オルヴィエート

彫刻の受胎告知 緊迫のマリア

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 オルヴィエートのドゥオモ美術館は3つに分かれて美術品を収蔵していた。その中で最も強く心に訴えかけたのは、旧サンアゴスティーノ教会美術館にあった「受胎告知」の作品だった。

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 この美術館はドゥオモのある中心街から外れた、街の西端にあった。教会だった空間の一番奥、本来なら主祭壇であるべき場所に、その作品はあった。

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 向かって右に、天を指差した手を高く上げ、聖なる命を授かったことを告げる大天使ガブリエル。

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 その言葉の意外性に、たじろぐように体をひねりながらも、天使を凝視するマリア。

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 二人の視線がぶつかり合って火花を散らすかのように凍りつく瞬間が、そこにあった。

いくつもの「受胎告知」を見てきた。フラ・アンジェリコはほのぼのとした受容の心をその画面に漂わせた。レオナルド・ダ・ヴィンチは、気高さで空間を支配した。また、驚きを前面に出した絵もあった。

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 しかし、これほどの緊迫感で空間を凝縮させた作品に出会ったのは初めてだった。

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 作者はフランチェスコ・モーキ。イタリア中部のアレッツォ出身。オルヴィエートからもそう遠くない場所だ。ローマに出てバロック彫刻を追求し、その頂点を極めたベルニーニに道を拓いた先達者だ。

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 大理石の作品なので、かえって白黒写真の方が迫真性が増すかもしれない。この像を見ることが出来ただけでも、オルヴィエートに来た甲斐があったと思えた。

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 また、彫刻という三次元を表現するジャンルを活用して、最大限に空間のメリットを生かした構成が、その迫力を生み出しているのかもしれない。

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 ドゥオモ隣りの付属美術館には、大聖堂ファザードに掲げられた聖母子像の本物(現在のファザードの作品はレプリカ)がある。正式名称は「天蓋の聖母子と6人の天使たち」。

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 聖母の端正な顔立ちを間近で見ることが出来る。

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 この他、多分中世の可憐な聖母のモザイク画が印象的だった。

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 もう一つ、付属美術館1階にはエミリオ・グレコ(1913~1995)美術館となっているスペースがあった。カターニャ生まれ、現代イタリアの具象彫刻界の第一人者。1960年代に大聖堂扉口の彫刻を制作した後、オルヴィエート市にブロンズ32点、グラフィック画70点を寄贈し、1991年にオープンした新しい美術館だ。

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 扉口の彫刻と合わせて見ても、これらの作品は体をひねったマニエリスム的な表現が多いようだ。

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 若い女性の顔。強い意志を感じさせる。

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 こんな作品もあった。

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 彼の作品は日本でも箱根彫刻の森美術館にコーナーが設けられており、仙台市定禅寺通りには「夏の思い出」という作品が設置されている。

これでオルヴィエートは終了です。次回は“天空の孤島”に出かけよう。

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大聖堂に偽キリストがいた!  オルヴィエート

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 さあ、オルヴィエート大聖堂の中に入ってみよう。両脇に並ぶ太い柱群によって堂内は3つの身廊に分かれている。白黒の横縞が特徴的だ。

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 左奥に、イッポリート・スカルツァ作のピエタ像がある。ピエタは彫刻の場合哀しみの聖母マリアと死せるキリストの2人で形成されるのが一般的だが、これは4人の群像形式をとっている。後方に立つのがニコデモ(又はアリマタヤのヨセフ=2人ともキリストの遺体を引き取って埋葬した人)、マリアの横に寄り添うマグダラのマリア。立体表現だけに4人の造形が複雑に絡み合うことになるが、イッポリートは破たんを見せることなく、悲しみの場面を劇的に完成させている。

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 4人の群像によるピエタといえば、フィレンツェ・ドゥオモ付属美術館にあるミケランジェロのピエタが思い起こされる。人の配置こそ違え、雰囲気はかなり似ていると思う。そんなことを考えていたら、聖母マリアとキリストの構図は見覚えのあるものに見えてきた。

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 そう、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロの最初のピエタ像とそっくり。特にキリストのやせ細った体、腰布、足の垂れ具合など、実に良く似ている。

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 角度を変えた像。作者は偉大な先輩ミケランジェロをリスペクトし、また大きな影響を受けていたことが十分連想される。

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 中央祭壇には十字架が置かれ、壁面全体にマリアの生涯を描いたフレスコ画が展開されている。

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 大聖堂には2つの重要な礼拝堂がある。左奥はコルポラーレ礼拝堂。コルポラーレとは聖体布のこと。「ボルセーナの奇蹟」というエピソードに由来する礼拝堂だ。1263年、ここから南西10キロほど離れたボルセーナという町の教会で、ある司教がミサの最中、聖体の神秘についてふとい互いを抱いたところ、聖体から血が流れ出して包んでいた布を赤く染めたという。

