ドゥブロヴニク

ドゥブロヴニク最終日 旧市街の全景を見る

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 滞在最終日は旧市街の全体を見ようと、スルジ山に昇り始めた。

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 朝、この日もよい天気。ピレ門方面から太陽が上る。

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 今でこそケーブルカーが復旧してあっという間に山の頂上に昇れるが、私の行った5年前は、まだケーブルカーは壊れたままで、ひたすら急な階段、坂を上らねばならなかった。

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 だいぶ上った。振り返ると旧港が見える。でもまだ樹木がじゃまして全体の見通しはきかない。

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 さらに上った。旧市街がすっぽりと見晴らせる場所まで来た。城壁の具合などが良くわかる。

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 少し角度が足りない感じだが、寝不足の身にはちょっと山登りは辛い。これで良しとしよう。(すぐに妥協してしまうところが、私の弱点・・・)

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 港の模様もバッチリだ。ここで、市場で買ってきたモモをかじりながら下界の眺望を楽しんでいたら、後ろから声をかけられた。「宿を探していないかい?私の民宿は見晴らし最高だよ!」。残念ながら今日イタリアに戻るので・・・と丁重にお断りした。

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 街に戻って土産物探し。この陶器製の人形は、中にワインが入っている。

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 前日夜に撮った時は、照明が少しだけ入ってちょっといいムードだった。

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 そう言えば、こんな人形の店もあった。店員さんもこの舞台の一員のよう。

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 港町らしく、船の模型を飾った興味深いショーウインドウも。

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 いよいよドゥブロヴニクともお別れ。パスポートチェックを終えて船に乗り込んだ。イタリア・バーリまで約8時間の航海が始まった。

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 まだ夏真っ盛り。甲板では日光浴の人たちで満員だ。

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 アドリア海の鮮やかな藍色に船の航跡が白く刻まれては消えて行く。それにしても、この海の色の何という素晴らしさ!

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 そして数時間、海の彼方に夕日が沈んで行く。ドゥブロヴニクの旅は、沢山の思い出と共に終わりを告げようとしている。中でも、病身にもかかわらずいろいろと面倒を見てくれたクリスティーナおばあちゃん、ありがとう!

 今でも元気に暮らしておられますように!

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ドゥブロヴニク旧市街の路地歩き

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 ドゥブロヴニクの旧市街は、プラツァ通り以外はほぼすべての道が狭い路地になっている。何度も迷ったが心配は無用。いざとなればプラツァ通りに出れば方向確認はすぐできる。

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 この街でもジェラートは大人気。お嬢さんもウオーキングジェラート。

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 ヴェネツィアの曲がりくねった路地と違って、ここの路地は基本的に縦横90度で交わる形になっており、京都の中心街と似たイメージ。でも、交差点で迷う人はたくさんいた。

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 南北の道はプラツァ通りを底辺として上り坂。従って高さがあるので、見晴らしは良い。

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 こんな具合に急な坂道の階段が続く。その分、独特の景観が演出される。

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 一方東西の道は比較的平坦。上の日当たりのよい場所に洗濯物がずらり。

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 下に目を移すと、そこにはレストランのテーブルが並ぶ。

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 テントがあるので気がつきにくいが、そこそこの高級そうなレストラン。なのに実は洗濯物の下での食事になってしまっていた。

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 午前中、グンドリチェフ広場では野菜や果物の市が開かれる。たくましいおばさんたちが威勢の良い声で商売をしていた。

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 後方に大聖堂の塔がちょこんと顔を出している場所だ。私は安売りしていたモモを2個買った。みずみずしくてとてもうまかった。

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 ピレ門付近では、フォークロアを歌っていた女性歌手に出会った。顔立ちは南欧というよりはスラヴ系の雰囲気が感じられる。

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 小さなトンネルもいくつもあった。太陽が強烈なだけに光と影とのコントラストが印象的だった。

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 暗さがある分、このトンネルを抜ければなにか新しい世界が待っているのかも、といった一瞬の幻想が頭をよぎる。

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 新市街の坂を東に昇って行くと、旧港の姿が見下ろせた。

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 その港に向かう大型観光船がゆったりと進んで行く。

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 港の先にある海水浴場では、夏を楽しむ観光客たちが一杯。ああ、水着を持ってくればよかった。

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 海の色と溶け合うような鮮やかな水着の女性も。

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ドゥブロヴニクの夜歩き下

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 ついに光り輝くプラツァ通りを独占した!

