宇治・平等院鳳凰堂に“愛のキューピッド菩薩”がいた!
翌日、京都・宇治に行き平等院鳳凰堂を見学した。ただ、この日は大雨で、写真を撮れる状態ではなかったので、鳳翔館で上映されていたモニターの映像で一部を紹介しよう。
平等院は1052年、藤原頼通によって開かれたもので、その姿はとても優雅。ちょうど昨年春全面的な改修工事を終えたところ。ライトアップされた建築はまばゆいばかり。
鳳凰堂には阿弥陀如来座像、定朝作の傑作だ。
この重厚で静粛な雰囲気を漂わせる国宝は、金色に輝く。
光背にも仏が祈りを捧げる。
その阿弥陀如来の後方の壁に、浮遊し、自由奔放に飛びまわり、軽快に音楽を奏でる菩薩たちが52体も存在する。(現在は半分がミュージアムに移されている)
今回の訪問の一番の目的が、これらの雲中供養菩薩像。もちろん現在は木の地肌の褐色の像だが、モニターでは1053年の捜索当時の原色の彩りが再現されていた。
像は全部で52体あり、南と北にそれぞれ26号ずつの番号が付けられている。この菩薩は南20号。背中に「満月」と記されていたため「満月菩薩」とも呼ばれている。
こちらは南24号。この像は最近まで52体のうち唯一右腕が欠けていたが、ようやく復元された。また、その際の調査で、失われた右手には矢を、左手には弓を持っていたことが判明し、その道具も付加された。
また、背中には「愛」という文字が記されており、まさにこの像は“愛のキューピッド”だったことが判明した。ローマ神話がいずれかの形で平安時代のこの日本にも伝えられていたのかも。
映像で見ると、現代の KAWAII という流行語もあてはまりそうなキュートな菩薩さんだ。
外はさらに雨が激しくなってきた。
ただ、鳳翔館前の庭は、まるで竜安寺の庭をほうふつとさせるような趣をかもし出していた。
モニター映像に戻ろう。鳳凰堂の名前の基になった屋根の鳳凰。夕闇せまる頃のシルエット。
今にも大空に飛び立とうとしているかのよう。
その中でも、俯瞰で捕えたこのショットが印象的。
正面から見ると阿弥陀如来が堂々とお座りになっている様子が見える。
宵闇に浮かび上がる鳳凰堂は格別。ぜひ一度肉眼で見てみたいものだ。
その帰りがけ、ちらりと立ち寄った伏見稲荷。かなりの人出だったが、わずかに訪れた瞬間に1枚だけ撮れた無人の千本鳥居。
この間に友人と会ったり、とにかくあわただしい関西旅でした。
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