 聖体とはパンのことで、ミサの時このパンがキリストの体、ワインがキリストの血に変わるというもの。こうした出来事を知った法王がその布を祀るための教会建設を命じ、この大聖堂が造られたというエピソードだ。

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 まさにこの大聖堂建設の基となる話で、聖体布は中央の聖遺箱に厳重に保管されている。

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 また、壁面には聖体の奇蹟の物語が天井に至るまでびっしりと描かれている。右端に少しだけ見えるのは、シエナ派の画家リッポ・メンミ作の「慈悲の聖母」。この礼拝堂の空間も独特の雰囲気に満ちていた。

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 そして、最も注目されるのが、右にあるサン・ブリツィオ礼拝堂だ。

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 この絵の中央、台座の上に立って説教しているのは、実は偽のキリスト。本当のキリストによく似ているが、後ろで耳打ちする悪魔に操られているのが見える。つまり、キリストの教えを引き継ぎ広めるための本拠地である大聖堂に堂々と偽のキリストがいるという、実に珍しいことが、この教会では起こっているわけだ。

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 悪魔の教えなので、人々の心はすさみ、左前では殺人を行う人がいたり、その右横では老人から金を受け取る娼婦がいたりと、荒廃した世界が描かれている。

 この時代、フィレンツェではサヴォナローラが神権政治を行ってメディチ家から実権を奪い、その後には法王から破門されて処刑されるという事件が起きていた。礼拝堂の絵を描いたルカ・シニョレッリは、メディチ家のロレンツォ豪華王の保護を受けており、制作直前に起きたサヴォナローラの事件を念頭に置き、偽キリストにその姿を投影して描いたといわれている。

 この礼拝堂の壁画は最初フラ・アンジェリコが手掛けたが、途中で法王に呼ばれてローマに行ってしまい、中断されていた。その後を引き継いだのがルカ・シニョレッリ。1499年頃再開して1502年頃に完成させた。その証のためか、絵の一番左端にルカ、その隣にフラの姿を黒服で描いている。

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 描いた内容は黙示録から発想を得た世界の終りがテーマ。

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 この「地獄」の絵では善人と悪人の選別が行われる場面。人体のねじれや躍動する模様の表現などは後世にも影響を与えた。

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こちらは「死者たちの復活」

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 「神によって選ばれた者」。色彩も豊かで華やかだ。

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 フラ・アンジェリコは3角形の2区画を描いただけでローマに行ってしまったが、その2区画はこの写真上部の部分と思われる。

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 入口付近に戻って、左壁面にあるジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ作「聖母子」にも注目したい。この絵は16世紀の修復の際、聖母の右側に修復師が勝手に聖女カテリーナを書き加えてしまった。それが、最近になってようやく削られ、オリジナルの形に戻ったのだという。そういえば、右側にその痕跡がありますね。

こうして内部の主要な美術を見てきたが、壁画もじっくり見ようと思ったら何日もかかってしまいそうだ。一旦教会を離れて、高原の新鮮な空気を吸いに出てみよう。

 

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大聖堂ファザードに描かれた聖母マリアの物語・オルヴィエート

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 日の光を浴びたオルヴィエート大聖堂のファザードを詳し目に眺めてみよう。4本の大きな柱群の間にいくつかのモザイク画が描かれている。実はここに聖母マリアの生涯の物語が見事に表現されているのだ。

 向かって右下から始まり、右上、左上、左下、中央下、中央上と言う順序に進行して行く。

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 「マリアの両親」

まずは右上の絵から見て行こう。右の女性はアンナ、左の髭の男性はヨアキム。結婚して20年にもなるのに子供が授からなかった。しかしある日、天使が舞い降りてアンナに受胎を告げる。

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 「マリア誕生」

そうして生まれたのがマリアだった。従って、ヨアキムは義理の父ということになってしまうわけだ。

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 「マリアの神殿奉献」

画面は左上に移る。両親は3歳になったマリアを神殿につれて行く。マリアは階段を上って神のもとに行き、これから神殿での奉仕の生活が始まる。

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 「マリアの結婚」

時は過ぎて、14歳になったマリア。祭司長が真意を授かって、もう老人と言ってもよいヨセフをマリアの夫に選んだ。この絵では、ヨセフはそれほど老人には見えない。

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 「受胎告知」

ある日、大天使ガブリエルがマリアの許に訪れ、受胎を告げる。まだ男性を知らないマリアは動揺するが、「わかりました。私の身も心も神にお任せします」と、受け止める。

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 「キリスト洗礼」

そうしてキリストが生まれた。月日が経ち、キリストはヨハネの所にやってきて、彼の手で洗礼を受ける。その時1羽のハトが天に現れ、天の声が聞こえたという。

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 「マリア被昇天」

話はかなり飛んでしまうが、これはもうキリストの死んだ後のこと。キリスト磔刑の後マリアはエルサレムの都のはずれでひっそりと暮らしていたが、ある日大天使ミカエルが現れて、死の時が来たことを伝える。マリアは天使たちに支えられて天に昇った。キリストは自らの力で昇天したが、マリアの場合は被昇天になる。