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 夕食後、一旦宿に引き返してベストを羽織って出直した。聖イグナチオ教会から降りる大階段でも、地元の若者たちが語らいの最中だった。

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 その階段の途中で、ネコと戯れる少女たちと会った。愛嬌たっぷりの少女と超美少女。2人で3匹の子猫を抱えていた。

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 よく見るとその足許には、親猫とさらに2匹の子猫。つい数日前に生まれたばかりだという。

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 写真を撮らせてもらったお礼を言って、プラツァ通りに。ああ、まだ人通りは途切れない。

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 でも、両側の建物と石畳と、照明を浴びて輝きを増している。ただ、通りの“独占”までには程遠いなあ。この写真の撮影時間は現地時間の午前0時25分。ドゥブロヴニクの夜は決して眠らないのだろうか。

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 こうなったら夜明け前を狙うしかない。宿に戻って仮眠をとろう。

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 といった訳で、翌朝夜明け前に起き出して、通りに出てみた。やった~!見事に無人の大通りが、あった!!!。と、よく見ると中央で手を振っている若者が・・・。

 この若者が通り過ぎるのを待って撮った写真が今回冒頭のショット。時間は午前5時21分。「ドゥブロヴニクを見ずして、天国を語るなかれ」あの皮肉屋のバーナード・ショーがそう言った言葉は、まさに皮肉ではなく、心からの言葉だったのだと、この時理解したような気がした。

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 後ろを振り返る。東の時計塔の奥ではもう空が明るくなりかけてきた。

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 もう一度ピレ門側の無人の光景を。

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 また、振り返って時計塔を。ふんわりと浮かび上がっている。

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 聖ヴラホ教会も優しく見守ってくれているような。こんなに何度も前を向いたり後ろを振り返ったりしているオリエントの異邦人を、もし地元の人が見ていたらかなり挙動不審に思うだろうことは、間違いなしだった。

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 すっかり幸せな気分になった異邦人は、るんるん鼻唄を歌いながら帰途に着くのでした。

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 宿手前で空を見上げれば、朝はもうそこまで来ている。

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ドゥブロヴニクの夜散歩 中 

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 滞在3日目の夜、今夜こそはプラツァ通りの夜景決定版を撮ろうと、街に出た。前夜は観光客だらけで石畳が光で輝く様子が見られなかった(と言っている私もその観光客の一人なのだが・・・)。通りを独り占めする瞬間を経験して見たい。

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 まずはルジャ広場へ。たそがれ時の賑わいは相変わらずだ。真夏の夜、この街ではいろいろなイベントが催される。2日前には五島みどりさんのバイオリンコンサ-トがあったようだ。

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 旧港に出てみた。家並みの明かりが水面にゆっくりとゆらいでいる。港町らしい風情だ。

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 見上げれば、ドミニコ会修道院手前のレストランは青白いライティングで目立っている。

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 通りに戻った。聖ヴラホ教会。定番だがやっぱりシャッターを押してしまう。

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 そして大聖堂のクーポラ。空の青さとの絶妙な溶け込み具合が気持ち良い。

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 ここの大聖堂は正面の広場が狭いので、画面に全体を収めるには斜め横からのアングルになってしまう。

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 大聖堂の横にあった道に入ると、レストランのテーブルが広げられていた。

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 路地裏の民家。取り込み忘れたのか、洗濯物がぶらさがったまま。生活が息づいている。

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 再び広場に戻ってきた。こちらのレストランはもう客で満杯。ここは朝には果物や野菜の市場に早変わりする。

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 総督邸前のスペースもレストランのテーブルが占めていた。

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 語り合う人々。真夏なのだが、夜になると涼しい風が吹き始めた。室内よりもテラス席の方が数倍心地よい季節だ。

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 聖ヴラホ教会前の階段に腰掛けて、何かはやりの歌を歌っていた少女。鼻歌だったが、ビックリするくらい上手だった。

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 こちらの塔はフランシスコ修道院の鐘楼。まだまだ人波は途切れそうにもない。近くのレストランで食事でもして時間をつぶそう。

 3日まえパソコンがウイルス感染してしまい、業者に駆除してもらっていて更新が遅れました。みなさん、ウイルスバスターの更新はまめに心がけましょう。

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ドゥブロヴニクの夜散歩上

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 ドゥブロヴニクの旧市街は狭い。城壁の1周が約2キロだから、半日もあれば十分見て回るのは可能だ。しかし、それではドゥブロヴニクの本当の良さを見ることなしに帰ってしまうことになりかねない。その一例として夜景をご覧頂こう。

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 早めの夕食を済ませた日、プラツァ通りから一本南の路地に入ったレストランから聖ヴラホ教会の裏手に抜けた。

