チヴィタの夜景、薄紅色の月
この小さな町に泊まったのには、一つの理由があった。天空に孤立した絶壁は、闇に沈んで行くときどんな姿に変化するのだろうか、それを目の当たりにしてみたいという思いだった。
この時期の日没は午後7時30分ころ。その30分ほど前に、チヴィタを一望できるバンニョレッジョ地区の展望所に出かけた。
あいにく空の大半を雲が覆い、夕陽は見えない。遠くの空の一部だけがわずかに赤く染まっていた。
次第に宵が迫ってくる。チヴィタは静寂の支配する場所だ。昼の一時期だけはちらほらと観光客が訪れるが、夕方になるともう人影はぱったりと途絶えてしまう。そして目の前に広がるのは、まるでこの世の果てのような茫漠とした原野。むき出しの自然に放り出された自分の存在の、あまりの小ささに愕然とする。
人はどこから来て、どこへ行くのだろうか・・・などと、まるでゴーギャンの絵のタイトルそのもののテーマにぶち当たってしまいそうになる。
おっと、あぶない。出口のない思索の迷宮に入りこんでしまう前に、ホテルに戻ろう。
ああ、薄紅色に彩られた月が出ている。温かい月だ。
西の端では雲間からかすかに夕陽が顔を半分だけ見せていた。
橋を上りながら岩壁を見上げると、夕日の残光が切れ切れになった雲に色を添え始めていた。
集落の屋根たちが複雑なシルエットを形造っている。
サンタマリア門を入ると、聖ドナート教会越しにようやく夕焼けの空に出会うことが出来た。
教会の屋根のアーチが優しいカーブを描いて、夕陽に懐かしさを加えていた。
街灯に明かりが灯った。こちら側の空は、明日の晴れを教えてくれるかのように澄み渡り始めている。
振り返ると、サンタマリア門に照明が。古代ローマ時代の町を連想させる石造りの街並みだ。
教会のライトアップは、ほんのりとして美しい。救いのオレンジ。ホテルに戻る前にもう一度夜の町の全景を確認したくなった。
サンタマリア門の入り口まで戻った。そびえ立つ門。
橋の中腹から眺める夜のチヴィタ。門だけを除いて、後は濃いブルーの闇に沈みこんで行こうとする町。
空の色は、聖母マリアの服の色=マドンナ・ブルーとも称されるラピス・ラズリの輝きに似ていた。
翌朝目覚めて部屋の窓を開けると、爽やかな青空が広がっていた。さあ、今日でチヴィタともお別れ。次の目的地はルネサンスの花開いたフィレンツェだ。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
最近のコメント