ぶ

 

この詩は、アンジェロ・ポリツィアーノという詩人の作品だ。一読して、思い浮かべる光景は、少しでもルネサンス絵画に関心のある人なら、まさにボッティチェッリの「春」に描かれた場面とそっくりなのに気付くだろう。

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 右から美、中央の後ろ向きが貞節、左が愛。三美神とはこの3人だ。愛と貞節は目をそむけているが、この2人を美が取り持つといわれる。薄絹をはおった三美神が華やかな舞いを繰り広げる。

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 画面の右側では、西風が森の妖精クロリスに求愛し、クロリスはそれを受けてフローラに変身しようとしている。

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 ヴィーナスは、少し奥まった場所に立っているが、その存在感は十分だ。

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 そして、彼女らの足元には無数の花々が咲き乱れている。

 

 白、空色、淡黄、紅色、

 草原は花々の美しさで驚くばかり

 ポリツィアーノは、トスカーナ・モンテプルチャーノ出身で、フィレンツェのメディチ家の当主ロレンツォに詩作を教えた。ボッティチェッリもまたロレンツォに可愛がられた画家で、2人とも親交があったとされる。そんな2人の文学と絵画のあふれる才能が融合した時、素晴らしい作品が生まれても不思議はない、と思われる。謎の多い作品といわれるが、率直にその美しさに感動するのもいい。

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 ボッティチェッリのもう一つの代表作品「ヴィーナスの誕生」。ストーリーは左から右に進んで行く。西風ゼフィロスはフローラを抱えたまま、生まれたばかりのヴィーナスに風を送っている。右にいる時の神ホーラーはその風にはためく大きな布を広げて、ヴィーナスを抱きとめようとしている。

 「春」が暗い背景に描かれているのに対して、こちらはすっきりと明るい海上に主役がいる。ヴィーナスはまるで貝の上に浮かんでいるかのように軽やかだ。

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 ゼフィロスも浮遊感たっぷり。飛び散るバラはヴィーナスの象徴だ。

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 ホーラーの衣服の柔らかさが、清涼感を一層高めている。

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 そして、何といってもヴィーナスの透けるような肌合いの見事さ。少し憂いを帯びた表情、風にたなびく髪の奔放さ。どれをとっても他に比べられないほどの圧倒的な質感で、見る者を引きつけずにはいない。

 そして、個人的にはボッティチェッリの美しさは線の美しさなのだろうと思う。女性の姿をくっきりとトレースした輪郭線がヴィーナスを引き立たせている。それもすべて流麗な曲線。美術館のこの絵の前でじっと見ていたら、次第にヴィーナスが画面から浮き出して来る感覚に襲われた。それは、スフマートの手法を使って全く輪郭線を消してしまったダ・ヴィンチのモナリザとは対極にある美の表現法なのだろう。

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