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 正面にある総督邸のライトアップが始まった。そぞろ歩きの観光客もあちこちに見受けられる。

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 道を回りこんでプラツァ通りの終点ルジャ広場に出ると、どんと聖ヴラホ教会が現れる。内部の照明が点いているのだろう、ファザード上部にあるステンドグラス部分が鮮やかに彩色されて輝いている。

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 同教会に取り付けられた照明で、後方に見える大聖堂を照らしているのが、この角度から見るとよくわかる。

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 親子連れらしい女性2人が記念撮影中。やっぱりこの場所は外せない。

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 後ろを振り向くと、スポンザ宮殿もライトアップ。ここやさっきの総督邸の窓枠は、ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿などのゴシックの窓枠に本当によく似ている。ここにもヴェネツィアの支配した時代の影響が残っている。

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 プラツァ通りに目を移すと、こちらはまるでお祭りのように人で埋め尽くされていた。

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 それにしても、この通りは本当に美しい。特に夜空の下で輝く光景が。ただ、ちょっと人が多すぎるなあ。

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 通りをピレ門のある反対側の端まで歩いてみた。オノフリオの噴水付近も人だかり。この日はかなり歩いたのでちょっと疲れた。夜景は翌日に改めて挑戦することにして、帰路に着いた。

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 道の途中、青白く浮かび上がる大聖堂が、路地の隙間から顔を出した。

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 帰りは近道の細い階段を上る。壁に聖人の姿が描かれているのに気付くのも、夜の照明のおかげだ。

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 このような坂道の路地が無数に広がるのが、旧市街の特徴。とりあえず今夜はしっかり休息して疲れを取り、明日出直そう。

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もう一つの要塞・ロブリエナッツ要塞へ

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 城壁巡りの次の日、旧市街の西にあるロブリエナッツ要塞に昇ってみた。城壁巡りの入場券でこちらの要塞にも入れる。

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 道すがら、ピレ門の外側の家に犬の門柱が目に入った。とても犬好きな家なのか、それとも神社の狛犬のような曰くのあるものなのか?

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 そうかと思えば、こんな巨人の像も。

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 海の見える場所に出た。ちょうど少年たちのカヌー教室が始まったところだった。

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 ロブリエナッツ要塞に行く前にその隣の高台に上った。旧市街の城壁が目前に迫る。ボカール要塞付近だ。

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 海を行く船が優雅に通り過ぎる。

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 ミンチェタ要塞の全体の形がここからならよくわかる。

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 こちらにも観光船がすれ違う。

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 さらに西側はリゾートホテルのあるラバット地区に通じている。

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 展望台からみたロブリエナッツ要塞。ロクルム島もその奥に浮かんでいる。

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 一旦坂を下りて、今度はロブリエナッツ要塞に挑戦だ。

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 要塞に着いた。この入口にラテン語で文字が刻まれている。帰国後に調べてみると、その文字は次のような内容だった。「あらゆる黄金をもってしても、自由を売ってはならない」。

 この言葉は、まさにドゥブロヴニクの歴史をそのまま物語る言葉だった。ドゥブロヴニクのある場所は、ちょうどビザンツ、オスマン帝国の首都だったコンスタンティノープルとヴェネツィア、ジェノヴァといったイタリアの海洋国との中間にあり、この地を経ずして東西交易は成り立たなかった。そのため、常に列強の覇権の対象になってきた。ドゥブロヴニクは強大な武力を持っていたわけではない。従って戦いとなれば勝ち目はない。そこで彼らは情報の先取りや外交交渉を通じて列強とのバランスを図り、宋主権を認めるかわりに貢納金を支払うことで自治権を死守してきた。その精神がここに記されているというわけだ。

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 中に入ってみよう。石造りの堅固なアーチが続く。

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 修復されて非常に清潔感に溢れた空間になっていた。

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 旧市街の城壁がきれいに眺められる。

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 遠くの山々まで見渡せる、本当に美しい光景が広がる。

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 それでも、大砲の存在が、ここが要塞だと告げている。第一次政界大戦後もこの国を取り巻く情勢はシビアなものだった。資本主義社会と共産主義社会との軋轢の中で、この土地はユーゴスラヴィア連邦という国家に統合された。しかし、この国家は3つの宗教、4つの言語、5つの民族、6つの共和国というモザイク国家だった。見せかけの平和は長くは続かなかった。1989年のベルリンの壁崩壊を機に民族自立を求める戦渦に巻き込まれ、結局クロアチア、ボスニア、モンテネグロなど6つの国に分裂した。こうした歴史を背負っているからこそ、「自由」の尊さが、見に沁みているのだろう。