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 「マリア戴冠」

天に昇ったマリアには天の父によって冠が授けられた。この絵がファザード中央の最上部に掲げられている。

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 戴冠図の下には薔薇窓と上部に12使徒、両脇には預言者たちがずらりと並んでいる。

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 そして、中央入口には聖母子像が供えられている。このように、大聖堂はまさにマリアの一生をファザード全体を使って表現、マリアに捧げられた教会であることが、一目瞭然だ。

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 そんな歴史的な大聖堂の扉に、かなり現代的な彫像が張り付いている。これはイタリアの現代彫刻界の第一人者であるエミリオ・グレコの作品。1960年ころに制作、設置された。まるでバレエの一場面のようなツイストする女性像だ。大聖堂は、このような中世と現代がすんなりと溶け合うように共存する空間でもある。

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 私が泊まったホテルは、そんな大聖堂を部屋から眺められる絶好のロケーションだった。

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 いつでも賑やかな大聖堂前広場を見下ろしながら部屋でくつろげるという、素敵な時間を持つことが出来た。

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オルヴィエートの大聖堂 金色に輝くファザード

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 今回からオルヴィエートの紹介に入ろう。ウンブリア州の南端、ローマから電車で1時間余りで到着する場所だが、あまり日本ではポピュラーではない町だ。しかし、素晴らしいゴシックの大聖堂があり、美術館にも隠れた名品が所蔵されている。

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 この町は切り立った断崖の上にある。これはバスで別の町に行くときに遠くから撮った町の風景。中央の高い建物が横向きの大聖堂だ。街全体がこうした高台の上に載っており、天空の町ともいわれる。

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 そのため、鉄道駅に降りるとすぐ目の前にあるもう一つの駅からケーブルカーに乗り換えて、崖の上に上がる必要がある。イタリア語でケーブルカーはFUNICOLAREと言う。

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 ケーブルカーは数分間の乗車で丘の上のカヘン広場まで連れて行ってくれる。地図を見ると中心街まではそれほど遠くない。それで歩いて行くことにした。

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 藤の花が垂れさがる道を歩き出したが、意外に上り坂が続く。しかも途中でスーツケースの車輪部分が壊れてしまったうえ、道路を1本間違って、結構大変な道のりになってしまった。

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 そんなこんなでようやくたどり着いた大聖堂。ちょうど晴れ間がのぞき、ファザードが金色に光り輝いていた。

 この大聖堂は1290年に着工され、シエナ出身の建築家ロレンツォ・マイターニらによって最終的には1600年に完成した。ファザードの形などがシエナの大聖堂にどこか似ていると思ったら、マイターニはシエナの大聖堂建築にかかわっており、その後にこちらの大聖堂建築主任に就任したのだとのこと。

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 これがシエナの大聖堂。確かによく似ている。

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 しかし、同じゴシック式の大聖堂でも、フランスの大聖堂とはかなり異なった形になっている。これはパリのノートルダム大聖堂。

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 こちらはフランス・ランスの大聖堂。フランスのゴシックは重厚で奥行きのあるがっちりした形をしているのに対して、イタリアゴシックは軽快で華麗といった対照的な姿をしていることに気付かされた。

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 オルヴィエートのファザードにあるモザイク画は24金の金箔をガラスに張り付けるというビザンチン工法で制作されている。従ってこんな輝くファザードにお目にかかれる晴れた日の午後が、絶好の見学日和になる。イタリアルネサンスの研究者ブルクハルトはこの大聖堂を「世界で最も偉大で豊かな多色モニュメント」と讃えている。

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 中央入口上部にはこのようなレースのように繊細な装飾柱が取り付けられ、聖母子像をアーチ状に取り巻いている。美しいでしょう。

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 最下部には2つの扉を挟んで4つの付け柱があるが、そこにはマイターニによる大理石の浮き彫りが施されている。旧約聖書、新約聖書、そして最後の審判の物語が詳細に描かれている。

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 我々にもなじみの深いものをピックアップしてみると、これはアダムの肋骨を抜いているところ。

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 その肋骨が見る見るうちにイヴになって行く。創世記のエピソード。

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 こちらは最も有名な場面。アダムとイヴが禁断のリンゴを手にするところ。

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 こちらはカインとアベルの話のようですね。

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 これは最後の審判で地獄に落とされた人々のようで。何と表情がバラエティに富んでいることか。

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 最後の審判に臨むキリストが中央上部に君臨している。

このように、文字の読めない人たちが多かった中世でも、こうしたものを見ることで宗教上の教えが浸透して行ったのだろう。それにしても、細かい作業を見事に完成させているのに感心してしまう。さらに、まだまだこの大聖堂のファザードは見るべきものが満載だ。

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