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 帰り道、平和であることの大切さを改めてかみしめる時間になっていた。
 

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ドゥブロヴニクの城壁巡り3 旧港から海側を歩く

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 旧港にある聖イヴァン要塞を過ぎると、アドリア海を臨む海沿いの城壁を歩くことになる。

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 振り返ると旧市街から新市街にかけて丘陵に建ち並ぶ家並みが見渡せる。

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 こうして見ると、本当にびっしりと家が立ち並んでいることが良くわかる。

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 そんな中にセルビア正教会の塔がひょっこりと頭を出している。この教会のすぐ近くにあるパン屋さんのパンがとてもおいしくて、毎朝買いに行っていた。

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 城壁越しに海がのぞける。ちょっと黒ずんだくらいのアドリア海の水の青さが印象的だ。

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 城壁に沿った岩壁は狭いスペースしかないのだが、そこで遊んでいる人たちも結構いる。

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 かと思うと、のぞき窓のような空間にすっぽりはまって休憩している女性も。この日も雲一つない晴天で、城壁巡り中は直射日光にギラギラとさらされ続けなくてはならない。その暑さを遮る唯一のスペースがこんな場所。大事な避難スポットになっていた。

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 ここにも。

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 あらら、人形のおじいさんまで避暑中?

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 この大砲は旧港の入り口方面に向いていた。

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 3つもの鐘を吊った鐘楼が。

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 角度を変えてみると、なかなか美しいフォルムをしていた。

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 こちらの岩場では結構な人たちが思い思いにバカンスを楽しんでいる。

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 そして、ようやくプラツァ通りに帰ってきた。一周するのに早ければ30分でも見て回れるが、私は1時間半もかかってしまった。暑いのには参ったが、どちらを見回しても美しい風景が続くのでその度に足を止めてしまい、すっかり日焼けしてしまった。晴れた日の城壁巡りは日焼け止めと水分が必須アイテムになりますよ。

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ドゥブロヴニクの城壁巡り2 ミンチェタ要塞から旧港付近へ

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 ミンチェタ要塞に別れを告げて、東側レヴェリン要塞に向けて進む。次第に聖ヴラホ教会が近づいてきた。

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 すぐ手前の建物に目を奪われた。一つの建物なのに瓦の色が極端に違う。これも1991年の内戦時に破壊されて新しく瓦を葺いたた所と残った所のはっきりわかる家だ。民宿のクリスティーナおばあちゃんによると、住民たちは建物の修理の際、極力昔のものを生かすという前提で修復したのだという。そんな努力が世界遺産の危機リストからの復活につながったのだろう。

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 他の建物でも、新しい瓦と

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 古い瓦ではこんなにも違う。ここのへこみは銃弾の跡かも。

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 城壁外の新市街の住宅は、瓦の色はオレンジでも壁の白さが全く違う。

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 レヴェリン要塞に近づいてきた。ドミニコ会修道院の鐘楼がすっきりと立ちあがっている。

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 見事にオレンジで埋まる旧市街の風景。よくぞここまで調和のとれた街並みに復活したものだと、感嘆してしまう。

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 プラツァ通りに建つ時計塔が目前に見えてきた。大きな鐘が収まっている。

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 アップして見ると、こんな鐘突き男が毎日、時を知らせる仕事に精を出している。ごっくろうさーん。

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 レヴェリン要塞に着いた。旧港全体が見渡せる場所だ。

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 港にはボートたちがずらりと並ぶ。

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 港側からミンチェタ要塞を見上げる。まさに堅固な要塞だ。

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 特に何の変哲もない煙突だけど、2つ並ぶとどことなくスタイリッシュ。

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 2個並び繋がりで、セルビア正教会の双子の塔。

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 海側の城壁を歩く人たちの姿が豆粒のように見える。この城壁が造られたのは8世紀だが、今のような形になったのは16世紀に入ってから。東西交易の拠点として栄えた。ラグーサ共和国時代の1667年に死者5000人を出す大地震に見舞われたが、この城壁だけはほとんど被害を受けなかったという。

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 もちろん怖いのは地震だけではない。敵国からの攻撃に備えて大砲が常時配備されていた。今でも城壁の何か所かにそのなごりがあった。

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ドゥブロヴニクの城壁巡り1~ピレ門からミンチェタ要塞へ

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 ドゥブロヴニク観光の目玉・城壁巡りに行ってみよう。

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 城壁は厚さ6mの石壁が1940mに渡って旧市街を取り巻いている。北西(この写真だと左奥)の一番高い所がミンチェタ要塞、南西(写真の右手前)にボカール、南東に聖イヴァン、北東にレヴェリンと、4つの要塞をつないでいる。

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 ピレ門をくぐって旧市街に入るとすぐ左手に階段がある。そこを上がったところがスタート地点だ。

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 正面にプラツァ通り、時計塔が見下ろせる。

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 目の前の鐘楼はフランシスコ会修道院、奥の一際高い建物が聖イグナチオ教会。外に張り出したフライング・バットレスが特徴的だ。

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 高台にあるミンチェタ要塞に向けて歩きだす。

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 城壁の所々に展望所のような場所がある。ピレ門につながる道路の様子が見える。

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 南東方面に、セルビア正教会の双子の塔と、その向こうに大聖堂が一直線に並んで見える場所があった。望遠で見るとすぐ近くにあるように見える。

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 海に面して、旧市街のすぐ隣の小さな岬に築かれたロブリエナッツ要塞がある。

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 ミンチェタ要塞に到着した。ここは高さ25mと城壁の最高地点。旧市街全体を見渡せるビュースポットになっている。さっきは同じ高さに見えたフランシスコ会修道院鐘楼が、あんなに下になっている。

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 左に目をやると、ロクルム島がぽっかりと浮かんでいた。

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 ロブリエナッツ要塞もはるか下。

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 こんどは上方・スルジ山を見上げた。標高421m。かすかに見える十字架はナポレオンの支配時代に建てられた。

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 その横にある残骸のようなものは、1991年のセルビア軍の攻撃によって破壊されたロープウエイ発着所の跡。この時は廃墟状態で、私は山頂に昇ることを断念したが、2010年に改めてロープウエイが復旧し、今では楽々と山に昇れるようだ。

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 こちらは東側の海岸線。この道路を行くとモンテネグロに通じている。

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 中央付近、高い石の城門はレヴェリン要塞。

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 もう一度旧市街を眺めた。左端にドームを持つ聖ヴラホ教会、奥のドームは大聖堂、そして海に面するように聖イグナチオ教会が見える。私が泊まったソーベは、この教会の右隣にあった。

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 真南方向。石造りのしっかりした建物は民俗学博物館になっている。どの方向を向いても海の青さと屋根のオレンジの対照に目を奪われてしまう風景だ。

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海洋国家の原点・旧港

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 ドゥブロヴニクを語る際に忘れてはいけないのが港の存在だ。ラグーサ共和国として発展した中世以前から、この地は東西交易の中継基地として重要な拠点であり続けた。その理由が天然の良港の存在だった。

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 今では旧港と呼ばれているが、以前はここが国の表玄関だった。ヴェネツィアにおけるサンマルコ広場のような場所だったわけだ。

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 港に入ると、スポンザ宮殿の屋根や時計塔、総督邸などが正面に見えてくる光景は数百年前と変わっていない。

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 防衛上の見地から造られた2つの要塞が港を囲んでいる。左手前が聖イヴァン要塞、右側に石壁の一部が見えるレヴェリン要塞だ。

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 旧市街から港に行くには大聖堂脇のポンテ門をくぐればOK。目の前に港が開ける。

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 港には沢山のボートが係留されていて、まるで何かのレースが始まりそうな賑わいだ。

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 聖イヴァン要塞の細い通路を通ってその先に行ってみた。

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 狭いスペースだったが、海水浴スポットになっていて、水着姿の人たちがたくさん。

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 その先を大型客船が悠々と通り過ぎて行く。

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 沖合の白い船とあくまでも青いアドリア海の水のコントラストが目に沁みる。

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 中にはこんな船も航行中だった。観光船だろうか。

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 港の広場の一角(写真でいうと右奥の)、大聖堂の真東に当たる所に、テントが張られている。

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 ここが地元でも人気のレストラン、ロカンダ・ペスカリアだ。テントの下にテーブルが並ぶテラス席がお勧め。一番人気のムール貝の白ワイン蒸しを注文した。鉄鍋一杯のムール貝は最高。中には海草をくわえたままで茹でられた貝もあったりでワイルド感たっぷり。値段も良心的だ。(料理の写真を撮るのを忘れました)

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 テント越しにしゃれた船を見つけた。

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 食事後に見物に行ったら、いつの間にか帆が張られていた。この船が、ヌーディストビーチのあることで有名なロクルム島に行く観光船だろうか。中世を思わす帆船だった。

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 雄大な姿。

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 舳先には人魚像が取り付けられていた。ロマンチック!

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 ふと岸を見ると、こっちには実物の人魚のようなスタイル満点の女性が立っていた。

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